最終章 白ノ娘 パート2

 カイト王がアクと青騎士団隊長であるオズイン将軍を引き連れて青の国の王宮へと帰還したのはそれから二週間ほどが経過したころであった。もう雪はすっかりと消え去り、温かな風が新緑に包まれた大地を覆い尽くしている。草原は色とりどりの花に覆い尽くされ、ほんの少し前まで白木が覆い尽くしていた山はいつの間にか急成長した緑に覆われていたのである。そのような春の色を醸し出したザルツブルグ街道を越えて、ようやく遠目に見えて来た青の国の王宮の姿を眺めながら、カイト王は僅かな溜息を漏らした。
 成程、改めてこう見ると確かに砦だな。
 カイトはそう考えたのである。青の国の王宮を揶揄する時に使用される青の国砦という呼称は即ち青の国の雑然とした王都の様子を的確に表現していたと言える。都市計画も無い城下町はただ道なりに、人が訪れた順に次々と、まるで砂糖菓子に群がる蟻の様に無作為に建築されただけのものであったし、その城下町を見下すように小山の上にそびえ立つ青の国の王宮はあくまで軍事を優先させた結果に築き上げられた、合理性は高くとも無感動な岩石の集合体に過ぎない。それに比べて、ゴールデンシティの王宮はなんと豪奢な造りをしていたのだろうか。俺が帰国を引き延ばした理由の一つに、あの王宮が気に行ったという事実は間違いなく存在する。とにかく、あの玉座の座り心地と言えば。まるで世界を制覇したような上気した気分を味わえるではないか。あの玉座に、今一度腰を下ろしてみたいものだ。
 カイト王はその様な思考を抱きながら、青の国王都へと足を踏み入れた。迎え入れるは狭いメインストリートにひしめくようにその居場所を構えた民衆達。経済の好調をそのまま現しているのか、民衆達はゴールデンシティにはいつくばる様に生息していた民衆達とは異なり、それぞれが上質な衣装に身を包み、全体的に顔の表情も明るい。その民衆達が上げた歓呼の声は王都のみならず、野山を覆い、難攻不落と評価される青の国王宮の石垣すらも震わせるような怒声としてカイトの耳に届いた。万歳と祝福の声が木霊する。その民衆達に右手を上げて応じたカイト王は、それでもこの街は少し雑然とし過ぎている、と考えた。そして、相応しくないとも。即ち、ミルドガルドの覇者たる俺は、もっと相応しい王宮と王都が必要だ。例えば、黄の国のような、とカイト王は考えたのである。

 「アク。」
 カイト王が優しげな微笑みを見せてアクを私室に迎え入れたのは、その日の夕刻を迎える様な時間となってからであった。色の無い、せいぜい寝台と執務用の机程度の家具しか存在しない殺風景な部屋の中央の椅子に腰かけたままで、カイトは立ちつくす様に呆然としているアクの姿を視界に納めた。私室入口で硬直するように頬を硬直させたアクは、そのカイトの言葉に対して小さく頷く。まるで純潔だな。アクの様子を眺めながらカイトはそう考え、そう言えば似たような情景を見たことがあるな、と自嘲する様な笑みを見せた。あれはもう半年以上も前、場所はパール湖の湖畔だったか。相手は、アクではなくミク女王であったが。今のアクと同じように強張った表情をしていた。あの時のミク女王は単に拒むためにあの表情をしていたのだろうが、では今のアクはどうだ。ミクと同じように俺を拒むか、それとも単に緊張しているだけか。それとも、何か別のことを考えているのか。表情に乏しいアクの顔からその内容を推測することは非常に困難な事象ではあった。そのアクをからかうように、カイトはアクに向かってこう告げる。
 「嫌なら、断っても構わない。何なら、俺を殺してもいいぞ。」
 少し、嫌味すぎる質問だったか、とカイトは考えながらアクの返答を待つことにした。アクがその気になれば、自分の命など一瞬で霧散することは目に見えている。しかし、答えは分かっている。アクの幼いころから自身が育てて来たのだ。もう、アクの性格は知り尽くしていた。
 「・・嫌だ。」
 駄々をこねる様に、アクはそう言った。難しい哲学の問題にでも直面したように困惑した表情で眉をひそめたアクは、続けてこう言った。
 「カイトは、私のことを好き?」
 まるで語彙が不足している、幼女の様にアクはそう訊ねて来た。本来なら、恋よ花よと夢見心地に過ごす年齢のはずだ。恋愛に興味は十分にあるはずなのに、十代も後半になってこのような回答しか用意できないのは、或いは俺の育て方が間違っていたのかも知れない、とカイトは苦笑しながら、それでもこう答えた。
 「愛している。」
 それが本当に本心からなのか。心は僅かに痛みを伴った抵抗を見せたが、カイトはそれを飲み込み、そして真っ直ぐにアクの瞳を見つめた。戦を知っていても、恋は知らない。それでも、年相応の少女であることには変わらない。カイトの言葉に珍しく頬を赤らめたアクは、暫く嬉しさを隠す様に視線を床に落としていたが、ややあって、こう言った。
 「それが、カイトの望みなら。」

 カイト王の皇帝宣言と、アクとの婚約宣言は、その後すぐに発表された。その文書は歴史的書物として、現在はミルドガルド大学の図書室に厳重に保管されている。通常の手続きでは覗き見ることすら難しい機密文書ではあるが、その重要性とは異なり、その内容は合理性を重んじたカイトの性格を端的に表す様な簡潔な文章であった。
 『我、ミルドガルド大陸統一を成し遂げ、ここに皇帝に就くことを宣言する。また、アクを皇妃候補と定め、吉日を選んで婚姻する。』
 この文章はしかし、当時の青の国の官僚に対して一点の波紋を広げることになった。カイトの予想通り、アクとの婚姻に反対する官僚貴族が続出したのである。即ち、彼らはアクの家柄と、優雅とはかけ離れたその態度を問題としたのである。その反対はカイトの予想を遥かに超える強さを持っており、結局の所、公式に発表されたものは更に一文短い文書となったのである。
 『我、ミルドガルド皇帝に即位す。』
 結果、現在一般に認知されている皇帝即位の文言はこの一文だけとなっている。しかし、それでも史上初の、そして唯一のミルドガルド皇帝としてカイト皇帝は今後、暫くの間ミルドガルド大陸に君臨することになるのである。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ハルジオン74 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】

みのり「ということで第七十四弾です!」
満「久しぶりの土曜日投稿だが・・。」
みのり「これから出かけるんですよね、レイジさん。」
満「そうなんだ。なので次回は多分、明日になる。」
みのり「ご了承くださいませ。では、次回お会いしましょう☆」

閲覧数:434

投稿日:2010/05/29 12:23:33

文字数:2,568文字

カテゴリ:小説

  • コメント1

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  • 紗央

    紗央

    ご意見・ご感想

    おっめっでっとっうーーーー!!!!!!!!

    よかったね(泣
    ミクにふられアクにふられだったら
    お母さん泣きますよーー!!!

    いつから母親になったのかな・・?
    まぁそれはおいといて(笑
    とにかくおめでとうございます^^

    最近、少しずーつタメになってしまってます><
    すいませんorz
    興奮したらタメになっちまうんです((

    前のコメでの
    「ウェッジ、ハクはともかく紗央さんが好きだってよ!!」についてww

    ウェッジ!ハクにふられたら紗央のとこにおいで!
    付き合ってあげるよ!

    付き合うってやだなぁ、恋愛のじゃないですよ~

    2010/05/29 13:40:22

    • レイジ

      レイジ

      早速読んでくれてありがとう☆
      別にタメ口でも構わんよ?。細かいことは気にしなくていいんだよ♪

      お母さんww
      良かったな、カイトww
      まあ、少しはいいことがないとね・・。

      >ウェッジ
      そうだね、フラれたらヤケ酒にでも付き合って上げてね^^;

      それでは次回も宜しくです☆

      2010/05/30 11:25:38

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