Grow
-同じ人間が二人-
顔も姿も違うのに、始めてリンとレンに会った時、俺はそう思った。
その事をめーちゃんに言うと、何も言わずに笑って頷いていた。
1
ベッドの上で寄り添うように、二人は眠っていた。
掛け布団の下になって見えないが、二人がお互いの手をしっかりと握っている事を、俺は知っている。
微かで静かな二人の寝息。よく眠っている。
俺は子守歌代わりに歌っていた歌を止めた。
と同時に控えめな、ノックの音。
「どうぞ」
「カイト、二人とも寝た?」
言いながら、めーちゃんが入ってきた。
「寝たよ」
椅子に座る俺の隣に立ち、めーちゃんは二人をのぞき込んだ。
「かわいい」
とろけそうな笑顔で、リンとレンを見つめている。
「眠る時も、二人一緒なのね」
「うん、ほぼ同時に寝ちゃうね」
数日前、俺たちが暮らす、この家に来た時からそう。二人はいつも、一緒だった。
笑う時も一緒、不機嫌になる時も一緒。お腹がすいた、眠くなったと、言い出すのも、ほぼ同時。
どちらか片方を呼べば、もう一人も一緒についてくる。
そんな感じだ。
「一応、歳は十四才なんだから、別々に寝かさないと……とは思うんだけどね」
そうなのだ。
家主は二人に別々の部屋を用意した。もちろんベッドも別々。
ただ、二つの部屋の間には、通り抜けが出来るように、ドアがつけられていた。
二人をそれぞれの部屋に入れても、そのドアを使って、いつの間にか一緒のベッドに入っている。
「それで二人とも、カイトの子守歌がお気に入りと」
「子守歌っていうか、適当に童謡を歌ったら、気に入られただけだけどね」
二人が来た最初の夜。
様子を見に行くと、二人ともリンの部屋のベッドに潜り込んでいた。
二人が身を寄せ合っている姿が可愛くて、俺はレンに、自分のベッドに戻るように言えなかった。
言えなかったどころか、二人に声をそろえて『カイト兄、なにか歌って』と言われて、ついつい、思いついた童謡を歌ってしまった。
それから毎晩、俺は子守歌係をやっている。
「まあ、この子達がデビューして、忙しくなったら、俺の歌を聞くどころじゃなくなるだろうから、それまでの事だよ」
今日も家に帰れないほど仕事で忙しい妹、ミクの事を思った。
「そうね。ミクみたいに忙しくなっちゃうでしょうからね」
めーちゃんも同じように、ミクの事を考えたみたいだ。
俺たち弟や妹のことを、大事に思ってくれているめーちゃん。
リンとレンが来ることを聞いた時も、大喜びしてたっけ。
「ホント、かわいいわよね」
目を細めて二人を見ている姿は、お姉さんと言うよりもお母さんに近い。
「いいよね。家族が増えるって」
それは何度も聞いたよ。
ミクがやってくる時。リンとレンが来るのを聞かされた時。二人が手をつないでやってきた時。みんなで食卓を囲んでいる時。
聞く度に分かる。
めーちゃんががどんなに仲間を、家族をほしがっていたか。
俺が来るまでの間、どれだけ寂しかったか。
一人の寂しさを、誰よりも知っている人だから、仲間が増えることを喜んで、俺たちを大切にしてくれる。心から、愛してくれている。
めーちゃんの笑顔を見る度に思う。
もう二度とめーちゃんに、独りぼっちの寂しさを、味あわせたくない。
幸せそうに笑っていて欲しい。そのためなら、俺は何だってする。
なのに俺は……。
「カイト?どうしたの?」
黙り込んでしまった俺の顔を、体をかがめて、めーちゃんがのぞき込んできた。
いつも輝いている、明るくて優しい瞳。甘くて柔らかな香り。太陽のような声。可愛らしい仕草。
全部大好きだ。
「あっ、うん。何でもない。俺たちの弟や妹……、もっと増えるかな?」
「きっと増えるよ。楽しみだね」
明るく元気な、いつものめーちゃんの笑顔。
この笑顔を守りたい。
なのに今の俺は、めーちゃんの側にいることが、段々辛くなっている。
側にいてあげたい、側にいたいと思うのに……。
2
薄暗い部屋。見慣れない天上。
いつもと違うベッドの傍らに、このホテルの部屋に一緒に入った人の姿はなかった。
裸の上半身を起こして、辺りを見回す。
脱ぎ捨てた衣服は、俺の分だけしか残っていない。
相手の人は、先に帰ったのだろう。
「遊ばれちゃったかな」
髪に手を突っ込んでかき上げる。
サイドテーブルを見ると、メモが一枚残されていた。
手に取ると、そこには携帯電話の番号らしき数字の羅列。
「お気に召しては、いただけたようで」
ちょっとふざけ気味に言って、俺はメモを丸めて、ゴミ箱に放り込んだ。
長い髪を金色に染めた女性だった。
モデルか何かだと言っていたような気がする。
きつい目鼻立ちと、冷たい目、薄い胸をした、細い躰の女。
めーちゃんと全く似ていないから、その人の誘いに乗った。
前に誘いに乗った相手は、どことなくめーちゃんに似ていた。
似ているのに、めーちゃんじゃない。
当たり前のことに苛ついた。
だから今夜はめーちゃんに、似ていない人と。
けれど今度は、めーちゃんとの違いの大きさに苛ついた。
どちらの時も、俺の下で上げる声のお粗末さに、耳をふさぎたくなった。
彼女たちが悪いのではない。
俺が最低なだけ。
誰を抱いても、めーちゃんしか想えない。
めーちゃんの望む家族でいるために、弟でいるために、めーちゃんへのこんな想いは、絶対に表に出してはいけない。
めーちゃんが笑顔でいられる今の関係を、俺からの一方的な想いで壊してはいけない。
こんな気持ちを、もしめーちゃんに知られでもしたら、知られてめーちゃんを困らせ、戸惑わせ、あの笑顔を奪うようなことになったら……俺はきっと自分を死ぬほど呪う。
想いを、欲望を、押さえつけ、他の人で誤魔化している。
躰の快楽は満たされても、心は益々渇いて飢えて……苦しくなるのは分かっている。
それでも、こんな事でもしないと、俺は頭がおかしくなりそうで……。
めーちゃんへの気持ちは、前はもっと綺麗で明るかった。
尊敬、憧れ、美しい姉を持った誇り。みんなに愛されている姉に、大事にされていることへの小さな自慢。
それに段々と、熱くて、苦しくて、どうしようもないほど暴れまくる物が、混ざっていく。
「……君が欲しいよ……めーちゃん」
掠れたしか出なかった。
サイドテーブルに置いた、携帯電話の時刻表示を見た。
夜の十一時四十七分。
朝まで時間がある。
ここには居たくない。
ベッドから降りて、バスルームに向かった。
3
家に帰り着いた頃には、もう日付が変わっていた。
みんな寝てしまっているだろう。
と思っていたら、家にはまだ灯りがついていた。
鍵を開けて、ドアを小さくひらく。
「ただいま」
中に入って、誰に言うともなく言うと、小さな足音が二つ、リビングの方から聞こえた。
「……リン、レン、まだ起きて……」
リビングから出てきた二人は、いつも通り、手をつないでいた。
いつもと違うのは、レンが俺を睨み付けていること。リンが泣きそうな顔で俺を見ていること。
「あっ、カイト、お帰り」
めーちゃんも出てきた。
「二人とも、まだ起きてたの?」
「カイトが帰ってくるまで待ってるって。カイトだって遅くなる時があるんだから、寝なさいって言ったんだけど聞かなくて」
困ったように、めーちゃんが苦笑いで説明してくれた。
「ご、ごめん」
慌てて上に上がると、二人の肩に手を置いた。
「二人とも、もう寝ような。待たせてごめんね」
レンが黙って頷く。
「カイト兄ー」
リンがレンから手を離し、俺にしがみついてきた。
レンの手を引き、リンを抱き上げ、二人をリンのベッドに入れた。
二人は掛け布団から顔をのぞかせ、俺を見ている。
いつも通り、歌を待っているのは分かっている。
早く寝かせないといけないことも。
でも声が出なかった。
俺を待っててくれた二人。その間、俺のやっていたことと言えば……。
二人の真っ直ぐな瞳を前にして、自分の汚さに、めまいがしそうだ。
「カイト兄、歌は?」
リンが眠そうな目で聞いてくる。
「……ごめん。俺、今日、上手に歌えそうにないや」
笑ってそう言ったつもりだが、上手く笑えない。
リンは不思議そうに小首を傾げると、レンの方に向き直った。
リンが小さく頷くと、レンも笑って頷き返した。
「いち、に」
小さなリンの声。
次の瞬間、二人の口から出たのは、俺が二人に歌い聞かせた童謡だった。
歌いながらリンがこちらを向く。
レンも俺を見ている。
繊細で甘い声と、完璧なハーモニーが、歌を一層優しく、懐かしい物にしていく。
二人の声が胸にしみこむ。
ああ、思い出した。
この歌は俺がデビュー前に、デモンストレーション用に歌った歌。
まだ何も知らず、何も分からず、真っ白だった頃。ただひたすら教えられた通りに、歌った歌。
二人に引っ張られるように、俺は歌い出していた。
嬉しそうに、楽しそうに歌う二人を見て、俺はやっと普通に歌えて笑えた。
「やっと寝たみたいね」
「めーちゃん」
二人が寝たのを見計らったように、めーちゃんが入ってきた。
いや、見計らって入ってきたんだ。
いつも扉の陰から、俺たちを見守ってくれているのを、俺は知っている。
「めーちゃんもごめんね。遅くなって」
「気にすることはないわよ。仕事で遅くなるのは仕方がないし」
胸が痛むが、さすがに本当のことは言えない。
「ねえ、気がついた?」
「えっ?」
「この二人。今日は違う顔してたでしょ」
言われてみればそうだ。
怒っていたレン。泣きべそをかいていたリン。
表情が違うと言うことは、俺が帰ってこないことで起きた感情も違うと言うことか。
「段々、同じ人じゃ無くなってきてるんだ」
めーちゃんが頷いた。
「成長してるのね」
成長……。
この子達も、色々なことで、思い悩むようになるんだろうか。
その頃には俺が、少しでもこの子達の役に立てるような、お兄ちゃんになっているといいな……。
「俺も、成長しないとね」
「十分成長してるわよ」
めーちゃんが笑う。
「さっきの歌。デモの時よりもすごく良くなってた」
俺も忘れていたような事を、覚えていてくれたんだ。
「ありがとう、めーちゃん」
やっぱり君が好きだよ。
だから言わない。
君が大切にしている、この家族の形を守るために。
俺にとっても大切な、弟妹達にとって、少しでも良い兄でいるために。
君の笑顔が曇らないように。
俺がめーちゃん達の為に出来ることは、それぐらいしかないから。
そのためなら、俺の気持ちなんてどうでもいい。
溢れそうになる想いを、熱を、俺はこの夜、胸の底に沈めて、封じ込めた。
次の日からリンとレンは、別々のベッドで眠るようになっていた。
それから数日後、二人は待ちわびる人たちの熱狂の中、見事にデビューを果たした。
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イソギン
ご意見・ご感想
リンちゃんとレンくんが天使でした!聖さんのカイト大好きです!
2013/01/13 01:47:57
聖 京
感想ありがとうです?。カイトがなんか汚れな事やっちゃいましたが、気に入っていただけて良かったです。今回のテーマの一つがはまさに「鏡音'S天使」なので、嬉しいです(笑)
2013/01/13 05:27:41