翌朝。
目元が赤く腫れていた。
鏡に映った自分自身を見て、昨日涙が枯れるまで泣いたことを思い出す。
――今日がレンと隣の席で話せることが最後なんだ。

振り返ればそれは、夢みたいに甘い思い出になっていた。
部屋を出る前に、机に置いた大事なシャーペンを見る。
昨日の出来事が幻だったら良かったのに、と思って泣いた。
でも、それはこのシャーペンのことも幻にしてしまう言葉だということに、気付いた。

「リン、ご飯よ!」

日常の一欠片。
母の声が私の耳に届く。

「今行く」

短く答えて、もう1度鏡を振り返った。
鏡の中の私は無表情に、「リン」を映している。
――泣き腫らした目に、不安げな光を宿して。

恋が終わる。
愛に変わるか、想いが散るか。
分からない。でも、終わる。

「ねぇ、レン」

あなたは知らない。
だって、教えてない。

あなたが出した答えで動くよ。
私は、思いを無邪気な選択に、賭けた。





怖いか、と問われたら、怖いよ。
だって、レンが笑顔で私以外の子といることを、望んでいたら。
私が必要ない、なんて。何も知らないレンの選択が、怖い。
でも。

恋って、そういうものだ。

朝早くに来たはずの教室に、いつの間にか、生徒が全員来ていた。
賑わう教室に、レンもその中の1つに混ざって、騒いでいる。
あぁ、何て子憎たらしい笑顔。

席が替わる。そんな単純なことなのに、切なくなる。
1度隣になってしまったから、どれだけ幸運でも、隣でその横顔は見られない。
それは、私の中で、小さな別れを指していた。

「レン!オレはどこの席なんだ?」
「あ、おれの席も教えてくれよ!」
「まだ駄目だって。――っていうか、もう発表されるじゃん」
「そうだけどさ。でも、教えてくれても良いだろ」

あっけらかんとした、レンの声が耳に入る。
私と席が離れるのを、惜しんではいないようだった。
無邪気な声が、鋭利な刃物のように、胸を引き裂く。

私にシャーペンをくれた。
それを特別だと思ったのは、私だけ。
憂うように息を吐いた瞬間、始業の鐘の音が鳴った。

レンが、会話を終え、席に戻って来る。

「よう、鏡音」
「おはよう。――今日、席替えだね」
「ん?あぁ」

教室の扉が開いて、教師が入ってくる。
私はそれを横目に、レンに話を振った。
レンは、頷いて会話を終わらせる。

レンに話しかけようか迷ったけれど、レンが顔を机に伏せてしまったので諦めた。
教師の声に耳を傾ける。

「それでは、お前たちが待ちに待った席替えをするぞ」

誰も待ちに待ってないわよ。
心の隅で、こっそりと悪態をつく。
レンは相変わらず、顔を伏せていた。

教師は、前から後ろへプリントを送り始める。――見なくてもそれが、席の座標だと分かった。
私の席は後ろ。前の生徒がプリントを回してくる動きが緩慢で、もどかしさを覚える。
鼓動が高鳴る。周囲では、嘆くような声、歓喜する声が聞こえた。
―――そして。
プリントが、私の手に渡ってきた。

平静を装った顔とは裏腹、早鐘のように心臓が騒いでいる。
私の席は、レンの班は、どれ?
プリントに目を落とす。鼓動を落ち着けて、下を向いた。
その時。

「あ、私レンの隣だ」

澄んだ声が、聞こえた。
横でレンが顔を上げる気配がする。
私は思わず振り返った。
背後には、笑みを浮かべるクラスメイトの――グミがいた。

「これからよろしくね~…ふふ。私を隣にするなんてねー。まさかレン、私が好きなの?」
「安心しろ。別に好きじゃないからな」

じゃれ合うような、甘い会話。
別に、2人が恋人同士には見えたわけではない。
でも、私の中では何かが崩れた。
それは、恋の終焉を悟ったからか、グミの眼差しを見て思ったのか分からない。
けれど。明確な「さよなら」を理解した。

プリントを見る。
グミの笑顔を見た時から、何故か予感していた。
レンが決めた班を見つける。それの班員を見て、「やっぱり」と、悲しくなる。
――レンの班に、私はいない。

レンは、私を同じ班にはしてくれなかった。
あぁ。決まりだね。
グミとレンが、何かを話している。

私はそんな2人の会話を聞いて、泣きそうになった。
懸命に涙を堪えて、目を閉じる。
グミの眼差しが、怖かった。
グミの眼差しは、レンに恋をしているような、蕩けるような甘い煌きが宿っていた。

「―――っ」

最悪。今、そんな目をしてレンを見ないでよ。
私の近くで、レンを感じることが、いきなり苦痛になった。
今までは心地よかったレンの声も、耳障りなノイズに聞こえる。

失恋。
今の私を表す言葉がそれだと分かっていた。
教師が、全員が自分の席を確認したのを見計らって、声を張る。

「それでは、新しい席に移動しろー」

机を動かす生徒達に混ざって、レンも遠ざかっていく。
私は、涙を拭って、遠ざかるレンに一言、呟いた。



「あなたのことが、好きでした」


レンの耳には、今も、これからも。
ずっと、届かない言葉。

喧騒に紛れて私の声は掻き消える。
レンは、グミの隣の席に移動して、早速2人で笑いあっている。
――終わりは呆気なかった。

レンに恋をしていた私が、いなくなる。
新しい席について、頬杖を付く。
新しい席は、1番前だ。

後ろは、振り返れない。
斜め後ろは、グミの席。後ろを見たら、幸せそうに笑う2人がきっと見える。
今はまだ、振り返れない。

でも。いつか、振り返れるようになる。
レンを好きじゃなくなって、他の人に恋をするかもしれない。

レンがくれた淡い、恋心を胸の奥に押し込める。
きっと、当分はきついと思う。

でも。

いつか、レンが晴れやかに笑って「彼女が出来た」と告げられたら――。
それがグミでも、他の子でも。
「おめでとう」と祝福してあげられたら、と思う。

グミの恋が実るか、なんて私は知らない。
実って欲しくないことを望んでいるか、と聞かれたら多分望んでいないとは言えない。
けれど、私からは言えない。言わない。
レンへの、純粋な恋心は。

「授業を始めるぞ」

教師の声が、教室に響く。
教室は静まり返り、授業が始まる。

新しい席で。
過去とは違う席で。

「さよなら」

いつか、レンとまた出会えたら。
その時は、レンが惚れちゃうくらい素敵な女になろう。

新しい日常が、恋の終わりと共に始まった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

淡い、恋心。≪下≫

何かグダグダになってしまいました;
一応これでこのお話は終わりです。
読んで下さり、ありがとうございました。

閲覧数:609

投稿日:2011/02/19 18:16:16

文字数:2,649文字

カテゴリ:小説

  • コメント5

  • 関連動画0

  • ちまき

    ちまき

    ご意見・ご感想

    初めまして!ちまきと申します

    上中下と作品読ませていただきました!
    リンの心境が切なくてもどかしくで涙腺崩壊でもうどうしようもなかったです
    こんな素敵なお話書けたらなってしみじみ思ったりもしました…
    すごい可愛らしくて、切ない。素敵すぎるお話をありがとうございました!

    2011/05/15 21:40:48

    • 鏡美

      鏡美

      海のしるしさん>>
      ありがとうございました

      ちまき様>>初めまして!
      はわわ、ありがとうございます^^*
      素敵なんかじゃ全然ないですよ!
      コメありがとうございました!良かったらまたいらしてくださいね!!

      2011/05/18 18:41:57

  • マルセーユ←元syogyou

    マルセーユ←元syogyou

    ご意見・ご感想

    お察しのとおり、下から読んでしまいました。

    2011/03/15 18:59:26

    • 鏡美

      鏡美

      あΣ
      いえいえ、読んでくれてありがとうです!!

      2011/03/16 16:19:33

  • マルセーユ←元syogyou

    マルセーユ←元syogyou

    ご意見・ご感想

    せ、せ、せいしゅんだなぁー(マテ。
    なにか、こう若さを感じる感じですた。

    2011/03/14 19:42:19

    • 鏡美

      鏡美

      メッセありがとうです…あれ、下からお読みになったのでしょうか…?
      まだまだ鏡美は青いんです…うぅ。←

      2011/03/15 17:50:35

  • 虹の龍

    虹の龍

    ご意見・ご感想

    最近出てこれなくてすみませんでした!!!
    リアルが忙しくて……ごめんm(_ _)m

    リンちゃん……(´Д⊂ヽ
    ハンカチなんかじゃ足り無いよぅ……バスタオルどこだ……
    苦いTRUE ENDは予想してなかった。
    けど、たまのいい刺激になったよ~

    続編or新シリーズ(もしくはどっちも?)wktkしてるぜ!

    2011/02/27 18:39:42

    • 鏡美

      鏡美

      おにいちゃぁあああんっ!!!←
      鏡美もメッセ送れてなくてごめんなさいっ

      バスタオル…奇怪なおにいちゃん(←)だね?
      少女漫画っぽく!!でも、現実も交えてみたよ?

      wktk...??

      2011/02/28 16:49:38

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