忽然と、暗黒の渦中から目覚めようとしていることに気がついた。
 鼓膜より伝わる音が、海の静かに波打つ音だと確認し、眼は蒼くなりつつある夜空を像として映し出していた。
 無論、体が目覚めていくうちに、傷からの痛みも信号となって脳に伝わる。
それの殆どが火傷である。
 とりあえず感覚器官及び神経は無事のようだ。
 それによって、思わず喉からうめき声が漏れる。
 もう一つ僅かに体に圧し掛かる重みの感触は、キクさんである。
 そして、脳が完全に目覚めると同時に数時間前の記憶が脳内に蘇った。
 あれから彼女を胸に抱いて意識不明となっていたのだ。
 だが、それからの記憶が全く抜け落ちている。
 火傷の痛みゆえに意識を失ったのであれば仕方ないか。
 情報が欲しい。
 戦況はどの様に変化しているのか、それを確認したかった。
 だがこの状況でどうやってそれを確認できようか。
 指令室との通信手段は無く、痛みの影響で立ち上がることすら間々ならない。
 しかし、そんな焦りも静寂の内に消え去った。
 そして、何もかもが終わりを告げたことを悟った。
 ふぅ。と口からそれまで溜め込んでいた緊張がため息となって抜けていった。
 少し経てば、基地内の誰かがこの外周通路へ生存者を捜索するためにやって来るだろう。
 それまでは、ここでこうして、微動だにせずコンクリートの壁に背凭れていることが、今私が考えられる最高の善処だろう。
 ・・・・・・あの音は、何だろうか。
 遥か空よりヘリのローター音が僅かに聞こえた。
 それは、速い速度でこちらに近づいてくる。
 視覚でも、正面の夜空からサーチライトの光を照射しながら近づいてくるヘリを確認できた。しかし、暗闇でどこの組織のものかまでは相容れない。 
 それはやがて、耳を劈かんばかりの轟音となった。
 その轟音を撒き散らすヘリは、外周通路上空で停止した。
 この通路は幅五メートルあるが流石にヘリが着陸することには難があるだろう。
 そのとき、ヘリのドアが開け放たれ、何かが外周通路に舞い降りた。
 十五メートル程の高さから着地し、その衝撃音が私の体へ伝わる。
 あれは人であろうか。
 しかし、かなりの大柄な体躯である。
 そして、硬い物同士が触れ合うような、ごとり、ごとりという足音を響かせながら身動きの取れない私に一歩一歩ゆっくりと歩み進んできた。
 その歩みは、私の数歩分手前で静止した。
 その人物は黒い大柄なマントを羽織った男であった。
 マントの下からは、機械的な二本の脚が伸びている。
 ・・・・・・パワードスーツ・・・・・・。
 しかし、顔は暗く確認できない。
 その得体の知れない人物に、私は自然と話しかけた。
 「少女が眠っているのです・・・・・・もう少しお静かに願えますか。」
 「キクにはすぐに目覚めてもらう。」
 その重く、低い声に少々驚きを隠せなかった。
 何故彼女の名前を知っているのか。
 ということは、軍の人間か、或いはクリプトンか。
 「さぁ・・・・・・そのキクを渡してもらおうか。世刻・エウシュリー・アイル大佐。」
 「どうしてです?キクさんは我々の管理下ですが。第一、貴方はどちらさまですか。」
 「名を名乗る必要は無い。近く、知るだろう。」
 「どういうことです。」
 「それも近いうちに知る。」
 「キクさんをどうしようというのです。」
 「我々と共に、自由となる道を歩ませる。」
 「自由となる道・・・・・・?」
 「そうだ。我々を縛る呪縛を解き放つために。」
 我々・・・・・・呪縛・・・・・・。
 その人物は再び歩き始め、私の目の前まで来ると、キクさんに手を伸ばした。
 私は視線を動かし、せめて顔だけでも確認しようとした。
 ・・・・・・・・・・!
 そして、キクさんの感触が私の体から離れた。 
 「それでは、さらばだ。また会おう。博貴ともな。」
 博貴・・・・・・網走博士・・・・・・。
 何故彼が・・・・・・彼は一体・・・・・・。
 キクさんの体を抱き上げた彼は、私に背を向け、今来た所を戻り、ヘリの真下で立ち止まった。 
 「ハァッ!!!」
 その瞬間、雄叫びと共に彼の体が空高く舞い上がり、ヘリの内部へと姿を消した。
 ヘリは即座に方向を変え、蒼い夜明け近い夜空へ紛れ、その姿は見えなくなった。
 残るは、ヘリのローター音だけが、長く耳に響いていた・・・・・・。

 彼の顔・・・・・・まさか・・・・・・。
 その瞬間、再び視界が暗黒の渦中に引きずり込まれた。




 







































 「指令室へ、こちら第一班の村上です。外周通路にて生存者を再び発見しました。司令です。司令が生きておられました。あとは整備員二名が生存していました。こちらは既に救護室へ運ばれた模様です。司令殿は今から我々がお運びします。なお、付近にシック2のものと思われるウィングを発見しました。しかしシック2の姿は確認できません。以上です。」

 「こちら第二班。シック3のウィングを発見。しかしシック3が見当たらない。」

 「こちら海上捜索第二班。シック4のウィングの残骸と体の一部と思われるパーツを発見した。シック4の本体は行方不明。あと三十分捜索を続ける。」

 「こちら雪峰捜索ヘリ。例の反逆の首謀者であるミクオの破片を回収した。粉々に爆発したものと思われる。ボディの部品はあらかた発見したが、頭部の部品が見当たらない。」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

Sky of Black Angel 第四十八話「何者か」

閲覧数:109

投稿日:2009/12/24 21:45:13

文字数:2,285文字

カテゴリ:小説

クリップボードにコピーしました