「お疲れ様でした~!」
メイコさんの教えと、自分自身の気持ちで、髪を切りに行った
まるで、別人だ
「がらっと雰囲気を変えたいです」といって、イメージを伝えてお願いしたら、驚くほど頭が軽くなった
前は、前髪は眉毛にかぶさったところで揃えられていて、全体的に重々しかった
それが今では、かなり変わった
イメチェンして、今までの気持ちから切り替えることは出来そうだ
新たな気分で町を歩く。
景色さえ、違って見える。
歌いたい。早く変わりたい。
何か、が、待っている気がするから
「ただいまー!」
誰もいないけど、気にしない
改めて鏡を見る
初めて、僕に向き合った
こんなにしっかり自分の顔を見るのは初めてだ
新しい、僕
今までの、僕
どちらもおんなじ"僕"なのに
何もかも、違う僕。
どうであろうと、これが僕。
自然と声が漏れる
歌が溢れる
昨日今日で、世界観がずいぶん変わったなと、自分でも思う
でもこっちの僕のほうが本物な気もしなくない
最初から全部
人って、不思議だ
自分の中に最初からあった何かが目覚めたような感覚で、
まるで違和感を感じない
音が、次々と紡がれる
これが、"ボクのサイノウ"?
*
今日、彼は来るだろうか?
やっぱり無理矢理だっただろうか?
そう思った矢先
「すいません、あの、"カイト"ですけど…」
誰かと思った
でも、雰囲気が違うが中身はそのまま真面目な性格のようだ
「あら、来てくれたのね。カイト、こちらマスターよ」
マスターが悪戯に笑う
「こんにちは。まずは実力を見せて貰おうか」
「?どういうことですか?」
「…まあ、まずはやってみないと」
急に踊りだすピアノの音
「これに合わせて感じるままに音を紡げ」
「は…い。」
マスターの"テスト"が始まった
さぁて、どうなるか…
*
空気が、今までと全然違う。
テストとは、思えないほど。
…簡単に言うと、まあ、昨日今日音楽を知ったド素人がマスターの馬鹿みたいに難しいテストを超笑顔で楽しんでいる光景があるわけで。
というか、まず普通の人はピアノに応えることが出来ない
かなりの実力と経験、そして知識を兼ね備えているよほどの人物でないとこのテストは厳しい。
ただ、その三つを持っていても正直やっとのレベル、ましては初心者がいきなり挑戦したら絶対死ぬ。
まあ、こんなに難解なテストをして逆に無意味な気もするが、もちろん合格者もいたわけで。
私と…あと二人ほどらしいが。
でも、いくらなんでも目の前の光景は信じられない
あのマスターの表情が、真剣だ
昨日の出来事も普通ではあり得なかったが、さすがに偶然だと思った
しかし、これは偶然だと言っていいのだろうか
というか、まずこの光景を受け入れることからして私には難しいが。
普通では…あり得ない?
聞き覚えがある言葉が見つかる
”…!”
まさか、
いや、本当かもしれない
彼は…"vocaloid”のうちの一人?
昨日の出来事をきっかけに、鍵(ロック)が外れた?
だとしても、これはあり得ないの域にはいる
そんな程度じゃなくて、
彼自身が、変わったようにしか思えない
完全に、慣れている
マスターが仕掛けてくる複雑な和音、リズムの一つ一つに、要求以上のことをして返してくる
…それどころか、彼から仕掛けてくることもあって、
まるで、最初から全部、見透かしているように。
その姿は、私の記憶と入り混じっているもう一つの記憶の姿によく似ている
「…なんなのよ、これ」
自信ありげに堂々と、歌う姿。
本心で、心の底からこの"テスト"という名の SHOWを楽しんでいるようにしか見えない
哀愁の欠片ひとつも見られない、純粋な笑顔、誰にもない彼だけのもの
昨日とはうってかわっている容姿
魅力的だ。凄く。
…引き込まれて、私は時を忘れた。
*
「おい、メイコ」
「メイコさん?」
…目の前に視線を落とす
マスターと、カイトがいた
「お前から、新入りに一言頼む」
あ、合格したんだ…
まあ、当たり前か。
「うーん、いいんじゃない?てか、いつからステージに出るの?」
「来月」
無茶…では無いが、大丈夫だろうか?
「あ、そう。まあ、せいぜい頑張って頂戴」
「一言短すぎ。やり直し。」
「はぁ!?これでも充分長いわよ?」
まったく、マスターは。
でも、言いたいことはわかっている。
「しっかり、カイトを見てやれ」
「…了解、練習?」
「あぁ。あと、俺忙しいから説明とか全部お願い」
「わかったわ、しょうがないわね…」
showまで、一ヶ月。
時間は無い。まぁ、大丈夫だと思うが
ノリでどうにかなってしまうだろう
「ついていらっしゃい、今日は、説明がほとんどになると思うけど、勘弁して頂戴」
「分かりました。」
*
「じゃあ、長いけど、説明をはじめさせてもらうわ」
説明…
それは、信じ固いことが大半だった
僕が、生まれつきの"サイノウ"を持つ"ボーカロイド"の一人ということ
そのサイノウは、きっかけに触れないと現れないということ
…そして、鍵(ロック)が解けると、同時に自分の物と混同する、不思議な記憶が目を覚ますということ
現にメイコさんもボーカロイドのうちの一人で、不思議な記憶が混ざっているらしいこと
しかも、どうやらその"記憶"はほとんど共通しているということ
まだわからないが、確かに当てはまる点がいくつかある
今日昨日で多少変わった性格、今日昨日で発揮したサイノウ、歌っているときに味わった、初めてではない感覚
全部、昨日今日の出来事だ。
もし、メイコさんが言っていることが本当だとしたら、全て綺麗に辻褄というものがあってしまう
ただ、記憶はまだわからないから、断定はまだできないらしいが。
とりあえず、事態は飲み込むしかない。
現実にやっと向き合えたから。
「…分かりました。」
「本当に?すごく意味不明な顔してたけど大丈夫?」
意味不明な顔…
でも、まあ、やってみなきゃわからないわけだし。
確定した事実なんて、よほどの限りないわけだし。
「大丈夫です。説明はこれで終わりですか?」
「……」
「?」
何か問題あっただろうか?
「…あのさ、全然関係無いけど、あなたそのうち音楽を仕事にしたりしない…かな?」
「えっ…?!」
いきなりメイコさんが弱い口調で言ってきたため、びっくりした。
「ど、どういうことですか…?」
「あ、いや、説明超早く終わっちゃったからさ、ちょっときいてみたくて」
え…
音楽が仕事になる日、か…
いつか、そんな日が来るのだろうか?
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