24.破壊される島
激しい轟音とともに、島の景色は一変した。
突如襲った激しい音と揺れに、ヴァシリスは慌てて子供たちを腕の中に抱きこむ。パウロ医師が飛び出そうとした子供たちの代わりにドアを開けて外を見た。
坂をまっすぐ降りたところに、島の中央、市庁舎と広場がある。
その広場から、土煙が上っていた。やがて、何かの焼ける匂いとともに、黒い煙が激しく立ち上り始めた。
海から吹く風にあおられて、煙が坂を突進してくる。パウロ医師が急いで扉を閉めた。
「裏口から全員逃げろ!」
ヴァシリスが子供たちをせきたてて走る。
「いいか、建物から出たら、なるべく身を低くして、裏の畑へ隠れろ! 崩れやすい建物に近づくんじゃないぞ!」
ヴァシリスは低い声で指示を出すと、レンカの寝ている奥の間に走った。
「レンカ!」
「ヴァシリスさん!」
レンカが寝台から飛び降り、靴を履きこんで走り出てきた。
「大丈夫か。無理はするな!」
負ぶされと背を向けたヴァシリスに、レンカは立てるとうなずいた。
「大丈夫。歩ける。ちょっと水だけ、持って行くね」
レンカが診療室に駆け込んだ。パウロ医師が往診鞄を抱えて飛び出してくる。
「ほい! レンカ!」
「はい!」
医師が投げてよこしたのは皮袋に詰まった水だ。ふたつの袋で、四リットルほどありそうだ。この島の昼間で、日干しになる怖さを、レンカは身をもって知っている。
「それを持って裏の畑へ逃げろ! 昨日まで日干しになってたんだ、無茶すんじゃねぇぞ!」
「ハイ!」
レンカが走る。
「ヴァシリス。あんたもレンカと行け」
パウロ医師は、裏口とは反対の方向へ向かおうとする。
「パウロさん! あなたは!」
「わしはこっちだ!」
パウロ医師は、身を低くし、煙の満ちる表の扉へ向かって飛び出した。
「パウロさん!」
ヴァシリスがレンカを押して裏口から走り出て、表へ回り込もうとしたその瞬間。
目の前が再び轟音とともに真っ白にふさがれた。
ヴァシリスがレンカに覆いかぶさるように、地面に押し倒す。
「……!」
身体に当たる小石の雨が収まったとき、ヴァシリスが後ろを振り返ると、医院の建物は瓦礫の山と化していた。
もうもうと立ち込める土煙の向こうに、医師の姿は無かった。
「パウロさん……!」
往診鞄を抱えた医師は、煙の上がる中央広場に向かったのだ。
ヴァシリスが目をこらすと、町へと下る坂道を、老医師が器用に瓦礫をくぐりながら駆けて行く姿が見えた。
建物が壊れ、坂の下の広場が良く見える。
ヴァシリスの下からそっと這い出したレンカは、思わず息を飲んだ。
見慣れた市庁舎の建物が、そこには無かったのだ。
「ヴァシリスさん。あたし」
レンカが立ち上がった。真っ白な部屋着のスカートが、乾いた風に翻った。
「あたし、行くよ。ヴァシリスさんは、子供たちを守って」
宣言した瞬間、レンカは水袋の一つをヴァシリスに押し付けた。そしてもうひとつの水袋を肩にかけ、きびすを返して坂道を降りていく。
あの、石の中央広場へと。
「レンカちゃん! ……待て!」
ヴァシリスは慌てて子供たちの逃げた畑に向かう。葡萄の木が列状に植えられているその木の間に、子供たちが鳥の雛のように隠れていた。
年長の一人を見つけて、ヴァシリスがすばやく駆け寄る。
「おい! これ!」
ヴァシリスが水袋を押し付ける。ついでに自分のポケットもさぐり、医院の菓子箱から掴んできた飴玉をいくつか手渡す。
「他の子も、頼むな。しっかり隠れてろよ」
返事を聞くが早いか、ヴァシリスはレンカの後を追って広場へと向かった。
頭の上で、ばらばらと飛行機のエンジン音が唸っている。
落雷音はそこかしこで続いている。
身体がせかすままに坂道を駆け下り、金の髪に白いワンピースのレンカの姿を探す。
「レンカ!」
走って叫び、見回すと、崩れ落ちた街角の一角に、人が集まっていた。
レンカが居た。パウロ医師も居た。
屋根が飛ばされ、壁だけ残った建物の裏に、怪我人がつぎつぎに運び込まれてくる。
二人は必死で、負傷した人々の手当てをしていた。
* *
その朝、ルカはプロペラとエンジンの音で目を覚ました。
「今日は、飛行機がうるさいな」
そう思った瞬間、突然、天井が崩れ落ちた。
薄暗い空間が光に貫かれ、見上げるとどこまでも青い空が見えた。
「……何?!」
壁際に身を寄せていたので助かったのだ。天井どころか、天井から上に乗っていた建物すべてが目の前に、瓦礫の山となって積みあがっていた。
……何があった。
非常事態だ。拘置されている身ではあるが、こうなった以上勝手に出てはならないとは、言われないだろう。
ルカは、瓦礫をよじ登るようにして空を目指す。ときおりぱらぱらと足元が崩れ落ちた。スカーフを口に巻き、埃を避けながら地上へと上る。
「暑い……」
外へと這い出して見回すと、景色が一変していた。
島の人でにぎわう、石畳の広場は、無かった。
石畳ははがれ、周囲の建物の壁や屋根が吹き飛ばされ、どこかの家の庭木が引きちぎられて広場の真ん中に転がっていた。
ルカは見回す。
「隊長! 皆! ご無事ですか……!」
「コルトバ!」
広場を囲む瓦礫の一角から声がした。
駐留部隊の部隊長と、十数名の隊員だった。
ルカが急いで走り寄った。無事でよかった、と部隊長が短く告げた。罪人が無事でよかったとはおかしなものだなとルカは思う。
部隊長はルカの肩を叩いて告げる。
「われわれは、外に訓練に出ていて助かった。非番のものや、事務の者の消息は、わからない」
ルカの顔から血の気が引いた。
「では、」
ルカが、崩れた市庁舎を振り返る。ルカの所属していた班は、おそらく、建物の中に居ただろう。宿舎で休んでいたものは、そのまま崩壊した建物に巻き込まれただろうか。
「……運にめぐまれていることを、願うしかない。それ以上に、」
部隊長が空を見上げる。黒緑色の飛行機が、空をぐるぐると旋回していた。
「島の外への通信手段が破壊されたことが、問題だ」
ルカの喉がごくりと鳴った。
「援軍を呼ぶことも、情報を送ることも出来ないということですね」
部隊長はうなずいた。
「出来ることは、この島に敵を上陸させないよう、防ぐことだ」
すぐ側で轟音が響き、爆風が建物の間を走りぬけた。
空を見上げると、ぱっと白い朝顔が咲いた。いくつも、いくつも。
ルカの鼓動が焦りで早くなる。
「落下傘部隊……」
「連中はこの島を取り、ここを拠点に海の道を築くつもりだ」
奥の国がやってくる。この島を取りに、やってくる。
最後に、飛行機は去り際に大量の紙を投下した。
島の言葉で書かれた、降伏勧告だった。
* *
昔、ルカは、父から聞いたことがあった。
「父上は、どうして、大陸の人なのに、島を渡り歩くの? 」
「仲良く、したいからだ」
いかつい服を着て、冷たい石造りの部屋にいたルカの父は、そう答えた。
「相手にとっては、こちらはよそ者でしかない。こちらが『奥の国』と争うたびに、巻き込まれて徴兵されて、島の者たちは恨んでいるかもしれない。
だけどな、こちらは『島』にずいぶん助けられてきた。何千年も昔からだ。島が海の道を持つことで、われわれもそれを使わせてもらってきた」
ルカの覚えている、数少ない父の言葉だ。
「かれらの文化も、われわれを支えてくれた。知っているか。王と女神の伝説を」
ルカは、思いがけないものを聞いたかのように、うなずく。
「一説によると、王は大陸の国の者で、女神は島の国の者だ。
われわれ大陸のものが船を出して外の国と貿易できるようになったのも、島がそれぞれ手を取り合って、海に道をつけていてくれたおかげだ。
しかし、『奥の国』の考えは違う。大きな島をいくつか拠点にして、他の島を支配することで道を作ろうという考えだ。彼らに、個々の島のつながりである、『道』を利用する概念は無い。」
父の手が、とん、とんと机を叩く。そのリズムが、ルカの中で海の波のリズムと重なる。
「……『大陸の国』のわれわれは、いままで島のつながりを使ってきた。
だからこそ、『奥の国』が道を求めて、島の風土をかれら流にまっ平らに整地してしまおうとするのを、見過ごすことは出来んのだ。
島が、それぞれのつながりを持っているからこそ、美しい海の道が出来上がる。われわれ『大陸の国』は、その海の道をつなぐ文化を、分断してはならないのだ。
……情緒的に言えば、そうだな」
ルカの父は、ふっと窓の外に目をやった。
「われわれ『大陸の者』は、個々の『島』のふところの深さに、焦がれているのかも、しれん」
* *
ルカは口を開いた。
「部隊長」
部隊長が防衛方法の指示を出して、まさに隊員が任務へと散らばろうとしたその時、ルカが部隊長に向かって進み出た。
「私にも武器を」
「ならん! コルトバは拘置中の身だ!」
「ですが! 今は戦力が必要でしょう!」
部隊長が、わずかに言葉に詰まる。たたみかけようとしたルカを、男の声が止めた。
「私も反対です。部隊長。……武器は、われわれに渡してください」
瓦礫をまわりこんで現れたのは、
「ヴァズ……」
ヴァシリスと、島の若者や、男たちであった。
「ここは、われわれの島です。私達が、守ります」
すでに自宅にある武器を持ってきている者も居た。猟銃のような火器だが、無いよりはマシだ。
「しかし、ほとんどの武器は、宿舎と建物の中だ」
ヴァシリスが、静かな瞳でうなずいた。
「……掘り起こします」
……つづく!
滄海のPygmalion 24.破壊される島
一変した日常、引き千切られる運命。その中で、人生の舵を懸命に取る、レンカ、ルカ、そしてヴァシリス。
発想元・歌詞引用 U-ta/ウタP様『Pygmalion』
http://piapro.jp/t/n-Fp
空想物語のはじまりはこちら↓
1. 滄海のPygmalion http://piapro.jp/t/beVT
この物語はファンタジーです。実際の出来事、歴史、人物および科学現象にはほとんど一切関係ありません^^
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