「先生・・・俺、もうダメです・・」
「何を言っているのですかレン君!目を!目を開けてください!」
「お兄ちゃん、僕・・・」
「リュウト!リュウト~!!」
「うあぁぁぁ!腕が!腕がぁぁ!」
「引っ張ります!」
「うぎゃぁぁぁぁぁっぁぁぁ!!!」
「あと10枚で~す!」

 勇馬の一言に、6つの顔が一斉に振り返った。
 その勢いに、思わず椅子から落ちそうになるのをすんでのところで留った勇馬の前で、キヨテルがパンッと拍手を打つと、「ハイ、じゃあ作業再開しましょ~」とノンビリとした声を部屋に響かせた。


 小さな部屋に疲弊した男7人。
 そこは微かにシンナーの臭いが漂い、部屋の空気を更に悪いものにしていた。
 キヨテルの言葉に、7人の男は同時にポ●カを手に取り、7通りのリズムのカチャカチャという音を響かせて作業を再開させた。


 3月14日のホワイトデー
 この日は、バレンタインのお返しソングとしてボーカロイド男性陣によるラブソングのネット配信日、且つCDの発売日だった。
 その記念として、明日は街頭ミニライブが予定されている。
 そのライブでは、購入特典として彼らの直筆サイン入り生写真が配られる。
 彼らは正に、その直筆サインを必死に書いている最中というわけだ。
 明日のライブに向けて、朝早くスタジオの作業場にやってきた勇馬は、机の上に用意された写真の嵩に驚愕した。
 更に、目の下にクマを作った状態で黙々と作業をしているクリプトン兄弟のカイトとレンの様子に、後ずさりをしたのが半歩で留まった自分を誰か褒めてほしい。
 後から来たピコによると、去年も同じ状況だったそうだ。
 聞けば、今回のイベント以外に全国、いや、世界中から届いたバレンタインの贈り物に対して直筆サイン入りのポストカードを作成していたという。
バレンタインの時に兄弟揃って常温便・青果便・冷凍便のトラックが連なって荷物の配達にやって来た彼らのお返しの量は流石ケタが違う。
 コピー&ペーストと、大量印刷が普及しているご時勢に、一枚一枚手書きをした彼らの心意気に頭が下がる。
 ファンを大切にする彼らの姿勢も本物なのだろうが、『『『『バレンタインのお返しをなめるな!!!』』』』と言う彼らの姉妹が声を揃えて睨み付けてきたことも、恐らく彼らを動かした原因なのだろう。

 故に、
「ああああぁ!今度は指が!指がぁぁぁぁ!!!」
「だから、こういう時は引っ張ればいいんですって。ハーイ、じゃあカイトさん引っ張りますよ~。」
「ヤダ!ピコ君のS!ドS!」
「うるせぇぞ。馬鹿兄貴!」
 長時間の作業で指や腕を引きつらせながら男7人が黙々と写真にサインを書き続けるというこのような恐ろしい環境が出来上がってしまったというわけだ。



 小芝居という名の休憩を時々挟みながらも、最後の一枚にレンがサインを書き終えたとき、7人は同時に机に突っ伏した。
「終わった~」
「カイト君、一先ずの作業が終了しただけですよ。本番はこれからです」
「俺、もう腕上がらねぇ~」
「お疲れ、でござる」
「お兄ちゃん、お腹すいた・・」
「勇馬くん、何か持ってる?」
「ホワイトデーのお返し用のお菓子ならあるよ~」

 その言葉に、もそもそとキヨテルが顔を上げた。
「あぁ、そういえば連絡をしておかないといけませんね」
 気だるそうに上体を起こすと、ジャケットのポケットから携帯電話を取り出し会話を始めた。
「あ、もしもし、そう、僕です。今終わりましたので、皆さんのご都合はどうですか?そうですか?では待ってます。」
 そういうと、通話を切り携帯を再びポケットに納め、両の手の平を上に向けて「それでは、」と徐に切り出した。
 何のことが解らず、6人はゆっくりと顔を上げると、そこにはニコニコと微笑むキヨテルの顔があった。
「皆さん、ミキさんとユキさん、いろはさんのお返しの準備をお願い致します」
「「「「「え?」」」」」
「これから、皆さんが受け取りに来ますので」
「直接・・・ですか?」
「えぇ、直接渡して、相手の反応を見るのも大切でしょう」
 眼鏡の鼻頭を中指でクイッと上げ、意地の悪そうな微笑を見せる氷山キヨテル。
「明日は皆さん多忙ですので、今日にお返しを配る予定でしょう?さあさあ、お出しなさい」
 確かに、明日はイベントでここに居る全員は拘束される。
 職場でしか会えない相手に渡すなら、今日渡すか、後日、遅れて渡すしかない。
「しかし、キヨテル殿、拙者とリュウトは明後日に配る予定でしたので、今日は持ってきておりませんぞ」
 どうやら、彼らは後者のタイプであったようだ。
「はい、分かりました。がくぽ君、リュウト君は減点です」
 何に対する減点だ。
 その場にいた全員が心の中でツッコミを入れただろう。
「お兄ちゃん、僕、のど飴なら持ってるよ」
「よくやったぞ!リュウト!」
「貴方たち、僕の家族に対してスーパーでワゴンセール5袋300円で売っているようなもので済ませるおつもりですか?」
 ギロリと睨んできたキヨテルに、がくぽ・リュウトのインタネ兄弟は抱き合って震え上がった。
 この人コワイ。この人コワイ。
 他のメンバーは、視線を逸らしつつ、静かに3つの包みを机の上に置いた。
「ふむ、レン君は某ネット市場で人気No,1サイトのお取り寄せスイーツですか?まぁ、及第点でしょう。ピコ君はデパ地下で行列必須の有名シェフの店の一品ですね。よく頑張りました。勇馬君は、輸入食品店の某王室御用達のお菓子ですか・・・大量生産のものですが、目の付け所は良いでしょう。」
 何なんだ、このジャッジメントは。
「カイト君は、ハンカチとキーホルダーですか、ふむ、流石センスが良いではないですか」
「でしょ?」
「「「「「メイコ(姉)さんの」」」」」
 5人の声が木霊した。

 キヨテルの手元を見ると、センスの良い綺麗なリボンが巻かれたブランドの包みが3つ並んでいた。
「なんでめーちゃんが選んだって分かったの?」
「では、カイト君に質問です。このブランドのお名前は?」
「・・・・・あぎゅい●びぃ?」
「「「「「「アニ●ス・べーだ!!!」」」」」」
 思わず全員が叫んだ。
「あ、そうなんだぁ」
 初めて知ったよう。とノンビリと言いながらカイトは頭を掻いた。
 その姿に、6人は再び頭を机に打ち付けた。
「これね、めーちゃんとデートした時に、女の子が喜んで貰えるものをって、選んでもらったんだ。このキーホルダー、ユキちゃんでも持っても重くならないようにって可愛いものを選んでくれたんだよ」
「はいはい、惚気話乙!」
「爆発しろ!」
「ご馳走様です」
「リュウト、良いか、空気を読むことは非常に大切なのだぞ」
「うん、分かってるよ。お兄ちゃん」
 キラキラと光りを放ちながら惚気るカイトに勇馬が苦笑していると、横のピコが肩をポンポンと叩いてきた。
「勇馬くん、これミズキさんにお返し、渡しておいてくれるかな?」
「姉さんに?」
「あ、勇馬さん、俺もミズキさんにお願い!」
 同じく、レンも先ほど出した包みと同じものを勇馬に差し出してきた。
「じゃあ、リンさんとミクさん、ルカさんの分、レンさんお願いします」
「レンくん、僕の分もお願い致しますよ」
 キヨテルも鞄から小さな小箱を取り出し、レンの前に3つ、がくぽとリュウトの前に2つ、勇馬の前に1つ、そしてカイトの前に1つ置いた。
「どうも、妹達にかたじけない」
「でも、お姉ちゃんたち、今日収録だからここに来ると思うよ?直接渡す?」
「おや?そうでしたか?」
「そういえば、リン達も朝から収録で来てるんだよな?兄貴?」
「あ、そういえば、来てたね。そろそろ終わる頃かな?」
 携帯を片手に時間を確認するカイトの横で、レンが「直接渡す?」と3人に尋ねてきた。
「そうした方が良いのかも知れませんが、相手は仕事ですからね。僕も午後に別の仕事が入っているので、やっぱり確実な方法としてレン君、お手数ですがお願いできますか?」
 成程、彼がユキ達3人を呼んだのはそのような理由もあるらしい。
「俺も、レンさん、カイトさん、お願いします」
 キヨテルとピコが頭を下げる。
「メイコさんの分は、カイト君に渡しておけば良いでしょう?」
 その一言に、カイトはが気まずそうに頬を掻きながら照れたような表情を見せた。
「ええと・・・・」
「いいですよ。自分の彼女がホワイトデーに貰うものは気になるでしょう。ほら、サッサと取っていきなさい!」
 あしらう様に、キヨテルはシッシッと手を振った。
「ええと、じゃあ、ありがとう」
 頭を下げるカイトの横で、
「バカップル兄姉が、ご迷惑をお掛けいたします」
といいながら、レンが深々と頭を下げた。隣で「レン、酷い・・・」と涙声の兄の声が響いた。
「じゃあ、勇馬くんも渡しておきなよ」
 ピコが再びポンッと軽快に勇馬の肩を叩いた。
「うん、じゃあ先輩、お願い致します」
 兄弟の姿に苦笑しながら、勇馬はキヨテル達と同じように包みを彼らの前に置いた。
「ありがとう」という言葉を受けながら、勇馬も姉の分を受け取り、ソレを紙袋に入れる。
「じゃあ、俺、この後姉さんと収録があるのでお先に失礼します」
 立ち上がり、丁寧に一礼すると、勇馬はそのまま部屋を後にした。


「それじゃ、俺も、失礼しまっす!」
そう言いながらレンが退室すべく、扉のノブを掴んだと同時に勢い良くソレが開いた。
「先生~!貰いに来たよ~!」
「どうも、お邪魔します」
「遠慮なく貰いに来ました~!さぁ、寄越せ~!」
 レンは掴んでいたノブの予想外の動きに手を滑らせ、そのまま外に転がったが、そんな彼の姿など目もくれず、ユキ・ミキ・いろはは威勢良く、部屋に入ってきた。
キヨテルは満足そうに立ち上がると、
「よくいらっしゃいました、さあ、気に入らないものがあれば、遠慮なく文句を言って突き返して良いですよ!さぁさぁ、遠慮なく」
「おーい、レ~ン?」「レン殿~」「レンく~ん」「レンさ~ん」
 4人が廊下に転がったレンを介抱している後ろで、AHS一家は会話を弾ませる。
「ねぇねぇ、マシュマロある~?」
「さぁ、どうですかね?」
「じゃあ、あったら晩御飯の時の焼肉屋さんで焼いてもいい?」
「ソレは名案ですね、ユキさん。是非焼きましょう!」
「持ち込みOKなお店なの?」
「心配無用ですよ、ミキさん。もしもイチャモンつける店員がいたら、ユキさんは上目遣いに小首の角度約20度。ミキさんは手を頬に、正面から角度45度若干下から視線を送り、いろはさんが正面から相手の目を3.6秒見つめた後ニコリと微笑んで『ダメ?』の一言を言ってしまえば我々に逆らう者などいません」
「店員さん、女だったらどうするの?」
「その時は・・・・」
 徐に、キヨテルは眼鏡を外し流し目で3人を見る。
「僕が相手になるだけです」
 恐らくこの瞬間、彼を見た者は背景に赤い薔薇が何本も咲き誇っている光景が見えただろう。

 
 焼肉屋さん、気をつけて!超気をつけて~!!!
 廊下に居る男5人は顔を真っ青にしながら同時に心の中で叫んだ。
 室内と廊下の間に、屋内であるにも関わらず冷たい風がヒュルリと過ぎていった。



The Today ? or The Day after tomorrow ?
(副題: ホワイトデーを侮るべからず)

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【ボカロ男性陣】The Today ? or The Day after tomorrow

ボーカロイド男性陣がバタバタしているだけの、山もない・オチもない・意味もない、な話です。
若干カイメイ要素あり。(カイメイタグをつけてよいものか、非常に迷いましたが。このカイメイ、深読みしたら結構ドロドロしてます。)

誠の副題は「氷山キヨテルの暴走」
キヨテルさん申し訳ありません。そして、ファンの方、申し訳ありません。

何が書きたかったかというと・・・ボカロ男性陣みんな仲良しということらしいです。

微妙に、「Haughty or Cute?」の続編ですが、読んでなくても大丈夫です。

ホワイトデー大遅刻、失礼致しました。(3/26 7/7 若干修正しました。)

閲覧数:1,825

投稿日:2012/07/07 02:49:19

文字数:4,699文字

カテゴリ:小説

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  • ねこかん

    ねこかん

    ご意見・ご感想

    何コレ男性陣カワイイです!先生が期待通りのキャラで感動しました(笑)先生マジ先生!
    ボカロ界の男性陣は、なぜか立場弱そうなところが萌えですよね!
    そういえば以外にリア充が少ないんですかね?カイトフルボッコ決定ですね
    癒されました。ありがとうございます!

    2012/05/12 01:41:18

    • イソギン

      イソギン

      なななんと!
      「お前らドコの事務所のアイドルだよ!」というツッコミがどこからか聞こえてきそうなヤマもない、オチもない、イミもない話に感想を戴けるとは!
      ありがとうございます!!
      キヨテル先生について、受け入れて頂けて良かったです。かなり好き勝手やり過ぎた感がありました。
      近々、別サイトさんにバレンタイン同様な勇馬さんが出張るバージョンをヒョロリと載せてしまうかもしれません。もし見つけられた際には苦笑いしてやってください。

      2012/05/12 03:05:35

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