ありきたりな日常。時々、無性に嫌気が差す。
けれどもそれは、必ずしも即物的な現実逃避を求めるものではない。
言ってみたいだけ。ちょっとした口癖。
所詮はその程度のことなのだ。
***
クリプトン郊外。
深夜の住宅街に突如爆音が響き渡る。
周辺住民の安眠など全く考慮しない音圧と衝撃が窓ガラスを震わせて、一瞬、戦闘機を疑った。もっとも、そんな非日常的なものがこんな辺鄙な街中を走っているわけはなくて、暗闇に煌々とヘッドライトを点した一陣の黒い風が野良猫を蹴散らす勢いで眼下を駆け抜けただけだったのだが。
「…ったく。こんな時間に、何処のどいつだよ」
ヘッドフォンで両耳を塞いで窓から身を乗り出した鏡音煉――通称レンは、連日の不眠症に輪をかけるような暴挙に、すこぶる不機嫌な顔で闇へと消えた大型バイクのテールランプを睨みつけている。
「街中であんなデカいバイク乗り回しやがって、此処はゲーム世界じゃねぇっての」
苛々と金髪を引っ掻き回し、口汚く吐き捨てる。
どいつもこいつもゲーム、ゲームって。まったく、厭になる。
数ヶ月前、姿を眩ましたきりの幼馴染を思う。消息も何も、現実世界の人間であるレンには伝わらない。
もしかしたら、もう…などと厭な想像ばかりが先走る。
人一倍どんくさいくせに、慣れないゲームになんか手を出すからこんなことになるのだ。自業自得だ、と呟いて、しかしレンのその表情は沈鬱そのものである。
巷で噂のソーシャル・ネットゲーム。《サイバー・サバイバル》と称されたそれは、現実に辟易した少年少女らの逃避願望を飲み込んで、当然のごとく日常に組み込まれた。
モンスター。サバイブ。スコア。非日常。
彼らの求めたものが何かなんてどうでもいい。問題なのは、唯一人の幼馴染が帰ってこないという現実。
「くそ…っ」
不眠症といい、ゲーム嫌悪症といい、全てはアイツのせいなのだ。
「今度会ったら、ただじゃ置かないからな…」
この調子では、今夜も眠れそうにない。取って付けたような催眠療法は諦めて、大音量でヒーリング・ミュージックを垂れ流すヘッドフォンを投げ棄てる。
外へ出ようと思った。何処でもいい、とにかく冷たい空気が吸いたかった。
***
空が僅かに歪んだ。誰も気付かないほど、微かに。
「……って!?」
玄関を出るなり、見慣れない形状のものに躓いた。無様に転ぶような真似はしなかったものの、思い切りぶつけた小指の先がじんじんと痛む。ぱっと見軽そうなのに、意外と重量のあるものらしい。蹴り飛ばされたというのに、それは直前と寸分違わぬ位置に鎮座している。
「何だよ、危ないな…」
悪戯か。にしてはあまりにも悪意が剥き出しだ。少なくともレンには、これ見よがしな嫌がらせを受けるような当てはなかった。
「ん……動くのか、これ」
持ち上げてみると、ヴン…と鈍い音をさせて青いライトが点った。そうして闇に浮かび上がったのは、所々傷付いて塗装の剥げたボード。動く、ということは、今時仕様で内蔵エンジンの類でも搭載しているのかもしれない。タイヤは付いていないから、スノーボードか何かだろうと見当をつける。その割りにやたらと重くメカチックな外装が気にはなったが。
「にしても…いったいどういうつもりだ?」
仮にこれが自動推進式スノーボードであったとして、そんなものを他人の、それもレンの家の前に置いていく意味がわからない。何よりレンは、こういった“ゲームっぽい”メカの類を毛嫌いしているのだ。
「俺に…喧嘩売ってるのか」
近所には大人しく冷静沈着な少年で通っているが、その実意外と好戦的な性格なのである。売られた喧嘩は漏れなく買う。それがレンのモットーだった。
「上等だ…」
不眠症も手伝って苛々が頂点に達したレンは、手始めに手にしたボードを投げ捨てようとして、
「…んなっ!?」
直後、呼吸を無理矢理吐き出させるような衝撃が腹に抉れ込んだ。意思もなく手放したボードが、レンからそう遠くはない地面に叩き付けられて剣呑な音をさせた。
「……ぐっ!?」
背後の壁に背を強か打ち付けて、ずるずるとその場にしゃがみ込む。痛みに、気を失ってしまいたいのは山々だが、何とか状況を把握しようと目だけは開けていた。直感が、死を警告していた。
「嘘、だろ……」
痛みと、生理的に溢れた涙に滲む視界。それを透かして瞳に映ったのは絶望的状況だった。
件の《サイバー・サバイバル》の、デモPVでしか見たことのないような、おぞましい化け物。頭が何処かも解らない、眼はあるから辛うじて凡その見当はつくが、それだって、三つだったり一つだったりでてんで当てにならない。
モンスター。
駅前の広告モニター画面に映し出されていた戦闘シーン。見飽きるほどに刷り込まれた映像が鮮やかにレンの脳裏に蘇る。
金髪の少女。軽やかなステップで蠢くモンスターをかわしては、手に振りかざしたショットガンで的確にその頭部を撃ち砕いていく。
あの映像では、これよりはもう少し形のあるモンスターだったような気もする。それに、何より少女には武器があった。対して今のレンには……しがない一般市民に、手持ちの銃器などあるはずもない。
常識を逸した現状に思考をショートさせて、麻痺した回路がそんなことを考える。結論を出すなら、絶体絶命。つまりそういうことだった。
「…は、ははははは」
乾いた笑いが漏れる。混乱も極地に達すると、逆に冷静になれるらしい。目前に迫りくる腕とも爪ともしれぬ凶器を見上げて、ああ、死ぬんだな、と漠然と考えた。
「……ごめんな、」
お前を、助けに行けなくて。
柄でもない台詞を呟いて、記憶の中の幼馴染は困ったような笑顔を浮かべている。
ごめん。困らせるつもりじゃないんだ。
ただ、俺は、お前に…
「死ぬなああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
突如、夜空を切り裂く爆音。モンスターの頭部へ、焦げたゴムの臭いとタイヤ跡を焼き付ける大型バイク。それに負けじと雄叫びを上げて、頭上へ黒光りするショットガンを振りかざすのは、
あの、少女だった。
放物線の頂点に達したところでバイクのシートを蹴って跳ぶ。小回りの効かない“足”を捨て、宙を刈るしなやかな肢体。不安定な体勢そのままに、真上からモンスターに照準を合わせて引き金を絞る。
断末魔。血とも何ともつかない液体を浴びて、それでも怯むことなく次の標的へ。
その間にも主人をなくした巨体は、牙を剥く何体かのモンスターの横っ腹に風穴を開けて横滑りしながらも、数メートル先で横転することなく停まる。ガルン、と乱暴な扱いに抗議するようにエンジンを震わせて、ヘッドライトが跳躍する少女をくっきりと浮かび上がらせる。
「まだまだっ!!」
次弾を装填しつつ吠える。生臭い風を受けて、金髪の髪に黒のリボンが一際大きく揺らいだ。地を蹴る直前、ちらりとレンに視線を寄越した。青い瞳。細い眉。仄かに紅く上気した頬。記憶の液晶越しでは解らなかったが、意外と、幼い表情をしている。
先刻以上に現実味のない光景にレンがそんな場違いなことを考えていると、
「邪魔!!」
文字通り、一蹴された。どうやら、先程のアイコンタクトはそういう意味だったらしい。鋭い一撃を背に叩き込まれて思わず呻いたが、少女の方はその反動を利用して再び跳躍、という離れ業をやってのけ、そう長く掛からずに全てのモンスターを殲滅させてしまったのだった。
【ラノベ化企画】サイバー・サバイバー【1】
闇を裂く爆音。ショットガンを振りかざして。
ゲーム嫌悪症の少年と、ゲーム世界の戦闘少女。
相反する二人の出会いが意味するものとは―
***
やましぃは、コメを貰うと図に乗ります。
続きが早く読みたい方は、どしどしコメください。
はりきります←
そして、やはりリンちゃんはイケメンですね。
***
SPECIAL THANKS
SHIRANOさん
http://piapro.jp/t/d2yz
↑ちなみにこの双子、現在やましぃのPCデスクトップです。
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瓶底眼鏡
ご意見・ご感想
こんにちは!はじめまして!!
サイバーサバイバー、今回設定から連続で読ませていただきました!!とても面白いです!!続きが凄く気になります!!
レンの探す幼なじみ……まさか緑髪ツインテな我らが歌姫様ですか!?←
2011/07/09 00:08:03
人鳥飛鳥@やましぃ
はじめまして。コメントアリガトウございます!!^^
レンの幼馴染…さて、誰でしょうね(にやにや
此処でネタバレするわけにはいかないんで、
楽しみにしててください、としか言えませんが←
小説屋として、楽しんでいただけたなら本望です。
やる気出てきたんで、早速続きを書いてこようかな…(現金
それでは、これからも【サイバー・サバイバー】をよろしくお願いします!!
2011/07/09 00:14:19