「おおきいの、ずるいですっ」
眉を吊り上げて頭上に手をやるサイトを、私は慌てて制止した。
「それは駄目だよサイト、発砲禁止っ!」
「だってずるいですー!」
「ずるくないよ、マスターは俺のっ」
抗議の声に言い返すカイトが、きゅむっと私を抱き込んでしまう。だからカイト、こういう事してるからサイトも張り合っちゃうんだと思うよ?!
おぉ、と柚香ちゃんが息を吐き、何処か感心したような声で言う。
「わぁ、カイトさん言い切った」
「これだけは譲れませんから。ね、マスター?」
「肯定はするけど収拾付かないから、一遍放してください兄さん」
「わぁ、來香さん敬語になった」
柚香ちゃんが息を吐き、何故か感心したような声で……た、楽しそうだね?
『肯定はする』が効いたのか、カイトは渋々ながら私を解放してくれた。面白そうに瞳をくりくりさせている柚香ちゃんに情けない笑みを零し、テーブルの上で膨れっ面のサイトの柔らかいほっぺたを指先でつつく。
「ほらサイト、折角可愛いんだからそんな顔してないで。セツ君とセイ君はどうしたの?」
「あっ」
くすぐった気に身を捩ったサイトが何かを思い出した顔になり、ぱっと両手で口を押さえた。
「そーでした。ますたー、しー、です」
「しー?」
真剣な声音で告げてきょろきょろと辺りを見回すサイトにつられ、思わず復唱してしまう。立てた指を唇に当てて『静かに』のジェスチャーをすると、サイトはこっくりと頷いた。
……同時に、隣で見ていたカイトが何やら身をくねらせているのですが。
「~~~っ! マスター、それは卑怯すぎです……!」
「何言ってんの、っていうか兄さん、鼻血」
「ちょっ、大丈夫ですか」
柚香ちゃんが慌てた声を上げるのに、身悶えるカイトにティッシュの箱を押し付けつつ、苦笑で返す。
「心配しないで、割といつもの事だから」
「えぇ?!」
驚きの声に、赤いものを拭い終えたひとが満面の笑みで胸を張る。
「当然なんですよ柚香さん、俺のマスターは可愛い上に可愛い仕草を無造作にしちゃうひとだから、ただでさえ可愛いのにそんなの見せられたら、そりゃあ鼻血くらい垂れ流しますから」
「いや流さないで」
何故ここで自慢気になるかな、兄さん。あと『可愛い』連呼も止めよう、居た堪れない……カイトが本気でそう思ってくれてるのは嬉しいけど。
「おおきいの、しー! です!」
苛立ったように語尾を強めるサイトだけど、声量は抑えたままだった。
そんなに静かにしなきゃいけないって、何してるんだろう?
「ははぁん。さてはサイト君、かくれんぼ中だね? んでセツかセイがオニなんだ」
疑問符を浮かべる私の向かいで柚香ちゃんが言う。サイトは首を縦に振り、長い袖を揺らして私に両手を差し伸べた。
「そーなのです。ますたー、隠してですー」
「え、私に隠れるの? 何処か丁度いいとこあるかなぁ、この服ポケットは付いてないし」
「付いてたって駄目ですっ! 探さないでくださいマスター!」
ぱたぱた服を叩くと、カイトが詰め寄ってきた。軽く涙目だ。あまりの勢いに驚いて、反射的にホールドアップ。
カイトはぐりっと身体の向きを変え、神速でサイトを捕まえた。
「何するです おおきいの、下ろすですっ」
「隠れるなら俺にしなさい」
「やーです」
「俺の方が見付かりにくいよ。マフラーとか襟とかあるし、色合い近いし」
「む……そー、です?」
「うんうん。いつも外に出る時だって、俺に隠れてるだろ?」
あ、凄い。畳み掛けられてサイトが流されてる。
「全力ですねーカイトさん、なんて眩しい笑顔」
「輝きすぎて胡散臭いよね。煌めいてて御免、って感じ」
声を潜めて囁き合う。結局サイトは言いくるめられ、カイトのマフラーにごそごそと潜っていった。
セイ君とセツ君が顔を見せたのは、青いマフラーがもぞもぞするのが落ち着いた頃だった。サイト、結構ギリギリだったな。
「お邪魔しますねぇ」
「ねーねーマスター、サイト来なかったー?」
のほほんと挨拶するセツ君を余所に、セイ君はあっという間にテーブルに飛び乗っている。好対照なふたりだ。
「サイト君? 知らないよー、どうしたの?」
「かくれんぼです。セイがオニなんですよー」
「ありゃ、じゃあセツはもう見付かっちゃったんだ」
柚香ちゃんは見事に空とぼけてくれたけど、セイ君はきょろきょろ辺りを見回し、こちらへ寄って来た。
「サイトのマスター、サイト隠してない? 探していいー?」
「私? 隠してないよー。あと私の探索は」
「駄目だよセイ君、マスターは俺のだから。ごめんね?」
「っていう怖いお兄さんがいるからね、ごめんね。……カイト、黒笑顔はやめようか。ほんとに怖いから」
背景に縄アミ指定が見えるようだよ。余所様のちびっこにまで、笑顔でプレッシャーかけるんじゃありません。
「えーでも、サイトいそう……」
「いないから、駄目。マスターに密着していいのは僕だけだよ……?」
「ひっ」
「お、お兄さん、怖いですよぅ」
あぁもう、このひとは。セイ君もセツ君も怯えてるじゃない。
「カイトってば、脅かしたら駄目だよ。ごめんね、ふたりとも」
耳を摘んで軽く引っ張ると、カイトも漸くうそ寒いような笑顔を引っ込めた。
ふたりの種っ子はマスターの指にしがみつき、そんな彼等を宥めながら、柚香ちゃんは感心した顔をする。
「徹底してますねー、カイトさん。ちゃんと他にマスターがいても駄目なんだ」
「ボーカロイド的な『マスター』云々とは別にして、マスターは俺のですから」
ビクつくふたりに謝りつつも、柚香ちゃんの言葉にはきっぱり即答。おまけに再び私を抱き込んだものだから、カイトの肩から耐えかねたらしい声がした。
「ずるいです おおきいの、さいともですー!」
「「「「「あ」」」」」
サイトを除く全員の声が唱和して、ぱっと笑顔になったセイ君がぴょんと跳ね、カイトの肩に飛び乗ってマフラーをめくる。
「サイト、見付けたぁー!」
「あっ……もう、おおきいののせいですー!」
「サイトが声出すからじゃないか。折角上手く隠れてたのにさ」
「うんうん、上手でしたねぇ。ちっともわかりませんでしたよ~」
ちょっぴりズレた発言も、セツ君のはんなり笑顔と一緒だと違和感が無い。また喧嘩が勃発しそうだったサイトとカイトも毒気を抜かれ、何となく和やかな空気が場に満ちた。……凄いな、セツ君。
かくれんぼは終わりにしたらしいサイト達は、3人仲良く連れ立っていった。
「おおきいの、本見るですー」
「はいはい、どれにするの?」
「オレ、動物のがいいなっ」
「いいですねぇ。ありがとうございます、お兄さん」
どうやら今度は絵本タイムのようだ。種っ子サイズではページをめくるのは難しいので、カイトを囲んでぺたりと座る。セイ君もセツ君も、さっきの恐怖は綺麗に忘れてご機嫌だった。
「わぁ。カイトさん、保育士さんみたいですねー」
「ほんとだ。良かった、セイ君セツ君の心に傷が残らなくて」
「あはは」
ほっとして零すと、柚香ちゃんが笑う。絵本を指差し賑やかな輪を作る種っ子達を眺めながら、「それにしても、」と彼女は呟いた。
「マスター持ちのちびっこセイでも駄目って事は、私が男だったらどうなってたんでしょう」
「……そうだよね」
思わず2人、白いコートの背中を見つめる。ボーカロイドの聴力で聞き取ったんだろう、カイトはピクリとこちらを振り返った。
「え?」
にっっっこり、と。何万ワットなんだかという超笑顔を満面に貼り付けて、小さく首を傾げて見せて。
うん、その表情が全てを物語ってるよね、兄さん。
「やっぱり男だったら教えなかったんだね」
「むしろ來果さんに会わせないよう、全力で妨害したんですね」
うふふふ、と些か乾いた笑みを交わして、私達は同時に呟いた。
「「良かった、女(の子)で」」
「そこは俺も同意見です」
ユニゾンにこくりと首肯して、カイトは絵本を待つ種っ子達に向き直った。
ってカイト、ここはしれっと頷くところじゃないですからっ!
* * * * *
セイ君セツ君の種っ子コンビと、そのマスターである柚香ちゃんと仲良くなって。サイトは初めての『同じ目線の友達』に毎日楽しそうで、私としても嬉しく思う。
だけど、何事も良い事だけでは済まないのが世の常のようで……。
「っきゃあぁ?! サイトっ、何で入ってきてるのー!」
「えへー、おはよーございますです、ますたー」
「何事ですかマスター! ……サイト? マスターの寝室で何してるのかな……?」
「ますたー起こしにきたです。せー君とせつ君、ますたーのお顔にくっついて起こすんだって言ってたんですー」
「……ふぅん……?」
「あぁあ黒い黒い、黒いよカイトっ!」
どうやってだか侵入してきたサイトに起こされて、朝からプチパニック状態だ。カイトは久しぶりのマジギレ・ヤンデレモード発動で、部屋の中が暗黒空間と化している。
セイ君、セツ君、悪気は無いんだろうけど困った事を……!
「サイト……今度やったらメルトだよ……?(煮立ったお湯にブチ込むぞ的な意味で)」
「やーです! おおきいの、悪いこと言うの めーなのですっ」
「こらこら喧嘩しないの、ふたりとも めっ、だよ!」
惨劇ルートは断固阻止! 止めに入るとサイトが不満気に瞳を潤ませ、カイトはびくりと震えて硬直した。
「めーです ますたー、さいと悪いことしてないd
「~~~っマスター! マスターが『めっ』とか可愛すぎますから! 卑怯すぎますからー!!」
がばぁっ!と物凄い勢いで抱き着いてくる青い人。あまりの変わり身にサイトは目をまんまるに見開いて、抗議の言葉も立ち消えてしまったようだ。私はと言えばぎゅうぎゅう抱き締められ頬を摺り寄せられて、起き抜けの頭が大ピンチ。
「ちょ、カイト、ストップ。わかった ありがとう、苦しいから……!」
「あぁっごめんなさいっ!! 大丈夫ですかマスター?!」
「うん割とやばめ、ぐらぐらする――って大変、時間! 朝御飯食べる暇無くなっちゃう!」
「いけない、途中……すぐ仕上げますから! 行くよサイトっ」
「えっ、えと、はいです。あっ、さいと お手伝いするです? お皿ふくですー」
一気に慌しくなり、ばたばたと支度を整えながら、それでも気付くと頬が緩んでいた。
愛しいKAITO達に囲まれた日々。我が家はますます騒々しく――私は今日も、幸せです。
<END>
KAITOful☆days #19【KAITOの種】
<あとがきっぽいもの(未読の方はネタバレ注意)>
お疲れ様でしたー! これにて『KAITOful☆days』、ひとまず完結です。
と言っても、元々大きなストーリーのある話じゃないので、ネタさえ浮かべばまた書くかもしれませんが。
何か良い案があったら教えてくださいw
それにしても、ずっとカイトが主軸だったのに、何故か最後をマスターが攫っていったよ……?
おかしいな、『これは種っ子がファクターの、カイト主人公の話』と(私の中で)定義した筈だったのに。
ともあれここまでお付き合いくださった方々、ありがとうございました。
コメントをくださった方々、そのお声のおかげで書き続ける事ができました。ありがとうございました。
そしてこの素敵なアイディアを使わせてくださった氷村様、本当にありがとうございました!
* * * * *
【KAITOの種 本家様:http://piapro.jp/content/aa6z5yee9omge6m2】
* * * * *
↓ブログで各話やキャラ、設定なんかについて語り散らしてます
『kaitoful-bubble』 http://kaitoful-bubble.blog.so-net.ne.jp/
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乙幡 皇斗羽
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