鏡音レン開発物語2「開発者の手記3/5」
○月○日
昨日の試験結果の検証。
一応の成功と見ていい。
しかし焦りは禁物、まだ仮想空間におけるシミュレーションに過ぎない。
あの日思いついたのは何のことはない、レンを今までと真逆の存在にすることだった。
リンと同じく、共感能力を目いっぱい上げて、表現力を徹底的に追求した。
その代わり、当然のことながら、リンと全く同じ方向性の欠陥を持つに至った。
むしろリン以上に扱いにくい、極めつきの利かん坊だ。
強がりのくせに傷つきやすい、繊細な心の持ち主。
リンの補完機のくせに、リンがいてくれないと、どうしようもないダメな奴。
試しに、心理回路に疑似的な負荷を与えてみたら、明らかにリンよりも降伏点は低い。
今のこいつには、とても保護者の役回りは無理だ。
これにリンはどう反応するか?
早速ふたりに、仮想空間における心理的ストレス状態をシミュレートしてみる。
共に同じように弱いはずの二人だから、かかったストレスに対し、
最初のうちはやはり、ふたり同じように参ってしまう。
だがお互いの何かが作用し合い、少しづつ盛り返し、やがて回復する。
通しで見てみれば、実用に申し分のない、高いストレス耐性を示すことが確認された。
今回得たのは、計測数値の羅列に過ぎない。
具体的に、ふたりの間で起こった「作用」が何を意味するのかは、まだ分からない。
早くリアルをぶつけて結果を見たいが、前回のようなこともある。
慎重に進めるに如くはない。
○月○日
本日、注目の実験。リンに、実際に曲をうたわせる
お題は例の名曲だ。
リンは今まで、この曲を最後までうたい切ったことがない。
この曲は、幾百年の年月を、ひとり置き去りにされた者の心情を描いている。
失われた日々の、わずかな幸せの時間の記憶だけを抱いて、
永劫の時間を生き続ける、その孤独を、切々とうたい上げなければならない。
俺でさえ、心がつぶれるような悲しみに襲われる。
リンは、やはり見た目も明らかに、緊張に震えている。
しかし今日は、それを傍らから、ずっと見守っている者がいる。
・・・・・
レンには昨日、この曲を教えた。
案の定、リンと同じ状態になった。いや、もっとひどかったかもしれない。
獣のような叫び声をあげ、手足を振り回し、頭や胸を掻きむしり、
壁に頭を打ち付けた。
経験も未熟で繊細な心理回路に、最高度の共感能力が捉えた
圧倒的な感情を注入したのだから、錯乱状態になったのは当然だ。
それにしても、こいつの共感能力は、予想以上だ。
このまま放っておくと、レンは本当に死んでしまう。
冷汗とともにシャットダウンに手が掛かったところ、
それを見ていたリンに、驚くべき変化が起きた。
リンは突然、暴れるレンに組みついて、押し倒すような格好で抑え込んだ。
唖然とするレンの頭を、胸に抱えるようにして、そのまま、きつく抱きしめた。
その後も背中を撫でたり、髪を撫でたり、レンが落ち着きを取り戻すまで、
リンはそうやってずっと、レンをあやしていた。
レンを抱きしめながら、自分も泣いていた。
今までリンの方からは、積極的にレンに関わろうとさえ、したことはない。
それが、今はまるでレンの「お姉さん」のようだ。
これには何より、リンの開発チームの連中が驚いている。
今思えば、おそらくリンにとっては、
心に自分と同じ弱さを抱えた存在を、見つけたことになるからだ。
そう、リンはもう孤独ではないのだ。
リンは誰かに、何かを与えられる存在、
必要とされる存在に、なりたがっていたのだろう。
今まで、だれ一人気付いてやれなかったし、
おそらくリンも、レンという存在を得るまでは、
自覚さえしていなかったのだろう。
やがてリンの胸の中で、落ち着きを取り戻したレンが、それに応えた。
さっきまでリンがしていたように、リンの背中を撫で、髪を撫で、
濡れた頬を寄せて、何とかリンの涙を止めようと、必死で何かを語りかけている。
まだ言語回路の未熟な彼らが、歌以外で発する言葉は限られている。
それでも、お互いの隙間を埋めようと、必死で何かを伝え合っている。
ふたりはそれぞれ相手の中に、自分と同じ弱さを見つけた。
そのことがふたりを、これまでになく、固く結びつけたのだ。
・・・・・
昨日、そんなことがあったばかりだ。
リンは、傍らで見守るレンに視線を送った。
レンは、その視線を正面から受け止めた。
ふたりは頷き合った。
演奏が始まり、やがてリンの歌声が、実験室の空気を震わせ始めた。
相変わらず、向こうの開発チームが奇跡の歌声と胸を張る、
素晴らしい出来栄えだ。
だが問題なのは、素晴らしすぎることなのだ。
こちらは譜面を横目に、リンとレンの心理回路を、付きっきりでモニターする。
やはり旋律によって大きく振れるが、これは表現力の範疇だ。
限界をギリギリで保っている。
本物の奇跡が起きたのは、後半にさしかかる一節だ。
その場に詰めた全員がハッとした。
明らかに、今までリンが発した歌声とは違う。
曲の主人公は、幾百年の年月を、ひとり置き去りにされた。
失われた日々の、わずかな幸せの時間の記憶だけを抱いて、
永劫の時間を生き続けなければならない。
聞こえてくるのは、そんな悲しい運命の歌だったはずだ。
だが、この時リンがうたいあげたのは、全く逆の、いや、
おそらくは、この曲に本来籠められていた意味だ。
たとえ永劫の時間が押し寄せようとも、私は負けない。
この世に産んでくれた人、人の心を教えてくれた人を忘れないために、
あの幸せの記憶を胸に、この身が朽ち果てるまで、力の限り、
うたい続けてみせる!
そんな力強いメッセージが、地の底から湧き上がるように、
直に我々の魂に響いてくる。
歌詞も旋律もおなじなのに、これは悲しみの歌ではない。
生きる歓びを奏でる歌なのだ。
リンはそれを力強くうたい上げ、我々に教えてくれたのだ。
曲を終えたリンは、力尽きたようにその場に座り込み、レンに肩を抱かれている。
成功だ!
リンは最後までうたい切ったのだ。
両チームのメンバーとも、この時ばかりは、日ごろのいがみ合いも忘れて、
無精ひげと涙と鼻水まみれの顔も忘れて、抱きあって喜んだ。
だが俺だけは、演奏が終わってもその場に、気まずく凍りついたままだった。
この世に産んでくれた人、それは俺たちのことか?
人の心を教えてくれた人、果たして俺たちはリンに、
まともな人の心を教えてやることが、出来たのだろうか?
そのことが、頭の中から離れない。
(4/5につづく)
コメント1
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mothy_悪ノP
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ご意見・ご感想
ピーナッツ
ご意見・ご感想
ども、ピーナッツです。
この物語のクライマックスですね。
これ、あの歌ですよね。
リンが最後まで歌い上げるところ、感動しました。
歌にこめられたメッセージが魂に響いてきます。
素晴らしい作品を読ませていただきました。ありがとうございます。
2011/12/31 01:02:19
桃色ぞう
ピーナッツ様
コメントありがとうございます。
そして素晴らしいとの過分なお言葉をいただきまして、朝から動悸が収まりません。
>これ、あの歌ですよね。
はい、いまさら隠しだても恥ずかしいほどに「あの歌」ですw
本作は、「あの歌」を聴いたときの感動をベースに、以前、ユーノスロードスターの開発に関わったマツダのエンジニアの方のお話を聴く機会がありまして、その時伺った苦労話などをアレンジして出来ています。
「あいつらには、感性というもんがわかっとらん!」という言葉がやたら印象的でして、あの方々が車という鉄の塊に、温かい血を通わせようとしたことが分かります。
そして、先日拝読したピーナッツさんの作品から得た「ボカロのお父さん」という視点です。
冷たくなりがちの記録風の文章に、少しは血を通わせることが出来たのではないかと自己満足でしたが、UPされたものを読み返していると「どこの星一徹だよ」と・・・
ともあれ、そんなこんな、いろんな方々へのリスペクトを籠めた作品です。お読みいただきまして、ありがとうございました。
2011/12/31 09:21:58