悪い男(3)~鏡音レンの反乱(上)~だからカイト編
「ただいま」
カイトが仕事を終え、家に帰り着いたのは、夜の十時をまわった頃。
玄関のドアを開け、誰に言うともなく言った時だった。
「カイト兄~~~~~!!」
飛びついてきたのは黄色い塊。
いや、一番小さい妹、鏡音リンだ。
「おっ」
肩に掛けていたバッグをおろし、慌てて妹を抱き留める。
「やっと帰ってきてくれたー!よかった!」
ずいぶんな熱烈歓迎ぶりだ。
「どうした、リン。何かあったのか?」
リンを下ろしながら、優しい口調で訪ねるカイト。
「レンを、レンを止めて!カイト兄」
「レンを?」
リンの生まれながらの半身であり、カイトの弟になる鏡音レン。
「レンがどうかしたのか?」
「私の隣の部屋はもうやだって!二階の空き部屋に引っ越したいって」
カイト達が住む家は、三階建てになっている。
一階はリビングやキッチン。その他バス、トイレなどの共有スペース。
二階、三階は四部屋ずつあり、三階の階段を上ってすぐ右手にある部屋がレン、その奥がリン。廊下を挟んで左側の手前、レンの部屋の向かいが巡音ルカの部屋で、その奥が初音ミクの部屋になっている。
更にその奥にはシャワールームとトイレがある。
二階の間取りも、シャワールームとトイレ付きの四部屋は同じ。
階段を上がってすぐ右の部屋はカイトが使い、その奥をメイコが使っている。
カイトの部屋の向かいは、レッスンルームという事で、他の部屋よりも防音が強く施され、ピアノが置いてあった。
メイコの部屋の前だけが、この家の、唯一の空き部屋となっている。
「何かあったのか?」
「リンがいきなり、レンの部屋に入ったの」
そう言ったリンの顔は、もう半泣きだ。目が赤いところを見ると、少し泣いたらしい。
いつも感情を荒立てる事の少ないレン。特に、リンには優しいレン。
そのレンからの拒絶の言葉は、周りの想像以上に、リンに精神的なダメージを与えたようだ。
「それでレンがパソコンいじってるのを邪魔したから」
リンとレンの部屋の間には、通り抜けられるように扉が作られており、二人は廊下に出ないでも、比較的自由に互いの部屋を行き来できるようになっている。
「それぐらいで?」
もしかしたら、まずいサイトでも見ていたのかな?とは思ったが、口にはしない苦労人気配りカイト。
「……今までにも、いきなりレンの部屋に飛び込んで、邪魔して、ノックぐらいしろって怒られてたけど………何回も……」
「聞かなかったんだな」
ばつが悪そうに頷くリン。
「で、レンがついにぶち切れたと」
あきれたようにため息をついた。
生まれた時から一緒……というよりも、ほぼ一心同体のせいか、良い意味でも、悪い意味でも、リンはレンに対して遠慮がない。
「最低限のマナーは守ろうな」
リン頭に手を置き、カイトは諭すように言った。
「でも、部屋を出て行きたい理由はそれだけじゃないって。だから、リンが謝っても出て行くって」
リンがまた、泣き出しそうになる。
「何があるんだ?」
「それはカイト兄以外には言いたくないって」
「俺?めーちゃんにも言わないの?」
リンはこくりと頷いた。
「そっか。分かった。じゃあ、レンの話しを聞いてみるよ。レン今どこ?」
「メイコ姉と一緒にリビングにいるよ」
カイトがリビングに入ると、テレビの前にコの字型に置かれたソファセットに、メイコとレンが長方形のテーブルを挟んで、向かい合って座っていた。
お互い無言だ。
「ただいま、めーちゃん、レン」
二人がほぼ同時にカイトの方を見た。
「あ、カイトあのね」
説明しようとするメイコを手で制した。
「あらましはリンから聞いたから」
当のリンはカイトの背中に隠れ、カイトのコートの端をしっかりと握っていた。
「レン、俺の部屋で話そうか」
レンが無言で頷く。
「リンは、めーちゃんと一緒にいなさいね。男同士の話しだから。ねっ」
振り向いて、リンの頭をなでると、リンも無言で頷いた。
二階のカイトの部屋に入ると、レンはすぐに中央のテーブルの側に腰を下ろした。
カイトはバッグをおいて、いつも部屋で寛いだり、譜面を読んだりする時に座る、オッドマン付の椅子の背に、マフラーとコートを外して掛けた。
テーブルを挟んで、向き合うようにカイトも腰を下ろす。丁度、ベッドを背もたれにするような形だ。
カイトは何も言わず、黙ってレンを見ていた。
先に口を開いたのはレンの方。
「カイト兄……何も聞かないのか?」
「聞かなくても分かるからね」
怪訝そうに、レンがカイトを見た。
「レン、今すごく後悔してるだろう」
「……してる。リンがあんな顔するなんて思わなかった。言い方、きつかったかなって思う」
リンとレン。二人は二人自身が思っている以上に、シンクロしている。
お互いの感情は、何も言わなくても、誰よりも良く伝わっているはずだ。
だから二人以外の人間は、何も言わなくて良い。ただ、二人の間の落としどころを、見極めて教えてやれば、それで十分だろう。
「リンも、反省してるみたいだから、これからはいきなり部屋に入ってきたりはしないと思うよ」
レンが頷いた。
「だから今の部屋に、そのままいなよ。レンもリンの側の方が良いだろう」
ここに来た当時は、今以上にリンとレンの境は薄かったように思う。
様子を見に行くと、どちらかのベッドで、手を取り合って眠っている事もあった。
それが段々と、様々な人に触れ、それぞれの役割をこなしていく内に『個』が強くなっていったように、カイトには感じられた。
それでも二人の間の、絆と言う言葉では片付けられないほどの強いつながりは、変わっていないはず。
「でもやだ」
レンの以外な返事。
「俺、三階にはいたくない」
その返事にカイトは、違和感を感じた。
「ちょっと待った。レン、リンの隣が嫌なんじゃなくて、三階が嫌なのか」
「リンの隣も、今日という今日は嫌になったさ」
「なんで?邪魔されただけだろう」
今まで俯いていたレンが、いきなり顔を上げた。
どう見ても怒っている。
「いきなり部屋に入ってくるだけなら、俺もこんなに怒らないよ!」
「何があったんだ?」
「リンの奴、いきなりパソコンいじっている俺の背中に抱きついてきたんだ」
「あ、ああ」
「あいつ、どんな格好をして多と思う?!」
「格好……か?」
「シャワーを浴びてきたとかで、Tシャツ一枚に、ノーブラ、ノーパンだぜ!」
ああ、なるほど。
レンの怒りの意味が分かった。
「……それは、全国のリンちゃんファンが知ったら、失血死しそうだな」
「知るか!俺には迷惑なだけだ。それにリンだけじゃない!」
「ルカやミクか」
「そうだよ。あいつら、三階をどれだけいい加減な格好で歩いてるか、カイト兄分かるか?!」
「……まあ、だいたいなら」
分かるような気がした。カイトを弟扱いしていた頃のメイコも湯上がりには、カイトの前をずいぶんいい加減な格好で歩いていた。
さらには、カイトがいくら注意しても、全く聞きもしなかった。
基本姉は弟を、いや、男兄弟を、男だとは思っていない。
レンもそれが分かっているから、カイトにしか話さないと言ったのだろう。
「それで、三階はいやだと」
「そうだよ。メイコ姉は、あいつらみたいにいい加減な格好で歩かないだろう」
確かにカイトと男女の関係になってからのメイコは、部屋の外ではいい加減な格好をしなくなった。
「そういうことか……」
腕組みをして天上を見上げた。
「分かった、レン。ミク達のいい加減な格好の方は、俺が何とかする」
「出来るのか?」
「やってみよう。その代わり、レンはリンと仲直りして部屋に戻れ」
「でも……」
「リンと気まずいままなんて、レンが一番嫌だろう」
「……そうだけど……」
「だいたい、あの空き部屋、ものすごいカオスなことになってるぞ。あれを片付ける余裕なんて、おまえにないだろ。俺にもないし、あのカオスには触りたくない」
「そんなにすごいのか?」
「いずれ見せてやるけど、半端無くすごい事になってる」
「……」
「どうする……」
レンは無言だった。
二人の仲直りは簡単だった。
リビングのソファに正座で座っているリンにレンが手を差し出し、『部屋に戻ろう』と言っただけで終わった。
あのときのリンの満面の笑顔とレンの照れ笑いは、可愛いの一言に尽きた。
そのソファにカイトは今、濃紺のパジャマ姿で座っている。
特に何もしていない。風呂上がりで寛いでいるだけだ。
メイコに「一緒に入ろう」と言って殴られた事は、忘れる事にする。
そのメイコは、いま入浴中。こうしてメイコを待つ時間は嫌いではない。
「カイト」
メイコがリビングに入ってきた。
カイトが着ているものと同じデザインの、臙脂色のパジャマ姿。
思わずカイトは、その姿に目を細めた。
「なにしてるの?」
「めーちゃん、待ってたの」
そう言って立ち上がると、いきなりメイコを抱き上げた。
「わっ、こら」
頭を軽く殴られた。
かまわずカイトは、メイコの首筋に顔を埋めた。
「めーちゃん、いい匂い」
「もう!」
もう一度殴られたが、全然痛くはない。
「カイト」
「ん?」
「ありがとね。レンの事」
「俺は何もしてないよ。二人がきちんと仲直り出来ただけ」
「部屋の事も説得してくれたんでしょ」
「まあ、あの部屋がカオスだって教えたら、あきらめただけだし」
「あー、なるほどね」
カイトの首に腕を回しながら、あきれたようにメイコが笑う。
「詳しい事は、男同士の秘密だから言えないけど」
「なんかずるいわね」
男がずるいのは、女の子のせいだよ。
無邪気で可愛いのに、妖艶な小悪魔で。強くて逞しいのに、か弱くて優しくて。
そんなくるくる変わる女の子に対抗するには、男はちょっとずるくて、ちょっと悪くないと敵わないから。
「大好き、めーちゃん」
そんな想いを全部込めて、カイトはメイコの耳元でささやいた。
「その声は反則よ」
「いいよ、反則で」
そう言いながら、今度は唇をふさいだ。
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