夏もとうに過ぎ去り、快晴でも肌寒く感じるようになってきた。去年買ったカーディガンを羽織って、ほうと、息を吐く。
ふと近くで着替えている妹たちに目をやると、私の視線に気付いたか、落ち着かない様子で、ごまかすように薄手のコートを着て部屋を飛び出していった。
よそよそしい態度だが、気にはならない。むしろ微笑ましくて笑ってしまわないよう必死だ。

今日は11月5日。私の誕生日だ。


―Obbligato―



ここ数週間、急にミクとリンがそわそわしだして、私を避けるようになった。他の3人はそうでもないかと思ったら、カイトまで何やら会話の歯切れが悪いときている。
最初こそ、何かやらかしたかと思ったものの、レンも交えてミクとリンが相談しているのを小耳に挟んで、ああそういうことかと納得した。
VOCALOIDとはいえ、未成年型がお酒を買うことはできない。だがもう1週間しかない。
……などと聞こえてきたのだ、早とちりの可能性もゼロではないが、これくらいの自惚れは許されると思う。

「でも、ちょっと疲れました」
「そう言うな。あいつらにしてみれば、上手いことサプライズを用意できるか、不安だったんだから」

私の本音に、マスターは苦笑した。
夕刻になった寒くなってきたのでカーディガンを引っ張り出したのだが、ミクとリンは私がいるのが気になったようで、あたふたと出かけてしまった。流石に、外出するなら本当に用があったのかもしれないが、それにしたって慌てすぎだろう。あれでごまかしたつもりなのかと考えると、つい気にしていないふりをしてしまうわけで。
ため息を吐いた私に、マスターは一枚の楽譜を差し出した。

「これは?」
「あまり手の込んだものじゃないかもしれないけど、一応自分で作曲してみた」

マスターの言葉に驚いて顔を上げる。道理で見た覚えのない音の並びだと思った。
彼が今まで一度もオリジナル曲を作ってくれなかったわけではない。が、編曲の方が得意で、正直なところ、私から見ても作曲はそれほど上手ではなかった。
そんなマスターの作曲とは……見たところ荒削りだし、何でもない事のように言われたが、実際には随分苦労したに違いない。
それに。

「いつの間に……全然そんな素振り見せなかったじゃないですか」
「俺を誰だと思ってんだ。めーちゃんたちが俺の部屋に来られない時間帯くらいわかってる」

少し得意げにそう言ったマスターに、つい吹き出した。失礼かとも思ったが、彼も笑っているし、気にしてはいないらしい。

「さて、早速練習……といきたいとこだが、もう夕方だしな。明日にするか」
「え、でもマスター、」
「今日この後の時間、俺がめーちゃんを独占するのもあいつらに悪いだろ」

独占って。
だが、実際、今からこの曲の練習を始めたら、下手をすれば真夜中まで熱中しかねない。
そうなったら、あれこれ走り回っていた弟妹たちが不憫だ。

「この程度のもんしか用意してやれないけど。誕生日おめでとう、めーちゃん」
「この程度なんてそんな! 嬉しいです、ありがとうございます」
「お、惚れ直したか?」
「冗談はよしてください」

明らかに悪ふざけとわかる口調に、苦笑しながらたしなめる。

「まったく……貴方そういう事言うひとでしたっけ?」
「どうだろうな。でもやっぱりめーちゃんが相手だとあっさり返されるな、ちょっとつまらん。カイトだと面白いんだけどな」
「つまらないって……というかマスター、カイトにも似たような事したんですか」
「いや。けど、あいつは大人しそうに見えて意外と、って奴だし」
「いや、でもいくらなんでもこれくらいの冗談で目くじらたてることは……」
「甘いなめーちゃん」

不意に笑みを薄くしたマスターに、私は思わず黙り込む。

「自分の彼女が他の男と仲良く談笑して、あまつさえ『惚れ直す』だの何だの言ってたら、冗談だってわかってても気が気でないもんなんだよ」
「かの……?!」
「今更何を照れてるんだよ……っと、噂をすれば、か?」

ふとマスターの視線が私から逸らされ、すいと部屋の扉に向けられる。
会話に集中していて気付かなかったが、確かにこちらに向かってくる足音がある。ミクとリンはでかけているし、マスターは目の前、それにレンにしては少し重い足音。
果たして、ノックもなしに開かれた扉の向こう側には、見慣れた青色があった。

「よう、カイト。うるさかったか?」
「いえ。ただ、楽しそうだなあと思いまして」

男2人がにこやかに言葉を交わすが、カイトの笑顔がやや強ばっている。そもそもノックを忘れていたあたり、内心穏やかではなさそうだ。
マスターも同じ事を考えていたのか、意地の悪い笑みを浮かべたまま、ほらな、とでも言うように、ちらりとこちらに目配せする。

「まあ、何もなければいいんだけどな?」
「……何か?」
「いや? 素直じゃねえなあと思って」

マスターの言葉に、カイトの口の端がはっきりと引きつった。
そろそろ可哀想になってきたし、私としてもいたたまれないので、いい加減止めようかと思ったが、その前にマスターが椅子から立ち上がる。

「……とまあ、与太話はこれくらいにして。邪魔者はそろそろ退散するかな」
「じ、邪魔……?!」
「どっちにしろ、ミクとリンが心配だからな。散歩がてら、レンと一緒に迎えに行ってくる」
「え、ちょっ」

うろたえる私と、同じくぽかんとしているカイトを尻目に、マスターは1つ伸びをして、本当に部屋を出て行ってしまった。
それからすぐ、2人分の足音が玄関へと消えていき、扉の閉まる音が聞こえてから、ようやく私たちは顔を見合わせた。
この家に、私たち2人だけが残されたわけだが……さて、どうしたものか。
混乱したままの頭の隅で、私はそんなことを考えていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【MEIKO誕】Obbligato 上【カイメイ】

わっふー! どうも桜宮です。

まずは、MEIKO姉さんお誕生日おめでとうございます!!!
もう7年になるんですか……発売当初から知っていたわけではありませんが、7年と考えるとなんだかしみじみしますね。

というわけで、いつぞやに引き続き、めーちゃんお誕生日文です!
実は11/5になってからも頑張って後編書いてたら、1時くらいに前半のデータが吹っ飛んだり……やっとのことで書き上げてうpしようとしたらPCがフリーズしたり……間に合ってよかったです。

前半はそうでもありませんが、後半はがっつりカイメイ要素入ってくるので、苦手な方はご注意を!
毎度のタイトル解説も後半の説明文にてさせていただきます。

では、ここまで読んでくださってありがとうございます! 後半へつづく!

閲覧数:739

投稿日:2011/11/05 10:22:51

文字数:2,402文字

カテゴリ:小説

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