三時間目が始まった頃だろうか…正月中学2年3組の教室内にはちらほらと『ハラヘッタゾ』という腹の鳴き声が聞こえ始めていた
弁当時間まであと一時間
それまで我慢する者、早々に弁当や食い物を取り出しコソコソ(または堂々と)食す者が男子生徒を中心にに見え始めた
そんな中彼【栄野京助(えいの きょうすけ)】も泣き喚く腹と格闘の真っ最中だった
いつもならとっくに早弁をしている時間だった
「…ちっくしょー…腹減って勉強に集中できねぇ…;」
「普段でも集中して無いだろうが」
机に突っ伏してうだうだ空腹だと文句を垂れる京助の隣で幼稚園からの腐れ縁【坂田深弦(さかた みつる)】が眼鏡を拭きながら淡々と突っ込みを入れてきた
「折角ハルミさんがお前の様な馬鹿息子の為に丹精込めて作ってくれた弁当を忘れるからだ。ざまあみろ」
『んべ』と舌を出し京助を小馬鹿にすると眼鏡をかけなおした
「しかたねぇだろが…寝坊しちまったんだから…はぁあぁ…」
遡る事二時間前
「こまったわねぇ…」
【栄之神社】古びた石段の柱にはそう記されている
「京助…お弁当忘れて行っちゃって…私は神社を離れるわけにはいかないし…」
京助の母【栄野ハルミ】はかれこれ数十分ほど青い弁当の包みを溜息混じりに見つめていた
そこへパタパタと足音が近づいてきてハルミの後ろで止まった
「僕が届けるー」
どんぐり眼をキラキラさせながらハルミを見上げていたのは京助の弟【悠助(ゆうすけ)】だった
「あら悠ちゃん…そっか今日は小学校開校記念日とかで休みだったのよね…たしか」
そうぽつりと呟き改めて悠助を見下ろす
今年小学校に入学したばかりの悠助は最近積極的に人の手伝いをしたがっていた
「大丈夫だよー僕もう一年生だもん! それにコマとイヌもついてきてくれるっていってるもん! だから!!」
そう主張する悠助の横には白い二匹の犬(?)ともとって見えなくも無い犬がふさふさしたなんともさわり心地のよ
さそうな尻尾を左右に振っていた
「…じゃぁ…お願いしようかしら」
ふふっと微笑んで青い弁当包みを悠助に手渡した
「まっかせてよハルミママ! コマ、イヌ行こう!!」
嬉しそうに玄関に向かって走り出した悠助の後ろをコマとイヌが追いかける
「いってらっしゃい」
多分聞こえていないと思いながらハルミは手を振って見送った
「…あんなに振り回して…中身きっとぐちゃぐちゃね」
三時間目終了のチャイムが鳴り終わると京助は玄関まで猛ダッシュした
腹の限界が近いらしく目が血走っている
「よう! 京助便所かー?」
途中隣のクラスの【中島柚汰(なかじま ゆうた)】と【南朔夜(みなみ さくや)】とすれ違ったが多分、いや絶対気づいていないだろう
「空腹は盲目ってか」
京助の後を追ってきた坂田がひょうひょうと言い放つ
意味の分からない中島と南は京助の走り去った廊下をぽかんと眺めていた
玄関についた京助は自分の下駄箱を上下左右隈なく見た
しかしあるのはちょっと臭う自分のスニーカーのみで愛しの青い弁当箱は何処にも見当たらなかった
「っつだ…まだ届いてねぇし; …俺を餓死させる気か…」
ヘロヘロとスノコの上に座り込んでそのままパタリと倒れこむ
同時に腹の叫び声が空しく玄関に木霊した
「おかずはきっと昨日の残りのエビフライだろーなー…それと多分ミニトマトー…玉子焼きー…」
一段と大きくなってきた腹の叫びはもうどうにもならない
人間とは追い詰められると並み半端じゃない能力を発揮するものだとよく言うものだ
京助は普段なら聞こえるはずの無い微かな足音をその耳に入れていた
「俺のエサ---!!」
がばっと起き上がると足音のしたとおもわれる方向に向かってダッシュしていった
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