人には必ずしも怖いものがあるはずだ。
例えるなら、動物、高いところ、狭いところという感じに。
フランスでは道化師(ピエロ)恐怖症なんていうものがあるそうだ。
たしかに、ピエロはちょっと怖いなとは思う。
話はそれてしまったが、私にも怖いものがある。
それは、『人形』だ。
だが、周りの人…特にお母さんはそれに気づいていない。
というか、私のお母さんは極度の人形好き。
「実は私、人形恐怖症なんだよね」、そんなこといえない。
だから今日こそ勇気をだし、お母さんに事実を言おうと決意した。
私は、母の部屋という名の恐怖の人形屋敷のふすまを開けようとした。
だが、お母さんの部屋からお母さんと誰かの話し声が聞こえた。
「市松さんが先月欲してらした例の人形を持ってきましたの」
「やっぱり『色崎』シリーズは違うわね~!まるで今からでも動き出しそうな気がするわ~」
ふすまを覗いてみた。
どうやら、話し相手はお母さんの人形好きの仲間の花村さんのようだ。
彼女はその人形マニアの業界ではかなり有名な存在らしい。
実際に私の住んでいる町内で同好会の長をやっているのだそうだ。
花村さんは私が幼いころから知っているが、なんか苦手だ。
なんていうか、私を人間としてじゃなくて人形として見てる感じがするんだ。
私が人形に恐怖を抱くようになったのも、あの人が原因だし…。
ああ、結局事実を言うの先送りかな。
「そうでしょう?色崎先生は自分の娘をモチーフに作ったそうなのよ」
なんで、人形を作った人を先生呼ばわりしているんだろう?
やっぱり、マニアの考えていることは分からない。
「色崎さんの娘さんは相当の美人だったって噂ですものね~」
「ええ、やはり先生は素晴らしいお方ですわ。人形からも愛情が伝わっているもの。あら?そこにいるのは娘さんかしら?雛乃ちゃん、大きくなったわね~!」
「はい…、お久しぶりです」
「雛乃?何かあったの?そんなところにずっと立ってて」
「あ、うん。ちょっと本屋に行ってくるって言おうと思ってたんだ」
「そうなの?わかったわ。あ、そうそうこのお人形見て!可愛いでしょ?」
「う、うん。いいと思うよ。そ、それじゃ行ってくるね」
そうして、私は自分の不甲斐無さに嫌気を差しながら、何の意味もなく本屋へ向かった。
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