遥は、走って家に帰った。大急ぎで走った。辛い出来事を話すのはもちろん辛いことだが、それを隠すことの方が辛いと思ったからだ。
「母さん!」
ドアを開けて息をきらしながら叫んだ。
「どうしたの遥?」
「と…父さんが…」
心配そうに出てきた母さんが首を傾げた。
「何を言ってるの?」
「あ…あの…父さんが…」
「そんなことより、片栗粉早く!」
半ば取り上げるようにして、俺の片手から片栗粉を持っていった。
「いや、だから父さんが…」
「……私、独身よ?」
「………え?」
独…身?いやそんな訳ない。父さんと母さんは結婚してから、僕と鮎を引き取ったはずだ。当時はそう思っていた。
ばんっ!と漫画だと擬音がつきそうな勢いでドアを開けた。そこは父さんの部屋だったところだ。しかし、その部屋はもぬけの殻になっていた。
「ど…どういう事だ?」
それを見かねた鮎が、
「いや、ここもともと空き部屋だよ。私とあんたで、この部屋をどっちの物置にするか決めるところでしょ?」
と言われて言葉を失った。本好きだった父さんの本棚も、いつも作業をしていた机も、鮎に貸していたパソコンも、その部屋から無くなっていた。
俺は、そこからリビングに向かい写真を探した。父さんは確かに存在していた。写真の一つもあるはずだ。そう思い、俺はアルバムを必死に見て回った。そして、ある一枚の写真を見た。それは、俺の小学校の入学祝いに家族全員で撮った家族写真だった。はずなのに、父さんだけが消えていた。
俺はその時理解した。スモークエネミーズに殺された人間は、生きた証全てが失われる。俺が父さんを覚えていたのは、父さんを殺したスモークエネミーズを倒したからだ。それですべて納得できた。たまに、スモークエネミーズを倒したとき人の顔が頭に浮かぶ。あれは殺された人で、ニュースで殺された人が行方不明などの扱いがされないのは、存在すら忘れられるから。納得はいった。納得はいったけど…こんなの…ひどすぎるだろ…。スモークエネミーズは本当の意味で人を殺していくんだ。
そこから色んな事を経験した。変身中にもう一度煙を浴びると、身体能力が上がること。他人に見られても、煙を使えば記憶を無くせること。それらを中学生で知り、高校二年生で一年間大変な目に遭い今に至る。やはり、この能力は無い方が俺は幸せだったのかもしれない。
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