『第2話』
その後、
クラスでルカはとある噂を聞いた。
ミクとレンが付き合っているのだと言う噂だ。
実は、ミクも美術科の3年生では非常に優秀な生徒であるため、校内の有名人同士の恋愛と言うことで、噂は女子の間ですぐに広まっていた。
「それがね、面白いのよ。ミクさんも鏡音君も、本人たちはまだ気付かれていないって思っているみたいで。二人とも、校内ではよそよそしいのに、休日の公園じゃ、すごいラブラブだったって」
「へぇ~」
「私も見たわよ。あの二人、下校を楽しみたいらしくって、わざわざ駅の方まで遠回りして帰るのよ。ミクさんってば、腕を組むのは恥ずかしいのか、鏡音君の袖をちょっと持ってるだけで、それなのに顔を真っ赤にしてたりして。なんかすごく可愛いの」
「……」
ルカはその噂を関係ない風を装いながらも耳をそばだてていた。
(鏡音レン―――)
男の子。
当たり前の事だが。彼は男の子だ。
(なんでミクさんは、男子なんかと・・・)
いや、年頃の女子高生が男子と付き合うのは、何もおかしいことはない。しかし、ルカには納得ができなかった。
(そう言えば・・・、グミさんはどう思っているんだろう・・・)
不意にルカはそんな事を考えた。グミはミクやルカの同級生であり、ミクとおなじ学生アパートの住人である。そのため、グミとミクは一年生の時からの親友である。いや、親友と言うよりは、夫婦だと噂されるほどの仲で、非の打ちどころのない可憐な美少女であるミクと、美少女ながらも、ボーイッシュな雰囲気を醸し出すグミとのコンビは、生徒達の間でも良く知られているコンビであった。
(グミさんを裏切った? でも、ミクさんがそんな軽薄な筈がないし・・・)
その日の帰り道。
すでに校門の桜は半分が散りかかっており、桜の木はやや寂しい様子となってきたが、今はむしろ、地面が新雪のように美しく白く染まっている。真っ白な花びらを踏みつけるのが少し申し訳なく、ルカは何となく足元を気にしながら歩いていたが、
ふと、そこでルカはグミの姿を見かけた。
芯の強そうな眉毛に、セミロングの髪の毛。いつも元気な様子を見せている彼女であるのだが、
今日の彼女は一人だけで校舎から出てきている。去年までは、毎日のようにミクと一緒だったと言うのに。
「・・・あ、あの、グミさん」
その姿が妙に寂しそうな気がして、ルカは思わず声をかけた。呼び声に、彼女はハッとした様子で振り返る。
「あれ? ルカちゃんじゃない。今帰りなの?」
グミはルカの姿を見てにっこりと微笑む。
「え、ええ・・・」
話しかけてしまったものの、ルカは次に何を言えばいいのか迷った。
「・・・お花ももうお終いですね」
ルカは何となくそう口にする。
「そうだね。桜、綺麗だったのにねー」
空を見上げながら、グミも寂しそうに笑う。
「来年のこの桜は、もう見られませんね」
「そうだね。私たちも卒業しちゃうもんね」
グミはそう答えたが、彼女はルカがまだ何か言いたそうな表情である事に気付いていた。
「ねぇ、ルカちゃん。私に何か用でもあるの?」
「えっ」
そう指摘されたルカは困る。特別彼女に用事があって声をかけた訳ではなかったからだ。
(でも、グミさんなら本当のことを知っているかもしれない…)
ルカは少しつばを飲み込むと、
「あの・・・、グミさん。今、ミクさんはどちらに?」
「ん? ミクだったらまだ学校に残ってるけど? 何か用でもあった?」
「えっ、いえそのっ。ちょっとだけ・・・」
「そうなんだ? あっ、でも、大切な用事じゃなければ、今はちょっと遠慮して欲しいかも」
「……!」
ルカは一瞬黙る。そして、
「……もしかして、ミクさんは、あの後輩といるの?」
「へっ?」
グミは吃驚した顔をして、苦笑いする。
「あちゃー、もうそんなに噂になっちゃってるんだね」
「・・・え、ええ。でも、それって―――噂だけ、じゃないのですよね?」
ルカにそう尋ねられ、グミはコクリと頷く。
「うん、今さら隠すことじゃないからね、確かに、ミクとレン君は両想いだよ」
「―――!」
ミクの事を一番知っているだろう、グミにそう断言され、ルカの胸がズキリと痛む。
「でも、あの二人、本当にもどかしいんだから。見ているこっちがハラハラするくらいだよねー」
「・・・・・・」
「二人ってばね、こんな事を言ってるの。自分達は恋愛初心者だから、小さな事から、恋人として成長して行こうって。ホント・・・面白いよね~」
グミはそう言って苦笑するが、その話し方には落ち着きがあった。
何故だろう。ルカは、その彼女の落ち着いた態度に少しイラッとする。
「へぇ…。ミクさんって。そう言うことするタイプじゃないって思っていたのですけど…」
「うん? まぁ、そうだね。私も正直そう思ってたよ。本人も恋愛なんて絶対に出来ない、なーんて言ってたこともあったけれど…。でも、出会いってのは結局、唐突なものなんだろうね」
「さ、寂しいんじゃないですか? グミさんは」
「え、私が?」
グミは意外そうな顔をする。
「だ、だって、去年までグミさんと凄く仲が良かったじゃない? それなのに、こんな風に好きな男が出来たらすぐにそっちに行っちゃうなんて」
「ふふ、それはまぁ、寂しくないって言えば嘘になるかもしれないけど、でも、私も嬉しいよ? だってレン君、とってもいい子なんだもん。なにより、あの子は誰よりもミクの事が大好きなんだなぁって、分かるから」
笑顔でそう話す彼女を見ていると、なんだろう。どんどんイライラしてくる。
「そ、そうかしら。男なんて分からないわよ? 大体、ちょっと恰好いいだとか、天才少年だとか、そんな事が女子の間で噂になっている男子なのでしょう? それなのに初めての恋愛だとか、怪しいじゃない。実は色んな所に彼女がいたりしてね・・・」
「・・・・・・」
「ミクさんも案外チョロイ女だったってことじゃないの? 恋愛をしたことが無いから、少し優しくされたからって、好きになったつもりになって・・・」
「ちょっと言い過ぎなんじゃないかな?」
ハッとルカは気付いた。ルカを見るグミの目が怒っている。静かな声であったが、それが逆に彼女の本気を示していた。
「二人の事を悪く言うのはやめて欲しいのだけど」
「―――っ」
言いすぎだ。自分でもそう思った。けれども、口は止まってくれない。既に感情だけがルカの口を動かしているのだ。
「―――本当の事、言っただけじゃない」
「・・・!」
「ミクさんだって、恋愛ってものを経験したかっただけじゃないの? 別に本気なんかじゃなくって、作品の参考にでもするつもりで、自分にちょっと気がありそうだった適当な男子を選んで―――」
ぱしんっ。
(・・・!?)
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
そして、ルカは頬の痛みに気付く。
グミがルカの頬を平手で打ったのだ。茫然とするルカ。下校時間であったため、その様子は他の学生にも目撃をされていた。
ひらひらと、無音で舞い降りる桜の花びら。―――刹那、空間は無音に包まれた。
「そんな事を言う人だなんて思ってなかったよ」
グミは涙目でそう言うと、驚いた様子で彼女たちを見つめていた生徒たちの隙間を抜け、その場を走り去る。
ルカはしばらくの間、茫然とその場に立ち尽くす。
ひらりひらり、彼女の体には、美しい花弁が降り注いでいた。
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