「かようなお言葉、耳より綿棒で掻き出すにも値しないわ」
「…?」
「」
「や、盗み聞きする程価値のある話でもなかったけどね、門を潜ればまぁ滑稽なお話が聞けたものだから、鼻で笑ってやろうと思って」
「御国の長殿の戯奴が前におはすとはいとも稀なり。如何なさってか、万策尽きて米英に屈するのみなる長殿よ。お;措いて尚、頭垂るる場所のあらんとは誰ぞ勘案しうるにや」
「全く以て、言葉の拙い妹分を持つと大変ね、桜軍服さん。学連の実質的な長の連れがそんなんじゃ本人の器量も知れるというものよ。ゆりり;百合李、通訳お願い」
「畏まりました。木村愛凜殿曰く、『総理大臣のくs』」
「愛凜が話しているのは歴とした日本の言葉ですよ、岸総理」
「人の話は黙って聞くものよ、弟君。そして、最近の学徒は総理大臣の名前も憶えられないのかしらね、まぁ大分お若い学生さんみたいだから仕様がないのかしら。私は第五十七代総理大臣きしのぶ;岸信めぐみ;惠巳。まぁ岸総理って呼びやすいみたいで誰も本名で呼ばないのよね。それだけ親しみやすい総理大臣として名高いとでも言えるのかしらね」
「名も知られぬる程に信心得難く浅はかなる大臣に他ならぬにや。かくあるべき理に結ばぬもそれ故なりと」
「聞こえているわよ!相変わらず舌足らずの煩い童女よね!」
「愛凜、落ち着きなさいな。御機嫌よう、岸信総理。今日は如何な御用にてこちらまで?」
「あら、用立てが無ければ私は墓参りも参拝も出来ないのかしら?」
「国交の正常化を目指して、お偉方は議事堂に閉じこもってばかりいるものと思っておりましたけど、存外そうでもないのですね」
「あら、まるで暇を持て余しているみたいに言わないで頂戴な。ちゃんと進んでいるじゃない。先日の報道官来日、あれをあなたたちが邪魔してくれなければもう話はまとまっていたのに」
「だから、条約を改定したところで、日本を戦火に晒さんとすることに変わりはないでしょう。あたし達が提唱しているのは安保の撤廃です。亜米利加に頭を垂れて、わざわざ鬱屈した立場に這い入る必要なんてもう無いはずでしょう。戦争の苦しみをもう二度と味わわぬためにも、武器を捨て、反戦を謳う国家を目指して然るべきですわ」
「だから頭でっかちで短絡的な学徒なのよ。国政は戦略、闘争でなく戦争なのよ?目先のことばっかり気にして、小さい女ったらないわよね全く」
「ち…小さいって…胸が小さいって言った…!」
「御姉様、何卒御心を、御心を鎮め給へ。学帆殿の御用意に預かりし緑茶がまだこちらに」
「あ…あっはっはっはっはっはっは!傑作ったら無いわ!女を捨て学に志す、花も恥らわぬ女学徒が乳房の大きさに一喜一憂するなんて!あーっはっはっはっはっはっはっ!堪らないったらないわー!」
「もう我慢ならないっ!愛凜、襷!早く!!」
「た、直ちにっ!」
「愛凜、お前も落ち着け!今こんなところで沙汰にしたら!」
「あーおかしいったらないわ、そんなに剣呑な形相しちゃって。美人が台無しよ?いっそのこと美人なまんま処刑台で刈り落としてあげるわよ。心に波風立てず、胸中を平らにすることが美女たる秘訣よ、桜軍服の御嬢様?」
「言うに事欠いて胸が平たいだなんて!くび;退陣になるのと御首を落とすの、どちらが先か選ばせてあげるわよ!御所に舞う桜で散り際も僅かなり見栄えもしましょうかしら?」
「あーーっはっはっはっはっはっはっはっはっ!もうお腹が痛くてよ;攀じき;切れそうよ!百合李、百合李もそう思うでしょ?」
「あ、あの、あのっ、私も…少々、気にかけておりまして…」
「え、ええ?そうなの?そうなの??もう可笑しいったらないったらないわ!あーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!」
「愛凜!襷を!この女もう許さないわ!血反吐吐いたって許してあげないんだから!」
「た、た、直ちにぃ!」
ザン。
「笑止」
「…へ?」
「これ以上口をお開きになりますと、寺の建立より代々神凪家に伝わる霊剣『神威』を以てこの喧嘩、手前の沙汰として収めざるを得ませぬ。如何せん、拙僧としてもそれは避けたい。何せ庭を整えたばかりで、直に桜も咲く頃合なのです。これを楽しみに足をお運びになる方もいらっしゃる位でしてね、いずれにせよ、人の血で境内を穢したくありませぬ」
「はぁ、まぁ神凪の家の者としては当然、止めるわよねー。学連のお子様方をまとめて抑えられるんだし、歯の一、二本目を瞑ってやろうと思っていたのに、全く以て興冷めったらないわ。これだから目先のことしか考えられない凡人は」
「大体貴方だって大して変わらないじゃないのよ!」
「だから小さい女だって言われるのよ。いい?高々己の欠点一つや二つ、それも身の丈の云々なんてどれ程些細な話なのよ。自身の矜持をどこに置くかってそれだけの話じゃない。たとえ乳房の大きさで未来が左右されるものが人生だと言うなら、笑って踏み潰してやるわよ」
「う」
「だいぶ話が逸れたけどね。私は貴女方を信じるつもりも無いし、貴女方に信じられるつもりも無い。総理大臣として、日本国を日本国としてあるべき姿を目指しているの。それが貴方達学徒の提唱する反戦国家であることを、せいぜい信じることね」
「なっ!?」
「それを目の前で仰るか」
「惠巳様、それは総理大臣が国民を前にして言う発言ではありません」
「拙僧にも弁護は出来ませぬ」
「ま、議会の中なんてそんな人間ばっかりよ?夢うつつなまま生きていけるほど、うつつ;現の世界は甘くないったらないわよ。百合李、私参拝済まして先に帰るわよ。坊様にお話があるなら、手早く済ましてきて頂戴。これから都に着任するって将校の着任受理と書類と出してやらなくちゃいけないんだから。その後は各地の開発計画と、五輪に向けての整地。そこの御嬢様が言ってた御所の裏手の処刑場も、どこかに移したいのよねー、かといって電波塔の側って言うのもしかし無粋ったらないわよね、どうしたものかしら。んじゃ百合李、私先に帰るわよー」
「は、はい。かしこまりました」
「…国の長たる者のおはしにける言葉にやあるべからむ。時に御姉様。御待たせ致しました、襷をば」
「いえ、要りません。もう落ち着きました」
【七項目】二次創作小説『近代歌姫浪漫譚 千本桜 ~学徒が華ぞ咲きにける~』【胡蜂秋】
黒うさP『千本桜』の自己解釈・二次創作小説です。
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