プロローグ
それは夜。
月明かりすらない新月の夜、静まり返った帳の中で、一人の男が不安そうな表情で腕を組み、苛立ったように軽く足踏みをしていた。まだか、と思いながら固く閉じられた扉を眺める。もう何度目になるか分からない行為である。視線を送ったところで開くものでもないとは分かっているのだが、それでも早く結果が出ないものかと、まるで試験後の学生のような表情を浮かべて、そして溜息を彼は漏らした。
その時である。
「国王陛下!お生まれになりました!」
ようやく開かれた扉の奥から文字通り飛び出して来た女官が、汗だくになりながらそのように告げる。ようやく生まれたか、と安堵の表情を浮かべた国王は一瞬で表情を引き締める。
「うむ。して、男子か?」
「双子でございます!男の子と女の子、まるで玉のようなお子様でございます!」
双子、という現実に多少の驚きの表情を浮かべながら、国王は頷くと妃が休む寝室へと入室した。人生最大の大仕事を終えたためか、安らかな表情で国王を見た妃に対して国王は一言、よくやった、と告げる。
「はい・・。ありがとうございます。」
その妃の返答に一つ頷くと、国王は待ちきれぬ、という表情で隣の小ぶりな寝台に寝かされている自身の初めての血を分けた子供たちの顔を覗き込んだ。なるほど、女官が表現したように可愛らしい表情をしている。普段は威厳を隠さない国王ではあったが、この時ばかりは親としての本能が優先したのだろう。反射的に口元を緩めながら、国王はまじまじと双子を眺めまわした。
その時、国王は気が付いてしまった。
男の子の右手に刻まれた、星型の痣に。
生まれた時に発生している痣は不吉の印、という言い伝えがこの国にはある。しかも第一王位継承権を持つ皇太子候補に痣が。何かの凶兆か、と国王は考え、緩めていた口元が否応なくゆがむことを彼は自覚した。
「どうされましたか?」
国王の表情の変化を目ざとく発見した妃は少し不安げにそう言った。どうやら妃は右手の痣に気が付いていないらしい。ならば、今余計な不安を与えることでもあるまいか、と考え、国王は無理な笑顔を作ると、こう言った。
「子供という存在は不思議なものだ。つい、国王としての責務を忘れそうになってしまった。」
誤魔化しだな、と思いながらも国王はさらに言葉を続ける。
「さあ、今日は疲れただろう。ゆっくり休むといい。余は明日の朝にでも顔を出そう。」
そう言い残すと、国王は背を向けて歩き出した。
妃の寝室から出ると、国王は扉の前で待たせていた従者に一言。
「ルカを呼べ。謁見室だ。」
「は。」
敬礼をしながらそう答えた従者は駈け出してゆく。
気のしすぎであれば良いが。
従者の背中を見ながら、国王はそう思わずにいられなかった。
それからすぐに謁見室に現れた人物は、桃色の髪に色香の漂う瞳、そして全身黒づくしの衣装とフード付きのマントが特徴の、年の頃は二十歳前後に見える女性である。
「よく来てくれた、魔術師ルカ。」
国王は一言目にそう告げる。ルカと呼ばれた女性は慇懃な一礼を行うと、口を開いた。
「この様な夜更けに、いかがされましたか?」
「先ほど、余に双子が生まれた。」
「それは・・おめでとうございます。」
それが本題ではないでしょうに。ルカはそう思いながら、お祝いの言葉を述べた。
「男子と女子だ。しかしながら男子の右手に星型の痣があった。これは吉兆か、それとも凶兆か?」
動揺を隠しきれない様子で、国王はそう告げた。
「大凶兆でございます。」
ルカはためらいなく即答する。
「やはり。」
「特に星型の痣となれば、肉親に大いなる災いをもたらすでしょう。」
「なんと・・どうにかならぬのか。」
口内が乾ききっているのか、多少かすれた声で国王はそう言った。
「今のうちに亡きものにすれば、凶兆は去りましょうが・・。」
焦りの表情を隠さない国王とは対称的に、あくまで冷静にルカはそう告げる。
「・・それは出来ぬ。なんとかならぬのか。」
やはり国王陛下も人の子か、と思いながらルカは思案し、そして一言、ルカは次善案を国王に告げた。
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