ロシアンさんの背中に乗って街の上を移動するのに数秒。
驚いている間に、イベント会場とやらに着いたようだ。


『ほら、着いたぞ。さっさと降りぬか、無駄に力を使いたくないのだ』
「あ、あぁ、すまない」


十数秒前にも似たようなやり取りをしたような。
いや、あなたたちにとっては普通であろうこの光景は、私たち一般人にとってはかなり度肝を抜かれる光景である。
驚いてちょっと固まってても、不思議じゃないことを少しはわかってほしい。
けっこう思考回路がショートしかける。
神威さんは大丈夫かな。でも私よりも随分…言っちゃアレだけど、大人の余裕?みたいのがあるから、多分大丈夫だろう。
私なんて、さっきも赤くなっちゃったし。…あれは確実に向こう側がおかしいと思ったが。
いや、あれは冗談なんだよね?きっとそうだと信じたい。


「あれ…?神威さん、いつの間に眼鏡かけたんですか?」
「え?さっきの移動のときにな」


彼が今かけているのは、普段の撮影でも使っている眼鏡。
いくら彼の格好が変わっていても(白衣)、街の人に『なんであんたがここにいるんだ?…あれ!?』みたいな顔して見られる。
だから眼鏡を召還して、少しは変わるようにしてみたようだ。
伊達なのか度が入っているのかは…私にはよく分からない。

あとは教職員用の名札(みたいなもの)でもあれば、完全に先生なんだけど。
それに関してはもうスルーしよう。

ふと神威さんの目を見れば、私と同じことを考えていたらしく『とりあえず帰ったらマスター軽く踏む』とアイコンタクトを送ってきた。
…神威さんにSがうつったような。恐ろしいな、ヴォカロ町。
かわいそうなので、『やめてあげてください』とアイコンタクトを送る。
伝わっていればいいけど。マスター一般人だからなあ。
多分普通の人よりも痛がるよ。


「ほら、先生にルカちゃん、着いたわよ!ここが私たちがコンサートをするセンターステージよ!」


ちょっとしたやり取りの間に、目的地に着いていた。
ヴォカロ町の中央に位置するステージは、他の建物の倍はあろうかという面積があった。


「成る程、確かに一番のイベント会場だな。ボカロの街なのだから、ステージがなかったらむしろ不自然だ」
「私たちは戦闘ばかりしているけど、その音波も元々は歌うためのもの。歌うために生まれたんだから、ステージがなかったら悲しくて泣いちゃうわよ?」
「…変だな、うちは全く歌ってないんだが。やっぱりマスター帰ったらチョーク、あと踏んどくか」
「やめたげてよぉ!ゆるりーさんのライフはもう0よ!」


ルカさんナイスツッコミ。


「えー…で、よほどのことがない限りは、基本的に毎日誰かしらが歌っているのだけど。今日はミクが使っているはずよ」
「えっと、客席満杯じゃないですか?それに、私はルカさんと容姿が一緒だから、普通の客席に行くのは危ないのでは…?」
「そうね。じゃあ、悪いけど舞台裏から見ましょうか。こっちよ」


ルカさんが裏口への道を案内する。
一般の人ではほぼ確実に立ち入ることのできない、舞台裏のエリア。
舞台の袖口から、そっとステージの中央を眺める。客席からは見えない角度から。
そういえば、ロシアンさんがずっと黙ったままだ。まだ怒ってるのかな…怖いなあ。うう。


「そーらのーいーろも~かーぜのーにおーいーも~、うーみのーふかーさーも~あなーたーのーこーえも~♪」


ステージでは、一人の少女――ヴォカロ町の初音ミクが、楽しそうに歌い、踊っていた。
ちらりと横に目をやると、ロシアンさんと神威さんの表情が柔らかくなった。神威さんは別として、ロシアンさんも歌が好きなのかな。
なんだかんだで、私もボーカロイドだから、歌を聴くとすごく幸せになる。元々は歌のために生まれた存在だから。
それはきっと、ルカさんや神威さんも一緒。

特等席からコンサートを眺めること十数分、終わったらしい。
どうやら最後らへんに来たようだ。


「みんな~!今日もありがとうね~!」


沢山の声援と拍手に包まれて舞台裏に引っ込んだミクさん。
私たちは片付けを邪魔しないように、裏口から出て待つ。
少しすると、ミクさんがやってきて、私たちを見て目を見張る。


「ルカ姉!今日は署に行ったんじゃ…あっロシアンちゃん!あれ!?ルカ姉が二人!?それにがくぽさん!?あれ!?」


▽ミク は こんらん している !
そりゃそうだよね。うん。


「あれ?でもこのがくぽさん、白衣に眼鏡…この姿どこかで…うみゅみゅみゅ…、あ―――――っ!!!ゆるりーさんとこの!?」
「あぁ、その通りだ。遊びに来た。俺のことは、まぁ好きに呼んでくれ」
「ゆるりー家のルカです。うちのマスターがお世話になってます」
「いえいえいえ、こちらこそ!じゃあせんせー、巡音さん、こんなところですけどゆっくりしていってください!」


神威さんと私の手を握ってぶんぶん振るミクさん。
グミさんといいこのミクさんといい、ヴォカロ町の子ってテンション高いね。


「せんせー、確かチョークアタック?っていうの打てるんですよね?それはどうやって?私にも教えてください!」
「え?あぁ、まず普通にこうやって持つだろ?」
「はい! 持ちました!」
「次に適当に構えるだろ?」
「はい!すっごい適当に構えました!」
「いや、そこまで正確に真似しなくても…。で、こう、投げる」《ビュンッ!!》
「ええっ!?そんなにキレイに飛ばないし豪速球になりませんよ!?どうなってるんですか!?」
「いや、それは補正ってやつがかかってるからいつもの倍の威力なだけなんだが…飛び方に関してはいつも通りだ」
「な、成る程…参考になります…?」


神威先生によるチョークアタック講座が始まった(眼鏡と白衣だし、チョーク投げてるし、完全に役)。
雑な説明のしかただな。正確に表しようがないからかもだけど。
そしてメモをとって聞くミクさん。真面目だなおい。


「コンサート見に来てくれてたなら、一緒に歌ってもらいたかったです」
「いや、あくまでもうちは『演技』専門だからな…。多少は聞いてると思うが、我が家のボカロは全員役者に近い」
『むっ、ボーカロイドなのに全く歌わないのか?Turndogから聞いた話では、度々歌っておると耳にしたのだが』」
「台本の都合で歌うこともありますけど、なかなかないですね。練習もボイトレはしますけど、ほとんど演技の練習ですから」
「へー、じゃあけっこう大変なのね。おまけに生身の人間でしょ?すっごく大変じゃない」
「大変だけど、俺らは演技も楽しんでやってるからな。つらくはないさ」
「どうせなら、歌と演技を取り入れたミュージカルをやってみたいのですが、マスターがマスターなので」


全員でわいわいがやがや。
しばらく他愛もない話をして、お互いの苦労をなんとなく理解した。

で、ちょっとして、なんとなく私に話題が回らなくなってきて。


「ルカさん、掃除用具を借りてもいいですか?」
「え?いいけど、箒しかないわよ。どうしてまた?」
「貴重な時間をいただいて案内していただいているので、お礼にと」
「そんな、気にしなくてもいいのに。ゆっくりしてもらいたいんだけど」
「いえ、ぜひやらせてください。それに、先ほどお客さんが帰るとき、ポイ捨てしてらっしゃる方を見かけたので」
「え、そんな奴いたの?探し出してお仕置きしてみようかしら、不法投棄なんて許さないわ」


なんだかんだで箒を借りて、表を掃く。
落ち葉やゴミを掃き集めてみる。
ルカさんのようにいろいろ厳しい人がいるからか、私たちの住む世界よりはゴミが少ない。
でもやっぱりポイ捨てってなくならないよね。人間って…ううむ、考え方から違うからなあ。うん。

なんてことを考えていると。


「あれ…ルカ様!?ライブ後に一人で掃除っすか?大変っすねー!」


また変なのが来た。
しかもこれ、多分、この世界のルカさん親衛隊?かなあ。
格好が違うけど容姿は一緒だから、絶対勘違いしてるよね。


「えっと、そんなところです」
「あれ!?おとなしい!しかもなんかめっちゃ可愛い!じゃあ今日はいけるかも…!ルカ様!掃除なんてほっといて行きましょう!」


え?ナンパみたいな感じ?困った。
普通は追い払ったりするんだけど、神威さんを見る限り私にも補正が働いているだろう。下手したら病院送りにしてしまうかもしれない。
かと言って演技で対応すると、この親衛隊はどうしても喜ぶだろう。
私がルカであるかぎり、これを追っ払うのは大変だ。
演技でなんとかしたいけど、私一人では成り立たない。
どうしようか、と解決策を速攻で探す。







「…で、演技ってのはだいたいのものに応用できるから、うまく使えばけっこう楽だ」
「へー。お手本とかないですか?」
「て、手本?さすがにそういうのは…って、あれ?」


こっちのミクとけっこう話していたが、うちのルカがいないことに気づいた。


「刑事さん。ルカがどこに行ったかわかるか?」


うちのルカと区別するため、こちらのルカは刑事さんと呼ぶことにした。


「なんかお礼がしたいからって、表に掃除しに行ったわよ?」
「じゃあ俺も。なんかいろいろ迷惑かけちゃってるし」
『む。なんだ、お主らいい奴ではないか。気持ちのいいことをする』
「礼儀知らずではないと思うが…」


掃除用具を手に表へ歩く。
こちらのミクも、明るく気さくだから話しやすい。
ミクの共通点を見つけた気がする。

表に着くと、ルカが変なのに絡まれていた。


『ナンパとやらか?』
「どうもそうっぽいわね。ちょっとしばきましょうか」
「いや、あれは犯罪者じゃないから、刑事さんのやり方だと駄目じゃないか?」
「ちょっと…先生、ルカちゃんがどうなってもいいの?」


どうなってもいい?
そんなわけない。


「ここは俺が行く。演技の応用ってやつ、見せてやるよ」
「いや、でも変に煽ったりしたら…」

「下がってろ」


手で刑事さんを制す。
俺だって、意地ってものがある。







「うちのやつに何か用でも?」


困っていたところに、凛とした声が聞こえる。
振り返れば、神威さんがこちらへ歩いてきている。


「オレはただ、ルカ様に楽しんでもらいたいだけなんだけど」
「へぇ、そりゃ有難いね。…悪いけど、こいつ俺の連れなの。わかる?」


私の肩に手を回し、引き寄せて話す神威さん。
あ、今演技モードっぽい。


「そんな嘘が通じると思ってんの?ルカ様に――」
「残念だけど、お前の知ってるルカじゃねえよ。嘘かどうか、試してみるか?」


腕を私の肩に置き、喉を指先で撫で、顎を僅かに持ち上げる神威さん。少しくすぐったい。
同時に、空いたもう片方の手で自らのネクタイの結び目を緩めながら、妖しく笑う。
うん。この人、どこにこんな色気を隠してたの?
まぁとりあえず、私は黙って『恋人』のフリをしよう。


「おふざけが過ぎるようなら…どうなるか、わかるかな」


顔は笑っているが、目で威圧する神威さん。
ちょっと殺気が見える。演技でこれだ、本気でやったらどうなるかわからない。
怯む男。うわ、へぼい。しょうがないかもしれないけど。


「こいつと話すなら、俺を通してもらおうかな。…俺の女って、理解しているならね」


神威さんが目を僅かに細めた瞬間、眼鏡の奥に潜めていた殺気が露わになる。
情けない声を上げて男が逃げていったのを確認すると、神威さんは離れてネクタイを結びなおした。



「とまあ、演技の応用はまずこういうのに使いやすい。ルカ、大丈夫だったか?」
「えぇ…助かりました。ありがとうございます」
「いいってことさ」


汚れたのか、眼鏡を拭きながら話し出す神威さんは、もう素に戻っていた。


「へ、へぇ。私たちにはハードルが高い演技だったわ」
「っていうか、さっきのルカ姉の親衛隊の人?まだいたの?」
「え?あんな変なのはいなかったと思うわよ?」


あ、この人たちへのお手本にやったんですか、そうですかそうですか。


「ルカちゃん嫌な目にあったのに、やけに落ち着いてるわね。普段もああいうのに絡まれたりするの?」
「そうですね。たまにですがありますね…。普段は指輪とかして、追い払いやすくしてるんですが」
「え?待ってルカちゃん今、指輪って…」
「え?………あ」


瞬時に赤くなる私。
しまった。やってもうた、という言葉がぴったりの状況を作り上げてしまった。


「先生!プライベートでも指輪してるんですか!?二人で!?薬指に!?」
「……ふん」


そっぽを向く神威さんだが、少し赤くなってる気がする。


「あらあら…夫婦だけど、バカップルじゃない、見てて楽しい新婚夫婦だったかしら」
『ここまで純粋だと、逆に心配になるレベルだな』
「ふふふ、からかいやすいんですね、お二人は」


ルカさんとロシアンさんだけでなく、一時間前くらいのやり取りを知らないミクさんまでもが乗った。
ううう。さすがにちょっと、恥ずかしい。
なんでこんなことに……。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ヴォカロ町へ遊びに行こう 5【コラボ・ゆ】

若いっていいよね。
こんばんは、ゆるりーです。

遅くなりましたごめんなさい。
昨日のテトちゃんと一緒に書いてたのですが、うまく書けない。どうしたらいいのこのジレンマ。

あと、昨日Twitterでしるるさん・ターンドッグさんと恋愛について話し合ってたから、それが頭に残ってました。
今回恋愛色強いのはそのせいですすみません。

とりあえず、演技ではありますがイチャイチャさせてみました。
夫婦だとからかっても、否定も肯定もしないのが我が家のお二人。
心当たりがあるんでしょうね。

うーんと、何か書きたかったんですが…あ、思い出した。
「下がってろ」のところ、がっくん低い声出してます。
実はちゃんと怒ってました。さすが。

第4話:http://piapro.jp/t/SDRF
第6話:http://piapro.jp/t/1Ns4

閲覧数:229

投稿日:2014/04/21 00:11:12

文字数:5,432文字

カテゴリ:小説

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  • Turndog~ターンドッグ~

    Turndog~ターンドッグ~

    ご意見・ご感想

    書きなれてる人のイチャラブの方が2828出来るという当然の結果を目撃した件←
    やっぱり書いた経験がものをいうよねー得意ジャンルってw
    そう言うわけでバトルは任せろー(大丈夫か?
    そしてやっぱりあなたたちヴォカロ町で生きていけるよね永住しろよ(おいこら

    先生止めてミクさんにそんなの教えないで!
    マスターしちゃったら『Light・Stick』で山を消し飛ばせるようになっちゃう!←
    あの親衛隊は多分親衛隊の名を騙る偽物です。
    根拠:親衛隊はルカさん『とロシアン』の本気の殺気を浴び慣れているからどれほど先生の殺気がすごくても怯えて逃げ出しはしないから(変態揃いだな親衛隊
    ロシアンの殺気も浴び慣れている辺りがポイントです!w
    この二人の殺気に当てられて失神しないことが最低条件とか何とか(怖いな親衛隊

    昨夜はおたのしみでしたね(おい言い方!

    やっぱねーロシアン難しいよねー。
    自分のキャラでありながら初期はホント書きづらかったもんこのねこ助。
    どうしても難しかったら次書くときは適当な出来事でキレさせて素の『俺』モードにさせても構いませんよ?w
    ぶっちゃけ個人的にはそっちの方が読んでて面白いしw

    2014/04/03 01:30:48

    • ゆるりー

      ゆるりー

      「あーなんか違う!」とまだ納得できてない件←
      永住は無理かもしれないですねw

      「ヴォカロ町の追撃砲(物理)」ですねわかりますw
      いえ、このヴォカロ町は「あの」ルカさんがいるから、きっと本物の親衛隊はターンドッグさんみたいな人だろうと思いながら書いてましたごめんなさい。

      言い方ァ!誤解を招く発言ですよ!
      ツイッターでちずさんが、意味も知らないのに覚えちゃってますよ!

      いや、あっちはあっちで書きづらい…w

      2014/04/04 09:10:13

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