一度、台所に行って作ってきたココアを差し出すと、カイトはどこか気落ちした様子でそれを受け取った。
「やっちゃったなあ……」
「そんな気にすることないわよ。マスターだって、あれくらい何とも思ってないみたいだし」
「いや、それもあるけど……マスターに先を越されたと思うと……」
驚かせたかったのになあ、とカイトは嘆息する。が……私は前に不意打ちを食らっているのだ。
彼がサプライズを企画していたとしても、生憎、一度驚かされてる身としては、自分の誕生日をうっかり忘れる事は、しばらくはないと思う。
……彼には、少し申し訳ないけれど。
―Obbligato―
下
しばらく1人で落ち込んだら気が済んだのか、カイトは意外と早く立ち直った。
ココアを一口飲んで、そのマグカップを両手の中でくるくると弄ぶ。
「熱かった?」
「ううん、平気。それにしても、マスターも酷いよね……なんかすごい楽しそうだったんだけど、あんな人だっけ?」
げんなりした様子で言うカイトに、私も苦笑を返す。
「最近なかったけど、考えてみれば、ああいうネタは好きな人だった気がするわ」
「正直、疲れるんだけど……いや、真に受ける俺がどうかしてるんだろうけどさ……」
はあ、と何度目かの溜め息を吐いたカイトに、私は笑いそうになった。
彼としては、自分のマスターに嫉妬している状況が嫌なのだろうが、私からすれば、実は少し嬉しかったりする。
もちろん、マスターは冗談が過ぎる事がしばしばあるが、本気で他人の恋路に干渉して邪魔をするような人ではない。カイトもそれをわかっているから気にしているのだろうが、この大人しい男が少しでも私への独占欲をちらつかせる相手も、今のところ、マスターくらいのものなのだ。
そもそも元を辿れば、私とカイトがお付き合いを始めたきっかけも、カイトがマスターに嫉妬したからだし、それを思うと、少し懐かしくもある。
少しばかり自惚れているのかもしれないが、これくらいは許されるだろう。
「それで?」
「ん?」
「マスターに先を越されたって言ったけど、カイトは何をしてくれるのかしら?」
意地悪をするつもりで問いかけると、恨めしげな目を向けられた。
「めーちゃん……自分でそういう事、言う?」
「いいじゃない、誕生日くらいわがままになったって。前は驚かされたけど、今回はどっきりは遠慮したいし」
しれっと言い返すと、また諦めたような溜め息を吐かれたが、そこには苦笑いが混じっていた。
「仕方ないなあ、メイコは」
呼称が変化し、彼が2人きりの時の顔になる。
ちょいちょい、と手招きされたので近くに寄ると、ぐいと抱き寄せられた。
「去年は、間に合わなかったから……今年は何かあげたかったんだけど、やっぱりなかなかいい案が出なくて」
穏やかな、でも家族に対するものとはどこか違う声に、黙って聞き入っていると、不意に左手が彼の両手に包まれる。
「だから、これくらいしか思い付かなかったけど……今度、指輪買いに行かない? 2人で」
その『指輪』の意味をはかりかねて、数秒間考えたが、理解した途端かあっと顔が熱くなる。
私とカイトの左手薬指には、互いの名前を彫った指輪がある。
それ自体は定価500円の安物で、人間の真似事にもならないかもしれないが、それでも2人を繋ぐものがあることが嬉しかったものだ。
ただ、これは私たちが相手へ贈ろうと、1人で買いに行ったものだ。2人で見比べて決めたわけではないし、ペアリングでもない。
「い、一緒にって……」
「俺たちは人間じゃないから、結婚なんてできないし子供だってつくれないし、ただ真似るくらいしかできないけど……でも、ちゃんとメイコと一緒に、メイコと一緒のものを探したいと思って」
少し目を伏せて、私の左薬指にキスをされる。それが、なんだか壊れ物を扱うような、怖々といった仕草で、何故だか胸がきゅうとした。
「……いいのかしら」
「いいというか……メイコが嫌なら、何か別のものを考えるけど」
「嫌、じゃ、ないけど……それ、あんたがしたいことでしょ」
ほとんど決め付けるような言い方をしてしまったが、返す言葉がなかったらしい。カイトは困ったように眉を八の字にして、薄く笑った。
「だめ、かな」
「ダメじゃないけど、ズルいわ。私の誕生日なのに、カイトのやりたい事がプレゼントなんて」
嬉しくないわけではもちろんないけれど、なんだか少しだけ、悔しい。
「だから、ちょっとわがまま聞いてもらっていい?」
「いいも何も、わがままになるって言ってたじゃないか。……何?」
意を決して、じっとこちらを見ている青い眼を見上げる。
彼の言ったとおり、私たちは人間じゃないから、人間のする事を真似る、ごっこ遊びしかできない。
でも、人間ごっこだったとしても、それを真似たいと思うほどには、カイトは私にとって不可欠な個人になっていて。
彼もそう思ってくれているといいな、と願いつつ、私はゆっくりと言葉を絞り出した。
「形だけしかできないけど」
「うん」
「本当にできるわけじゃないけど」
「うん」
「……カイト」
一度名前を呼んでから、私はすう、と息を吸い込んだ。
「私を、貴方のお嫁さんにしてくれる?」
驚いた顔が見えたのは、一瞬。次の瞬間には、カイトに抱き締められたまま、口付けられていた。
彼にしては少しばかり乱暴なキスに驚いたものの、それほど余裕をなくしたのかと思うと、してやったりという気分になる。
「ああ、もう……こういうのは俺の方から言いたかったのに」
「一緒に指輪買いに行くんじゃないの?」
「それとこれとは別」
「そういうものなの……で? お返事はいただけないのかしら?」
ふざけた調子で言ってみたが、照れは隠しきれていないだろう。
カイトの方も照れくさいのか、ごまかすように私を抱く腕にぎゅうと力が入る。
それでも、耳元で聞こえた掠れた低い声は、私は今後、忘れることはないと思う。
【MEIKO誕】Obbligato 下【カイメイ】
わっふー! どうも、桜宮です。
Obbligato下、いかがでしたでしょうか。
元ネタはツイッターのキスシチュ診断だったりします。ひと月近く温めた結果がこれだよ!
本当は最後のカイトのセリフもあったのですが、いろいろ考えて、ない方がお話が膨らむかな、と、ぎりぎりになって削りました。
実際のセリフはどうだったのかはご想像にお任せします(笑)
さて、今回のタイトルですが……頭文字Oまできたんか……自分でもここまで続くと思ってなかった……。
とは言ったものの、Obbligatoは英語ではなくイタリア語です。いわゆる対旋律を表す音楽用語で、もともとの意味は「不可欠な」。
音楽を構成するメロディと、伴奏と、オブリガート。
この設定でのメイコさんにとって、メロディは悠さんです。それは少なくとも私の中では、どのVOCALOIDにも言えること。マスターがいなければ彼女らVOCALOIDは成り立たないですから。
伴奏は言わずもがな、メロディ以外の知り合った人たちみんなです。好きな人も嫌いな人も、いなければ「今の自分」もいないというのが私の持論でして。
では、メロディ以外の、不可欠な誰か一人は……と考えて、このタイトルにしました。
少し、直球すぎましたかね。書いてて恥ずかしかったです、てへ。
でも一番楽しかったのは実は上での悠さんのターンだったり←
では、ここまで読んでくださってありがとうございました!
そして改めて、めーちゃんお誕生日おめでとう!
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