2月某日。インターフォンに応えて玄関に出ると、クール便の荷物が小さな山を作ってました。
「えっと……マスター」
「あー……またやっちまった、か?」
咥え煙草で気怠げに、がり、と頭を掻くマスター。このひとは酔った勢いで思い切った買い物をする(そしてその事をまるっと忘れ去る)ちょっと困った癖があるのです。俺達もそうして迎えられた経緯があるから、あまり強く諌められないんだけど。
受け取りの判を押すマスターを横目に見ながら、俺はゼロとふたり、やれやれ、と肩を竦めるのでした。
――が。
「うわぁ、これ、アイスじゃないですかぁ! しかもお取り寄せの高級なやつー!」
「こっちもアイスだよ? 業務用のおっきいの」
兎に角、と受け取った荷を解いた途端、思わず歓声が飛び出ちゃいました。どの箱の中身もアイスクリームで、どれもとっても美味しそうです。
中身を聞いて思い当たったのか、注文メールを発掘する作業を止めてマスターが顔を上げました。
「あー……何かうっすら思い出したぞ。あれだ、歳暮にアイス貰ってお前らが浮かれてた後、年末年始で呑みが続いたから……あの辺でやらかしたな、俺」
そうかそうか、いつもなら翌日すぐ届くから油断してたな。とか続けながら、マスターは事態が掴めて少しスッキリしたようでした。
けど、その顔はすぐにまた苦くなります。
「しかしこれ、冷凍庫には入りきらねぇな。お前ら、溶ける前に食べ切れそうか?」
「「えっ」」
俺とゼロは顔を見合わせ、どん、と鎮座している業務用アイスに視線を向けました。
流石にちょっと無理かも。
「――で、御相伴に呼ばれたってわけか」
「いいんですか? ありがとうございますっ」
冷凍庫の限界まで押し込んではみたものの、それでもどうにも入れられない業務用アイスが残って。マスターは急遽、悪友であるヤスさんと、彼の家のKAITOを呼び出した。取り分が減る事に抵抗があるらしいイチが複雑そうなカオをしてるけど……。
「イチ。僕らだけじゃ絶対に食べ切れないんだから、仕方ないでしょ。メルトさせるなんてアイスに対する冒涜、なんでしょ?」
「うぅ、うん……そうなんだけど」
「冷凍庫に収まった分と、予約してたアイスケーキもあるだろうが。……つーか今更だが、腹壊すなよ」
こりゃケーキは受取日変更した方がいいな……と、そう呟く口調は、普段の素っ気無さよりほんのちょっとだけ柔らかい。マスターはくしゃりとイチの髪を掻き混ぜるように撫でて、それから何故だか、スプーンを咥えてそれを見ていた僕の頭にも、同じように手が伸ばされた。
「……何で僕も?」
僕はイチほどアイスに執着が無いから、宥められる心当たりは無いんだけど。眉を寄せて小首を傾げると、カイト(ヤスさん家のKAITOのこと)に何だか含みのある微苦笑を向けられる。
「ゼロ君、若干ツンデレ系だよね。無自覚の」
「そして雁屋は甘いな、相変わらず」
何さ、その生暖かい眼差し。……分かるけど、分からない事にするっ。
溶けちゃう前にと食べ始めていた僕らに、カイトとヤスさん、電話を終えたマスターも加わって。食べながらの雑談に、ヤスさんの素っ頓狂な声が響いた。
「は?! おまっ、アイスケーキ1人1台で用意してんのかよ!」
ありえねぇ、と語る視線を、マスターはいつも通り無表情に受け流す。
「味の好みが違うもんでな。いいだろう、年に一遍、誕生日くらいは」
「初孫に浮かれるじーさんかお前は! 甘い、ココアの原液並みにベタ甘いぞ!! その上こんなアイスまで注文してるとか」
「その上、じゃねぇよ。こっちの注文の事は忘れ去ってたんだからな。大体お前に言われたかねぇぞ、年も明けねぇ内から誕生日がっつって騒いでただろうが」
「そっ、……俺の事はいいんだよ!」
何処までも淡々とした調子のマスターに、照れ隠しのようにヒートアップするヤスさん。……何か、
「好対照だね、マスター達」
「ほんと、いいコンビだよね」
うん。丁度考えかけていた事を先取りしたイチの言葉に、僕もカイトと一緒に頷いた。
賑やかな(と言っても、殆どマスターが1人で騒々しかっただけだけど)ひとときが過ぎて。思わぬアイスのお裾分けにしあわせ気分だった俺は、更に思わぬ場面に居合わせて、ますますあたたかな気分を味わう事になった。
それは、皆の器が空になって、一息ついた頃。
「あのね、マスター」
「ちょっと、……聴いててほしいんですけど」
互いに視線を投げ合い、タイミングを図るようにして立ち上がったゼロ君とイチ君は、何処となく緊張の面持ちで彼等の主に呼び掛けた。
「ん」
短すぎるような応えは、それでも真摯なもので。真っ直ぐに返される視線を受けて、ふたりの――いや、一対のKAITOは、一度頷き合い、そして同時に口を開いた。
『 365分の1日
1年1度だけ 特別な日
僕らがかつて この世に生まれた日
ありがとうと 心からの歌を
あなたが 選んでくれて
ここで歌えて 嬉しい
どうかこれから先も あなたの元で
ずっと笑顔を 奏でられますように 』
流れ満ちるハーモニーに、ほぅ、とマスターが息を漏らす。歌を捧げられた当の本人はと言えば、僅かに目を見開いてささやかながらに驚きを示していた。
短い歌が終わると、ふたりは何だか得意気なような、だけれど不安気なような様子で主を見つめた。雁屋マスターは窺う視線をいつも通りの真顔で受け止め、まじまじとふたりを眺めて――小さく、口の端に苦笑を刻む。
「お前ら、立場が逆だろう。祝われる方が贈ってどうする」
そうして、ふ、と。とても柔らかく、あたたかく微笑んだ。
「あの鉄面皮が笑うとはレアな……やるな、ゼロイチコンビ」
「雁屋マスター、本当にふたりを大事にしてくださってますね」
感嘆の声を上げるマスターに、俺もまた笑みを浮かべた。『仲間』が優しい主に恵まれ、幸福でいるというのは、俺にとっても嬉しい事だ。
そんな俺に何を思ったのか、マスターは少々気まずげに視線を逸らした。
「俺だって、準備してるからな」
明後日の方向へ投げられた言葉は、拗ねたような響きにも聞こえて。俺は思わず吹き出して、頷いた。
「知ってます。……ありがとうございます、マスター」
あたたかい、とてもあたたかいものが、胸一杯に満ちる。湧き上がる感謝と幸福を噛み締めて、心からの言葉を紡いだ。
KAITOお誕生会2012 @D.D.D.【兄誕2012*第2夜】
兄誕2012第2夜は、彼等を抜きにこの1年は語れない!な「D.D.D.」トリオでお送りしました☆
ゲスト出演で悪友ヤスとカイトのコンビも連れてきたら、意外にカイトも出張ってきたな……(予定外)
実を言うと、コラボでオリジナル曲動画を作成して、今年のお誕生会はそれだけでもいいかなーと思ってたんです。
が、『ヤツらでも書かなくては』と誰かが脳裏に囁いたので……(なお、囁いた"誰か"は本人の申告によると副隊長殿だったそうですww)
作中の歌詞は、鏡音誕生祭オリジナル曲『カンパネラ』の別アレンジ。
KAITO版と鏡音版を『1題目、2題目』と呼応させて作詞するなら……と漠然と考えていた冒頭を整えて、KAITO仕様で続けてみました。
※KAITOは誕生日「1度だけ」じゃないじゃん!とは言わないお約束です←
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