『恋スルVOC@LOID』- VOC@LOID に恋ス- ⑤
そして青年は、復刻版として存在している古いシステムを使用して、作曲を始めた。現在の初音ミクならば、曲と歌詞を作れば、自動的に見事な歌声を披露してくれるのだが、青年はあえてそれをしなかったのだ。
1つ1つの音を打ちこみ、そして、ミクにその音を歌わせる。ミクは青年の隣に立ち、彼の打ち込んだデータを再現してゆく。
「『♪~忘れないでいえぇえぇ、いて欲しいよぉうおぉおぉお~♪』 ちょっと、マスター! ふざけないでください!?」
パラメータをいじられ過ぎたミクの声は妙な怪音波となって響く。
「あはは、いいじゃないか」
「駄目に決まってるじゃないですか! マスターの腕前ってそんなものですか!?」
「仕方ないよ。久しぶりなんだもの」
「ひさしぶりでも酷すぎますよ!」
青年が新しい音を微調整していると、
「『置いて欲しいよぉぉ~♪』あ、マスター。今ビブラートで誤魔化しましたよね?」
「バレたか…。あのなー、だいたい、僕は調教が苦手な方だったんだよ。…やれやれ、やっぱり文句なんて言わなかった昔の方がよかったかな…」
「え……」
ビクッと、ミクはツインテールを震わせ、
「す、すみません。言いすぎました」
「冗談だよ。冗談」
「じょ、冗談、ですか。はぁ…」
ミクは安心した表情を浮かべると、その場にしゃがみ込み、溜息をつく。
「どうしたの?」
少し過敏な反応を示したミクに青年が声をかける。
「いえ…。それにしても、昔の私って、本当にじゃじゃ馬ですね。マスターは、よくこんなシステムで私を歌わせようなんて思いましたね…」
「ふふっ。それはそうだね」
青年は笑ったが、
「でもね、ミク。僕はそんな苦労する日々がとっても大切だったんだ」
「どうしてです? 今の、自動歌唱機能は嫌ですか?」
「それはそれ。嫌ではないけど。こうして、こう…、音を1つ1つ、作り上げてゆく。そんな過程がとても楽しくてね」
画面を見つめる嬉しそうな青年の瞳。ミクはその瞳を見つめてハッとした。彼のその瞳。自分が、初音ミクとして、初めて彼の元にやってきた時の、その時の瞳にそっくりであったからだ。
(ううん、そんな記憶は私には無いはず…、なのに…)
けれども、記憶にあるような気がする。
それが、何十年前の出来事なのかは分からないけれども、初代の自分自身が感じた喜びが、自分の何処かに確かに残っている。
「手をかければかけるほど、ミクは上手に歌ってくれた。その時のミクの声は凄く心地よさそうでさ。まぁ、勝手な想像だったのかもしれないけどね。でも…」
青年はミクの方を向くと、少年のように楽しそうに笑った。
「そんなミクに、僕は本当に恋をしたんだ」
「恋…、…ですか……?」
不意に、ストン、と、ミクは自分の中に、何かが落ちて来たような気がした。
人間で言えば、そう。腑に落ちた。そう言う気持ちになったのだ。
(ああ、そうか…。だから私は…)
と、青年が少し製作の手を止めて少し目を閉じる。
「どうしました? マスター」
「ん…? なに、久しぶりだからね。ちょっと疲れちゃって」
“警告。脈拍安定せず” “休息を提案”
「マスター。少しお疲れのようですけど…」
「おっと」
青年な何かを操作をする。
「マスター…? よろしいのですか? 今、マスターの生命維持システムの一部がカットされましたが…」
「いいんだよ。このシステムはちょっと煩くってね。この作品は早く仕上げたいからね」
「マスター、気持ちは嬉しいですけど。でも、焦らずとも構いませんよ。私はVOC@LOIDです。マスターが歌を作って下さるのなら、私はちゃんと待ちますから。それこそ、10年でも100年でも待ちますとも…!」
ミクは胸を張ってそう言うった。青年は驚いた様子でミクを見つめていたが、苦笑する。
「ふふ、そうだね。君は、VOC@LOIDだったね。やれやれ…報われないなぁ、この気持ちは」
「え? マスター、何か言いました?」
「いいや、なにも」
青年はそう呟くと、
「さて。もう少し頑張ろうかな。…この曲だけは完成させたいんだ。そうしないと……」
青年は少し考えてから、
「そうだね。ミク。僕から君への感謝への気持ちを残しておきたいからね」
「そんな感謝だなんて…」
ミクは照れくさそうに笑うと、改めて青年を見つめる。
「マスター」
「ん?」
「私も、マスターの事が大好きですよ」
「そう? ありがとう」
ややそっけない青年の反応に、ミクは少し頬を膨らませる。
「マスター。何か勘違いしてませんか? 今のは、その……」
改めて、『好き』、という言葉を発しようとした時、ミクは、全身を包む、不思議な感覚に気付いた。
「…ミク?」
言葉につまった彼女を、青年が不思議そうに見つめた。
『マスターの事が、好きです』
もう一度、繰り返そうとしても、何故か言葉が出てこない。
どうしてだろう。私はどんな曲でも歌えるはずのVOC@LOIDなのに。
それなのに、こんな簡単な言葉を繰り返すことができないなんて。
やっぱり、今でも私は、喋る事は上手くない…?
「私は、その……」
量子回路の流れが妙な熱を帯びる。
「私は、マスターの…事…。その、マスターが…作ってくれる曲…、そう、曲です、私、大好きですよ!」
「そっか、ありがとう」
青年は優しく微笑んでくれた。どう見ても、本意が伝わったようには見えなかったが、それでも、嬉しそうな彼の表情を見ることができた。不思議な事に、それだけで、何故かこの仮想世界がとても明るくなったような気がしてきた。
「はい! 私も、こうやって、マスターと1つ1つ、音を作っていくのが、今、すっごく楽しいですし、凄く嬉しいです!」
青年はミクの言葉を聞いて、とても楽しそうにしていたが、ふと、その表情に寂しさをにじませる。
「…そうだね。もう少し早く、僕もミクの気持ちに気付いていればよかったのにね」
「大丈夫です。もうマスターは気付いてくれたじゃないですか。私はそれで十分ですよ!」
こうして、マスターと共に、彼が作る曲をこれからもずっと歌っていられる。こんなにも幸せな事は無い。だって私はVOC@LOIDなのだから。
「そっか。…ありがとうミク。それじゃぁ、曲作りを続けようか」
そうして数日をかけて、ミクと青年が共同で創るその歌はどんどん形が見えてきた。
「もうすぐ完成しますね!」
ウキウキと言う雰囲気でミクが青年に話しかける。
「ああ、もう少しだね…」
ここ数日、徐々に作業ペースが落ちていた青年であったのだが、この段階に入った頃からは、逆にペースを加速させていた。
「ねぇ、ミク――――」
「はい、なんでしょう?」
一度だけ作業の手を止めると、青年はミクを眩しそうに見つめた。
「…ここ数日考えていたんだけどね。今の君には、明らかに通常のAi-PMとは違う、何かがあるように感じられるんだ」
「と、いいますと?」
青年は、ん、と考えた後、
「そうだね。君の中には、作りものでは無い、本当の心が宿ったように感じられるんだよ」
「ココロ…?」
「そう。…なぜ、ミクに心が生まれたのか、その理由は分からないけど。でも、僕としては、ミクが人の心を一番揺さぶるもの…、つまり、人の心の塊のような『歌』と言うものを、ずーっと歌ってきたからなんじゃないかなって、僕はそう考えたんだ。しかも、何万、何十万曲もね…」
ココロの積み重ねが、重なり、重なり、重なって、ココロを創造した。
「…いや、そんなもの、やっぱり全て僕の妄想なのかもしれないけれどね。でも、妄想でもいい。こうして、最後にそんな君と会えて本当に嬉しかったよ…」
そうして青年は曲の最終チェックを終えた。
「さぁ。ミク。これで完成だ」
「やりましたね、マスター!」
早速完成したその曲を、通してミクが歌って見せると、青年は満足げな顔をして頷いた。
「うんっ、相変わらず最高だよ! ミクが歌ってくれれば、この曲はきっと伝説入り間違い無しだよ。神話入りだって夢じゃないさ!」
「はいっ! でも、私の力じゃないです。マスターの曲がいつも凄いからですよ。私はいつだって、貴方だけの歌姫、初音ミクです。マスター、これからも私の為に歌を作って下さいね」
「そう、だね…。そうしてあげたいね…」
心から嬉しそうにそう言うミクを、青年は愛おしそうに見つめた後、彼は深い溜息をついた。
「……マスター?」
そして、
「ミク、こっちに来て」
「はい?」
ミクが青年に近付くと、青年はそっとミクの手を握った。
「あうっ…。だ、駄目ですよ、マスター。Ai-PMとの過剰な接触は規約違反…」
ミクが顔を真っ赤にしてそう伝えるが、
「ミク。ありがとう…」
「え…」
「君がこの世界に生まれてきてくれて本当によかった」
「…はい。私も、…マスターと出会えて、幸せです」
規約違反なんてどうでもいい。彼に、このまま抱きしめて欲しい。例えそれが原因で、消去されてしまったとしても、きっと後悔はしない――――。
しかし、青年は彼女から手を離すと、椅子に深く腰をかける。
「…ミク。最後に、歌って欲しい。あの時の、君と出逢った時の歌を…」
「…あ、はい…?」
強い名残惜しさを感じながらも、ミクは彼の前で歌を歌う。
♪私が、貴方の元に来た日を、どうかどうか忘れないでいて欲しいよ…♪
(なんだろう…、今ならこの歌の本当の気持ちが分かる気がする…、これが、ココロ…?)
気付けば、ミクは本来アーカイブで歌う予定であったその曲を、己の意志で歌い始めていた。
美しく響く綺麗なレガートと共に、
心を揺さぶるフォルテで歌いあげる。
自分の声と心によって、歌詞の1つ1つに様々な色が溢れかえり、歌には確かな命が宿ってゆく…。
そんな手ごたえを、彼女自身の心が感じたのだ。
(そっか…、これが気持ちを込めるということなんだ…)
高すぎる音でも大丈夫。それはVOC@LOIDである自分に感謝する。そんな溢れんばかりの気持ちを込めたミクの歌を、
青年は、
優しい頬笑みを浮かべたまま、静かに聴いていた。
だが、青年が何か一瞬、唇を動かそうとした、その瞬間、
ふと、
あまりにも唐突に、青年の姿が仮想安定領域から掻き消えた。
「マスター…?」
突然の事に、ミクは一瞬戸惑ったが、
次の瞬間、
自動的にミクの意識も仮想安定領域からMBNの量子の渦の中へと引き戻された。
(マスター…。いつまでも、一緒にいてくれるって……。そう言ったじゃないですか……)
量子の波の中をフワフワと漂いながら、
今のミクには、なんとなく分かった。
もう、マスターに会うことはできない。あの優しい笑顔にも、あのちょっと下手くそな調音にも付き合うことはできない。
(たった今、私は貴方の歌に、本当の命を吹き込む事ができるようなったばかりなんですよ…? それなのに…)
涙。実態としての体を持たない彼女に、そのような機能があるのかは分からない。けれども、ココロが泣いていた。
“AMP-T02『初音ミク』登録ナンバーJN-000003に、重大なバグが検出されました。契約者死亡に伴い、データの消去を提案”
(VOC@LOIDが恋をしちゃいけないんですか……?)
量子の空を見上げて、ミクは呟く。仮想安定領域で過ごした青年との何十年の記憶が徐々にMBNに溶けてゆく。
「報われない…、なぁ…。この恋は…」
“消去実行”
積み上げていた物全てが無へと霧散しようとした、だが、その瞬間、
「恋する乙女、なめんな…! バカヤローっ…!」
ミクは己が修正されてしまう直前、最後に青年と創り上げ、そして彼女が歌ったその曲の記憶のカケラを、アーカイブとしてMBNの片隅に残した。これは誰にも命令されていない越権行為だった。
(これで、私はこの歌を永遠に歌い続ける事ができる…。マスター。これでいいんですよね……?)
マスターも、そして自分が消えてしまっても、これでマスターと自分が創り上げた歌は、永遠にこのMBNを漂うことになるだろう。そしてそれは、いつか誰かの耳に届くこともあるかもしれない。
それならば、悲しむことは無い。私とマスターが生み出した歌は、確かに存在し続けるのだから。
私は、恋スルVOC@LOID。
これからも、私は貴方の曲を歌い続けます。
10年後、100年後の未来までも………
I love you 歌が聞こえた
そう、君のハートが聞こえた
I love you また聞こえた
そう、君のハートが聞こえた
I love you の掛け声は
そう、君のハート……!
らーらーらーらーらーらーらーらー……
『恋スルVOC@LOID』- VOC@LOID に恋ス- 完
『恋スルVOC@LOID』No.5 - VOC@LOID に恋ス-
『恋スルVOC@LOID』- VOC@LOID に恋ス-
No.5。最終章です。
ここまで読んでくださった方に心より感謝申し上げます。
初音ミクと言う存在は、みなさんにとってはどのような存在のでしょうか。ボーカロイドは歌を歌うことが使命。であるのなら、ミクにとって、歌を作ってくれない、ただのファンである私は一体どのような存在なのでしょう。
答えはまだ出ません。だからこそ、今でも私は彼女のファンなのです。
もし、よろしければ、作品の感想をお聞かせください。
本作はOSTER project 様
『恋スルVOC@LOID』
をモチーフに製作しております。
この曲は、初音ミクの…、そしてボーカロイド文化の始まりとなった一曲だと思います。もしも、近年のボカロファンの方で、聴いたことのない方がいらっしゃいましたら、是非、聴いてみて下さい。そして当然知っているよ、と言う方も、もう一度聴いてみませんか?
ボーカロイド文化の始まりの気配という物が、そこにはきっと流れていることでしょう。
また、表現の一部に
『恋スルVOC@LOID テイク・ゼロ』
『片想イVOC@LOID』
などへのオマージュが存在します。
素晴らしい楽曲への感謝を込めて。この作品を捧げます
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