彼女は死んだ。
花のような笑顔と、深い深い、絶望の闇だけを残して。
『女子高生殺人事件』
新聞やニュースで大きく取り上げられたこの事件。
被害者は初音ミク。
前日夕方、友達と別れた後に連絡が途絶え、翌日自宅から数キロ離れたマンションの一室で死亡しているのを、近所の住人が発見した。
ミクは俺の自慢の彼女だった。
成績優秀で、誰からも好かれたミクが、何故こんな残忍な事件の被害者となってしまったのか。
その真相は明らかではなく、世間に不安の波が押し寄せた。
ミクの死から1ヶ月。
徐々に記憶から皆の消されていくミク。
俺、鏡音レンは、何故ミクが死ななければならなかったのか、その理由を知るために、放課後になると毎日情報を集めに廻った。
しかし、有力な情報は殆どなく、ただ時間だけが過ぎていった。
「はぁ・・・」
疲れ果てた体を休めるように、土手に寝転がる。
太陽に反射して輝く、青々しい草の香りがふわっと鼻を抜け、すぐそこに夏が来ていることを感じさせる。
ミクがいなくなってから、俺の生活はなにかが抜けてしまったような、そんな物足りない生活になった。
周りの奴らは同情のしてくるが、その裏にある好奇の眼差しが見え透いている。
不思議と、「哀しい」という感情はなかった。
それは俺がミクを愛していなかったとかそういうことじゃなくて、ただ単に「何故?」という感情が俺の全てを覆い尽くしているからなのである。
きっとミクは、苦しんだだろう。痛かっただろう。必死に俺を呼んだかもしれない。
彼女を苦しみから救ってやりたい。ラクにしてやりたい。
ただ、そう思っては居るのにどうすることもできない自分に、苛立ってはいる。
「くっそ・・・。」
力任せに、拳を地面に叩きつける。
じわじわと、土の硬さと冷たさが伝わってくる。
空を見ると、抜けるほどに晴れていて、ミクの笑顔が浮かんでは消え、浮かんでは消え、そして最後には消えてしまった。
「・・・行き詰まってるな。」
ふっと暗い影が俺の上に重なる。
太陽のまぶしさに目を眩ませながら、ぐっと顔を上げてみると、見慣れたクラスメートの顔があった。
「・・・嘉神音。」
嘉神音リン。
無表情で、近寄りがたいけど、そこそこの美人で、ミクとも仲が良かった。
嘉神音は俺の隣に腰を下ろすと、制服のスカートの裾を少しだけ握った。
「早いものだな、もう1ヶ月もたつのか。」
まるでひとりごとのように、小学生が土手の下で野球をしているのを眺めながら、ぽつりと嘉神音が呟く。
「ああ」
無愛想だな、と思いつつ、俺も返事を返す。
「初音の墓に、行ってきた。花や菓子も沢山あって、友人達が毎日のように墓参りしているそうだ。」
皆に慕われていたミクらしい。
その様子は安易に想像できた。
しばらく無言の時が続いた。
会話を切り出したのは、嘉神音だった。
「お前は、まだ探しているのか?初音の死の真相を。」
「・・・ああ。絶対に真実を突き止めて、早くミクをラクにしてやりたい。」
嘉神音は伏せ目がちにそうか、と言うと立ち上がった。
肩の上で切られた髪を、吹き抜ける風に靡かせると、ふいに俺の方を見た。
「忠告しておく。鏡音レン。」
俺も上半身を起こし、鏡音を見上げる。
その目は何時になく真剣だった。
「無茶だけはするな。お前まで死んだら、それこそ初音が悲しむぞ。」
ぶっきらぼうな言葉だが、こいつなりに心配してくれているのか、と思わず笑みがこぼれた。
そんな俺を不思議そうに見ていた嘉神音は、くるりと体を翻し、土手の上の道に上がる。
「じゃあな」
「ああ、また」
俺はまた体を倒す。
絶対に突き止めてやる。
真実を。
俺は空に拳を突き上げて誓った。
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