08
 飛行機を三回乗り継いで、小型のセスナ機で二つ隣の国の空港へ。そこからソルコタとの国境までNGOの小型車両に相乗りさせてもらって十五時間。そこで政府軍の車両に乗り換え、私はやっとソルコタに帰ってきた。
 小型の四輪駆動車が三両、縦に並んで走っている。私が乗っているのは真ん中の車両で、前後の護衛車両には後部座席に機関銃を載せていた。
「あっつ……」
 懐かしいギラついた日差しと、乾いた風に、私はケイトが作ってくれたカンガを羽織り直す。
 国連本部があったニューヨークと違い、この国にはアスファルト舗装された道などほとんどない。長時間のフライトと長時間の揺れの激しいドライブは、かなりの疲れを蓄積させていた。
 ――あの頃なら、こんなの気にもならなかったでしょうけどね。
 そんなことを考えて、つくづく国連本部での恵まれた生活が当たり前になってしまっているなんて、とため息が漏れてしまう。
「こんな時期にソルコタに来るなんて……酔狂な人ですね」
 砂漠迷彩の軍服とヘルメット、それからサングラスをかけたドライバーが、興味津々といった態度を隠そうともせずに声をかけてくる。
「……そうかしら?」
 バックミラー越しにドライバーを見て、きょとんとしてしまう。
 電話越しでしか使わない母国語を普通に口にするのが、どこか懐かしかった。
「ええ。この国はいま……誰も来たがらないんですよ。国民は土地を追われ、隣国に逃げ出し……難民になっている」
「……コダーラ族ね」
「カタ族もですよ。地域によりますけど、両方の民族が入り交じって一緒に暮らしていた村なんて珍しくもないんです。彼らからしたら、俺たちとESSLFの違いなんて、掲げている旗の色くらいなのかもしれませんね」
「それは――」
 ――知らなかった。
 子ども兵として戦っていた頃、コダーラ族とカタ族はおしなべて対立しているのだと思っていた。
 組織の誰もが「コダーラは悪だ」と罵っていたし、故郷のメルカ村のみんなもコダーラ族を嫌っていた。
 ……自分の知っている部分でしか、私はこの国を見ていなかったのね。
「モーガン、喋りすぎだ。仕事に集中しろ」
「へーい」
 助手席の兵士にたしなめられ、モーガンという名のドライバーは肩をすくめる。
「彼女は政府のVIPだ。口調には気をつけろ」
「了解しました。サー」
「……ふん」
 不満気なモーガンの声音に、助手席の兵士は不機嫌そうに鼻を鳴らした。こちらが立場は上なのだろう。
「私が……VIPですって?」
「ハーヴェイ将軍からは、そう伺っております。ミス・カフスザイ」
「そんなにかしこまらなくても、グミで十分よ。失礼だけど、ええと、ミスター……?」
「失礼しました。第五連隊エリック・モコエナ中尉です。こちらはモーガン・フリッツ曹長。我々のことは……エリック、モーガンと。ミス・グミ」
「エリックにモーガンね。私、ソルコタは久しぶりなのよ。ソルコタのための仕事をずっとしてきたのにね」
 モーガンが口笛を吹く。
「VIPっていうより、エリート様ってわけだ」
「モーガン!」
「いいのよエリック。その方が気が楽だわ。……エリートなんかじゃないけれどね」
「三両も出して護衛される人がエリートじゃないわけないでしょう」
 私は肩をすくめる。
「本当にエリートなら、単身で移動なんてしないでしょう? 秘書なりSPなりがいるはずよ」
「それは……確かに」
 モーガンが考え込む。
「ふふ。……私がソルコタのために働いても、ソルコタの人たちは私のことを全然知らない。ちょっと面白いわね」
「……申し訳ありません」
「責めてるわけじゃないのよ、エリック。ただ……不思議なものだなって」
「……?」
「私の母に引き取られるまで、私もこの国に居たのよ。それから母に連れられてこの国の外に出てからも、ソルコタのために働いてきた。外の世界では私は“悲劇のヒロイン”みたいな扱いをされるけど……そうされたかった訳じゃない」
 フロントガラスの向こうに、遠目に建物が見えてくるようになった。
 ソルコタの首都アラダナだ。
「それに……私は自分の経験からこの国のことをよく知っているつもりだったのに……この車で貴方たちと少し話しただけで、私の知らなかったソルコタの現状が簡単に出てくる。もっと早くに帰ってくるべきだったわ」
「外ではなんの仕事を?」
「国連大使よ」
「はい?」
 サングラス越しなのに、モーガンがポカンとしているのがわかった。
「ソルコタ国連大使。正式には特命全権大使、国際連合ソルコタ政府常駐代表」
「本当に?」
 今度はモーガンだけでなく、エリックまでもが目を丸くしていた。
「ええ。前任が……私の義理の母でね。私を養子にしてくれて、その背中を見てソルコタのためになにができるのかを教えてくれたの」
「……」
「……」
 二人は目を丸くするだけでなく、更には黙り込んでしまう。
「な、なに? 二人とも」
「こりゃ、VIPに間違いないですね」
「ハーヴェイ将軍が丁重に、なんて言い出すはずだ。しかし……誰の護衛をするのか教えてもくれんとは」
「ええ?」
 二人して苦笑し出し、私はさらに困惑する。
「こんなお偉いさんが誰も連れずにやって来るんだから、困ったもんですな。モコエナ中尉殿?」
「まったく。昨年のケイト・カフスザイ氏を思い出すな。……そうか。カフスザイ、か」
「あの人がミス・グミの母親なんですね。それなら納得だ」
 納得気な二人の会話に、私は驚愕するしかない。
「え……ケイトを知ってるの?」
「彼女が来たときも、俺ら二人でアラダナまで送ったんですよ。あの人も……貴女と同じようなことを言っていましたね」
「早く帰ってくるべきだった、こんなことになっているなんて……と、そう言っていましたよ」
「いやー母娘ってやっぱ似るんですね」
 養子だ、と言った私の言葉を聞いていたのかいなかったのか、そう笑うモーガン。私は瞳が潤んでしまうのを止められなかった。
「それだけに……ケイト氏のことは残念です」
 エリックは後部座席の私を見て、頭を下げる。
 彼らも……ケイトの死を知っているのだ。
「国連の奴らの無謀な作戦のせいだ。ESSLFの支配地域なんかに行くから……」
「……」
「……」
 憤慨してハンドルを叩くモーガンに、私はなにを言えばいいかわからなかった。
 しばらく、車内が気まずい沈黙に包まれる。
 響くのは時おり入る無線と、土をならしただけの道路の振動ばかりだった。
 遠くにあったアラダナが、だんだんと近づいてくる。
 ……ケイトも、エリックとモーガンの二人に連れられてこの道を通ったのだ。そのとき、ケイトはどんなことを考え、どんなことをやろうとしたのだろう。私のやろうとしていることは果たして、ケイトが受け入れてくれるようなことなのだろうか。
 そこでようやく、赤茶けたレンガの建物や鉄筋コンクリートの建物群の手前に仮設キャンプがあるのだとわかった。掲げられているのは、国際連合と赤十字の旗。それから、ソルコタの国旗だった。
「UNMISOL……」
 私がポツリとこぼした声に、二人は前を向いたままだったが、やや身構えているようだった。
 柵で囲われていて中は見通せないが、入口の両脇に立つ完全武装の兵士たちのすき間から、プレハブやテント、装甲車にトラックがちらりとのぞく。
「貴方たちにとっても……UNMISOLは好ましくない相手なのかしら?」
「それは……」
 モーガンが基地を開くも、ためらいがちにエリックをちらりと見て……口を閉ざす。
「我々ソルコタ軍は――」
「――ハーヴェイ将軍の意向は知っています。貴方たち二人がどう思っているかが知りたいのです」
「それは……」
「ここでの話は、この車から外には漏れません。決して」
 少しだけ姿勢を正し、私はきっぱりと言い切る。
 二人は顔を見合わせると、仕方がない、とでも言うようにお互いに肩をすくめた。
「俺は――どっちかって言うとUNMISOLとはもっと協力すべきだと思ってます」
「モーガン。お前は――」
「だってそうじゃないですか? 俺らが一緒にいたなら、ケイトさんは助かったかもしれない」
「……」
 その一言に、エリックもなにも反論できなくなってしまっていた。
「だから協力すべきだとは思います。でも、あんな失態を犯してる奴らだからこそ……安心して背中を預けられはしない。ハーヴェイ将軍が信用できないって言ってるのも、その通りだなって思います」
「……そう」
「確かに、そういう意味では……私もモーガンと同じ意見ですね。戦力的にはESSLFに対抗する上で協力すべきなのでしょう。しかし……素直に協力できるほどには信用できない」
「ほら。中尉殿もそうだと思った」
「うるさい」
「……彼らを信用できないのは……失態を犯したから? それとも、部外者だから?」
「そのどちらもです。そして、それだけではない」
「そうですね。彼らは誰もが、俺たち政府軍を見下してるんですよ。装備の質が悪い、兵士の練度が低い、命令系統がめちゃくちゃだ、拠点の構成が素人同然だ、って。……他にも色々」
「彼らも、我々と協力するのが嫌なように見えます」
「……」
 この話を聞く限りでは、政府軍とUNMISOLとの間にある溝は絶望的だった。
 けれど、なんとかしなければならない。
 両者が協力し合わねば、ソルコタは崩壊する。
 車列がUNMUSOLのキャンプを通りすぎ、アラダナの市街地の中へと入っていく。
「……ままならないものね」
「……」
「……」
 二人はなにも言わなかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

アイマイ独立宣言 8 ※二次創作

第八話
一つの事実でも、立場が変われば見えてくるものも変わってくるものです。
一つの紛争を外から見たとき、それは“民族間の対立”だと言われることが多いものです。
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争におけるセルビア人や、ルワンダにおけるフツ族とツチ族の対立であるとか。

けれど、前作の参考文献「ぼくは13歳 職業、兵士 あなたが戦争のある村で生まれたら」で、そんな紛争で対立させられるまでは、民族だとかは関係なく友人だったのだ、という話がありました。それは紛争に巻き込まれ、一緒に遊んだ幼なじみと殺し合いをさせられたのだ、という話で。もし自分が同じ立場だったら、と思うと、深く考えさせられたりもするのです。

閲覧数:58

投稿日:2018/11/20 20:12:30

文字数:3,968文字

カテゴリ:小説

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