日曜日。俺は、本屋に行ったリンを尾行した。そして、書店に入る前にその片腕をひっつかみ、駅に連行した。
リンは驚いて「ちょっと、何?」とか、「放してよ。どこ行くの」とか言ってたけど、無視して、あらかじめ買ってあった切符を改札に通すと、列車に乗り込んでドアが閉まるまで、リンの腕を離さなかった。
腕を離すと、「一体何なの?」と、リンは冷静に言う。ここまで理性的な女だと、確かに自分の意思で泣くことなんて無いかもしれない。
「何処行きたい?」と、俺は聞いた。「一応、この切符だと国内何処の駅にも停まれる」
「それ…お金、どうしたの?」リンが気にするのはまずそこだ。
「父さんの財布から、少し拝借した」と、俺が悪事を明かすと、リンは「怒った顔」をして、俺に「最低」と告げた。
「そりゃどうも」と俺は答え、「で、何処に行きたい?」と質問を繰り返した。
「何処も彼処も無いわ。帰りたい」と、リンは言う。
「何処に?」と俺は聞く。
「家によ」とリンは言う。
「一瞬も気を抜けない場所を、『家』って呼ぶのかね」と俺は言って、「それじゃ、家探ししようぜ」と持ち掛けた。
「はぁ?」と、リンは語尾を上げる。「あんた、何言ってんの?」
「帰りたくなる場所探そうぜ」と言いながら、俺は歯を見せて笑って、「魔法は10時間しか利かねーけどな」と言った。
「その前に、交番に出頭しても良い?」と、リンは全く乗り気ではない。
「そう、つんけんするなって。今は、教師も親も居ないんだぜ?」と、俺が言うと、「世間の目ってものがあるでしょ?」と、リンは諦めたように言う。「私達は、何処にも行けっこないの」
「それが本音か?」と、俺は聞いた。「『私達は与えられた場所にしか居られないから、檻の中で良い子になってます』って?」
「最上級の嫌味をありがとう」と、リンは言って、ムスッとした顔のまま黙った。
俺は、程よくいつもの「世間」からは離れた、田園地帯の近くの駅で、リンの手を引き、列車から引きずり下ろした。
リンも観念したらしく、ほぼ無抵抗で付いてくる。
草みたいな葉っぱの茂っている水田の中を、無数のトンボが飛んでいた。
それにしても、その水田の広さって言ったら、下手なイベント会場より広い。
「すげー。圧巻」と俺は言ったが、「悪漢違いの人に私は連行されてるんだけど?」と、リンは相変わらずふくれっ面をしている。
ふくれっ面であれ、多少は不機嫌な表情を見せるようになったのは良い事だ。
俺は、姉の手を引いて、田園の中を歩いた。
不思議と、子供の頃のことが思い出される。3歳の時だ。おたふく風邪に罹った俺が、高熱出してうんうん唸ってた時、リンはなんとか俺を「治そう」としていた。
小さく砕いた氷を、俺の口の中に放り込んだり、腫れあがっている頬に湿布を貼ろうとしたり。
だが、養母に「移る病気だから、近くに来ちゃだめ」と言われて、リンは湿布を持ったまま部屋の出入り口で困り切ったような顔をしていた。
子供ながらに考え抜いたリンは、俺が寝かされている部屋の前で、「病気の治るおまじない」の言葉を唱えたり、「どら猫と豆の樹」とか言う覚えたての童話の話を、ずーっとしゃべり続けていた。
養母から、「レンは苦しいんだから、静かにしてあげなさい」って、珍しくリンは怒られてた。
そのことをリンに話すと、リンは「どら猫がどうなるか知ってる?」と聞いて来た。
「悪いが、その内容は覚えてない。どうなるんだ?」って聞き返したら、「豆の木を登って雲の上の国で逢った、死んだ奥さん猫から、子供達をお願いって言われて、豆の樹を降りてくるの」と、リンは話す。
「幸せな話じゃないか」と俺が言うと、「ところが、水をあげ忘れた豆の樹が枯れてしまって、どら猫は地面に落っこちて動けなくなっちゃうの」とリンの話は雲行きが怪しくなる。
「どら猫が必死に助けを読んだら、天使がどら猫に羽をくれるの。『この羽で、子供達の所に飛んで行きなさい』って」
話をしているリンの声が、段々上ずってくる。
「どら猫は、天使の羽で子供達の所へ行って、子供達が大人になるまで見守るの。一番小さかった子が大人になるのを見届けてから、羽で雲の上の国に行って、奥さん猫と幸せに暮らすの」
俺は、ハハッて笑ってみせた。「どっちみち、幸せな話だな」って。
「私も、幸せな話だって思ってた」と言うリンの声は、ひどくトーンが暗い。俺はあえて振り返らなかった。たぶん、全自動で泣いてる声だ。リンは続ける。
「だけど、気づいちゃったの。どら猫は、きっと樹から落ちた時に死んでしまったんだって。だから天使が羽をくれたんだって。それで、子供達を見守ることしかできなかったんだって」
リンと言う、この女は、将来、きっと幸せに成れない、と俺は直感した。頭が良すぎる。
「じゃぁ、こう言う話知ってるか?」と、俺は前を向いたまま言った。「俺達の祖先は、別の星から来た移住民で、この星を開拓して、人間が住める場所にするまで千年かかったって」
「都市伝説でしょ?」と、リンは言う。
「人類の黒歴史だよ。封じられた過去ってやつ」と、俺は話し続けた。「リン。俺達の頭の上に、いつも『ドーム硝子』があるのを、不自然に思ったことないか?」
「別に…普通の景色でしょ?」と、リン。
俺がようやく振り返ってやると、リンはやっぱり「自動的」に泣いていた。リンは慌てて目をぬぐう。
「ところが、俺達の祖先が来た星には、ドームはないんだ。大気が星と一体化してて、ドームで覆わなくても、空気が星の外に逃げることが無いんだってさ」
「夢みたいな話」と言って、リンは笑った。「何処にそんな都合の良い星があるって言うの?」
「ところが、あるんだな」と俺が言うと、リンは「中二病」と俺をからかった。
「ちゃんとその星の名前だって伝わってるんだぜ? 知らないのか?」って、俺はあくまで正論として通した。「『テラ』って言うんだ。イヌワシ座の南にあるらしい」
「はいはい。良く作りこんであるお話ですこと」リンはこう言う話は全く受け付けないほうだ。「それが正しい歴史だったら、歴史の教科書がだいぶ分厚くなっちゃうわね」
「学校で習う歴史なんて、フェイクニュースの塊だぜ?」と、俺は返す。そして、足元に何かあるのに気付いた。「あ。トンボだ。トンボが死んでる」
「ああ、きっと、卵を産んだ後なんだね」リンが言う。「虫の一生は、子孫を残したら終わりだから」
「お前も、大人になって子供残したら人生終りたいって思う?」と、俺は冗談交じりに聞く。
「人間はそんなに簡単に済まないでしょ。子供を生んだら、育てなきゃ」
リンはあくまでお利口さんだ。
「自分の子供が大人になって、また子供を作って、その子供の面倒を見て…終わるのはそのくらいの時でしょ?」
「夢も希望もない女だな」と、今度は俺が逆にからかう。「そんなセオリー通りの人生送って、何が楽しいんだよ」
「セオリーじゃないわよ。それが『普通』なの」
「じゃぁ、お前は『普通の女の子』になりたいか?」と、俺は聞く。「恋だの愛だの言ってキャッキャしてる女子とおんなじに成れるか? それとも、見合いして親が決めた相手と結婚するのか?」
「恋愛するのはその子達の自由でしょ? それに、お見合いだって悪い事じゃないわ。私は、今の所、異性に興味が無いだけ」
「じゃぁ、興味が出て来たら? お利口さんの頭の中には、恋愛のレシピは入ってるのか?」
「知らないわよ。失恋とやらを体験するならそれでも良いし」
「失恋もするだろうな。お前の『恋』って、すっげぇ格式ばってそうだし。第一段階は、ラブレターだとして、第二段階は、お話をして、第三段階は、お手手をつないで…」
と言って、俺は自分がリンの手を握っていることに気づいた。連行しているだけだが、こう言うシチュエーションで、この話は気まずい。
「この話は、やめよう」と、俺とリンは同時に言った。
そして、二人で顔を見合わせ、爆笑してしまった。
Home Planet/第二話
これは青春ものですね。
リンレン小旅行に出るの巻。
この物語はフィクションです。
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