寒さが一層厳しくなるこの時期は出かけるのも億劫で、カーテンの隙間から零れるように差す朝日など見ないフリをして布団に潜ったままでいたい。そう思うのは人間だけではないのか、カイトもまた何度目かの寝返りを打った。
しかし、時折布団の中から聞こえる溜め息は、ただ単に寒さを嘆いてくるまっているようには見えない。
「……マスター、もう起きたかな」
いつもなら早く起きるのはカイトの方で、休日ともなれば朝食の支度をしながら呼びに行くことさえあるくらいマスターはマイペースな人だ。自分がなんてことをしてしまったのかと頭を抱えるようなことも、彼女にとっては些細なことかもしれないし、寧ろささやかすぎて気付かないのかもしれない。
昨夜、眠る前に話してくれたこと。
『カイトはね、自分で買った誕生日プレゼントなの』
ちょうど半年前、今とは真逆のうだるような暑さだった頃、モニターの中に映る涼しげな色合いに惹かれたという。ボーカロイドとしては不本意とまでは言わないが、なんともコメントに困る告白に閉口したのは言うまでも無い。
少しお酒の入った彼女は、まとまりなく思い出話を口にする。カイトはそれに相づちを打っているだけでも楽しかったのだが、ふと小さな疑問が脳裏を過ぎった。
――マスターは、僕の誕生日を知っているのだろうか。
人と違う自分が生まれた日、というのも表現としておかしいのかもしれないが、生産された日や発売された日、そしてこの家に迎えられた日と記念日にするならいくらでもある。そこまで考えて、カイトは気付いた。
自分自身も、誕生日などという日付けを知らないということを。
かと言って、話の腰を折ってまで誕生日を決めて欲しいとは言い出せないし、それでは祝って欲しいとねだっているようなもの。頭では分かっていても、記念日が一つ増えるのは彼女との思い出も一つ増えるということで、カイトの中ではただただ憧れが募るばかり。
そして、悩み抜いた末……彼はリビングに飾られた一番大きなカレンダーの二月十四日の隅に、小さく星印を書いてしまったのだ。
候補となる日付けは数あれど、それが無難な日付けだろうと思ったこと。そして目前に迫っていることもあって、カレンダーに走り書きをしやすかったことも理由に挙げられるが、彼女がこれに気付いたらどう思うのか。
これが、カイトの起き上がれない理由である。
「マスター何も予定書いてなかったし、気付くかな。いやでも、カレンダーなんてまじまじ見ないかもしれないし」
面と向かって尋ねられたらなんと答えようか。まるで悪戯をしかけて怒られるんじゃないかと怯えている子供のように、カイトは頭まで布団をすっぽりと被ったまま出てこない。
「カイトー、まだ寝てるの? もしかして、調子悪い?」
廊下から聞こえてくる声とノックに、カイトは反射的に肩を震わせる。まだ言い訳を考えていない、いや合せる顔がない。
いつまでも布団の中で攻防戦を繰り広げているわけにもいかず、のそのそと頭だけ出したタイミングで自室のドアは開け放たれた。
「良かった、顔色は悪く無さそうね。なかなか起きて来ないから心配したんだよ?」
「すみません……」
「それと、カレンダー見たよ。心配しなくたっていいのに」
悪戯に笑う声が聞こえ、子供っぽいことをしてしまったと再認識すると耳まで赤くなる。
昨日あんな話をしたのは、ただの偶然ではなかった。もしかしたら、好みとか何か聞きたいことがあっての話題だったのではないかと淡い期待を抱いてみるも、現実はそう甘くない。
「ちゃんとバレンタインのことは考えてるから。カイトは初めてだと思うし、楽しみにしててね!」
「ばれん、たいん……?」
そういえば、そんな文字が数字の隣にハッキリと書かれていたような気もする。
全く想定もしていなかった言葉にポカンとするカイトに、今度は彼女が驚かされる番だ。
「え、二月十四日って他に何かあったっけ?」
それは、明言するのは難しい問いだろう。そもそも、どうして誕生日を理解していないのに祝って欲しいなどと思ったのか。カイト自身、それが不思議でならない。
「えっと、その日はですね……」
生まれた日を祝ってくれると言うことは、自分の存在を認められた気がする。側にいてもいいと笑いかけてくれたなら、強く彼女を抱きしめたくなるくらい幸せなことのように思う。
記念日が一つ増えることに思い出が増えて、その日を忘れず過ごせるのはお互いに大事だと思っているからで。
「…………やっぱり、なんでもないです。夕べは遅くまで付き合ったので、寝ぼけてたんだと思います」
子供っぽい願いだと思っていた。人にある誕生日が羨ましくて、同じようにしてほしいと願ったのだと。
けれど、理由を順番に考えていけば、何かがおかしい。生まれて出逢えた喜びを、彼女とだけ分かち合いたいなんて、まるで恋をしているみたいじゃないか。
「えー、寝ぼけてあんな所に落書きする? 何か隠し事してるなら、さっさと白状しなさい!」
「し、してません! してませんってば!!」
これ以上、赤くなっているであろう顔を見ないでほしい。そう思って彼女を部屋の外に追い出そうとするが、明らかに動揺しているカイトを前にして簡単に納得してくれるわけもない。
「本当のことを教えてくれるまで、カイトにチョコあげないから」
ツンとそっぽを向いて出て行ってしまったマスターを見送り、一時的に安堵の息を吐くもカイトは座り込んで再び頭を悩ませる。
けれど、それはマスターも同じこと。カイトが知らぬ間にバレンタインにデートをするような相手を見つけたのかと心配で部屋まで様子を見に来たことなど、口が裂けても言えはしない。
この二人による両片思いの痴話喧嘩は、しばらくの間続きそうです。
2月14日
KAITO×女性マスターによる小話。
余力があれば、ゲーム風に改変して動画にしたいなあとか思ったけど、その頃にはWDになってそうですね。
pixivにもあげてきた、KAITOハピバ短編。
当日にも何か書けるかな……!
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ご意見・ご感想
飛和
使わせてもらいました
最高でした!!自分もこういうすばらしいものを作りたいです!!
2013/06/12 18:09:31