注意:実体化VOCALOIDが出て来ます。
オリジナルのマスターが出張っています。
カイメイ風味が入って来ると思います。
苦手な方はご注意下さいませ。
ぼんやりと意識が浮上してきたカイトは、両手にあるぬくもりに思わず頬を緩めていた。
手放したくなくて、手を伸ばして、つかみとったもの。繋ぎ止めたいもの。
左手は包み込まれていて、右手は別の存在の手を捕らえたままだ。
「紫苑さん……」
「……わたしを先に呼んだね」
ため息交じりの声に、捕らわれていてくれる手のほうを向く。カイトの視界に苦い笑みを浮かべている紫苑の顔が映った。カイトの隣に座り込んで、つかまれた手を払わずに、じっとしていたのだ。
「紫苑さん……、おはようございます?」
「まあ、もうすぐ日が昇るから、あながち間違いではないね。おはよう、カイト。目覚めはどうかな?」
「あ、えっと、……割と大丈夫です」
紫苑が離れようとするのを察して、カイトは握っている手に力を込める。紫苑が弱りきった顔になった。
「紫苑さん……」
「泣きそうな声を出すものじゃないよ。水を取ってくるだけだから、大人しく手を離しなさい」
「紫苑、さん……」
「カイト」
強い声で呼ばれ、振りほどくように手を振られ、カイトはおずおずと右手の力を抜く。
「勢いをつけたいからといって飲みすぎだよ、カイト。お前はあまり強くないのだから、ちゃんと限界量を認識していなさい」
「あ、わ、すみません」
確かに昨夜は飲みすぎた。その自覚がカイトにもある。素直な謝罪に紫苑が少しだけ表情を緩めた。
「っていうか紫苑さん、まさか寝てないんじゃ……っ」
「まあ、どこかの誰かさんが手を離してくれなかったしね」
「すすすすみませ……!」
うろたえたカイトが紫苑の手を完全に離す。それと同時にカイトの左手が強く握られた。咄嗟に振り向いたカイトは、その手を両の手で包み込んでいるメイコの姿を目の当たりにする。彼女はカイトの隣に横たわって、いまだに夢の世界にいるようだ。
「メイコさ……ん?」
「手放したくないもの、ということだろう」
「う、あ、え?」
現状はどう見ても、メイコのほうがカイトを捕らえている。混乱の最中に放り込まれたカイトを置いて、紫苑は立ち上がった。
「メイコさん……」
「観念して、やりたいことはやっておくべきだということだね」
突然とも思える紫苑の言葉にカイトは目を剥いた。
「っ、紫苑さんっ、あなた何を知ってるん……!」
「カイト、お前に意気地がないことくらい、わたしには良く分かるよ。それに昨日の飲みの暴走っぷりを合わせて考えると答えはおのずと絞られてくるというものだ」
静かに、といわんばかりにカイトの口元に向けて指を突きつけつつ、紫苑が穏やかに言ってのける。カイトは口を開閉させるばかりだ。
「わたしはね、カイト。お前のその感情を好ましく思っているよ。だから、……改めてひとつ、約束しよう」
「……え?」
ふっと笑みを消し、紫苑が真っ直ぐにカイトを見据える。張り詰めた空気に、カイトも慌てて唇を引き結んで、親愛なるマスターの言葉を待つ。
「これから何があろうとも、突然の別れだけは、わたしとお前とメイコの間に起こさせないと誓う」
ぎくっと身体をこわばらせるカイトに、紫苑は今は手を伸ばさない。
「捨てるつもりも見放すつもりもない。ただ、今後わたしが音だけに思いを馳せた時に、お前がどう感じるかは分からないから、あらかじめ言っておく。何を告げる隙もなく、何を残す暇もなく、お前たちを手放すような真似はしない」
「しお……」
「突然失うなんて……もう二度とごめんだしね」
苦い笑みと共に告げられたその言葉。一度目は、事故で亡くなった紫苑の両親のことだろうと、カイトにも見当がついた。だからこそ身動きが取れない。
戸惑いに揺れる青の視線と、哀憫に満ちた黒の視線が、音もなくぶつかり合う。どちらもそらそうとはしない。
凍った空気をゆっくりとほどいたのは、カイトの左手を包むぬくもりだった。
「し、おん、さんっ」
情けなく震える声で呼びかけるカイトを、紫苑は真っ直ぐに見つめ続ける。
「僕は……」
ぬくもりにすがるように。そのぬくもりを守るように。左手でメイコの手を握り返しながら、カイトは声を絞り出す。
「強く、なります、から」
だから、どうか。続けようとしたカイトに紫苑がひとつ、大きくうなずいてみせる。
「ゆっくりと待ってあげたいと、わたしは思っているけれども。時の流れは平等にして残酷だからね」
カイトが唇を引き締めてうなずく。紫苑は腰を上げた。カイトとメイコの繋がった手を見て小さな笑みを唇に刻む。
「ああ、後、わたしが口を挟むことではないだろうけれども」
「はい?」
「準備が整っているのなら早いうちに渡してあげなさい、と告げてはおこうか」
「ってだからどうして分かるんですか?!」
「メイコのためにもね」
簡潔に付け加えられた言葉がカイトの追究を鮮やかに封じた。
こんな形でVOCALOIDの声を奪うなんて紫苑さんは卑怯だ。そんな思いを込めて睨んだカイトの視線さえ柔らかく受け止めてから、紫苑はふたりに背を向けて居間を辞した。
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