「ふあ・・・」
冬の名残がまだ残る午後。
あたし、鏡音リンは大きなあくびをした。
すこしひんやりとした空気が心地よく頬をなで、切りすぎたあたしの前髪を揺らす。
履きなれないヒールで歩きすぎたせいか足が痛くて、あたしは近くにあったベンチに腰を下ろした。
随分暖かくなった日差しを全身に浴び、つい眠たくなってしまう。
「・・・って、違う違う!」
あたしはばっと飛び起き、なぜ今になってこの街に帰ってきたのかを思い出す。


「・・・なにこれ?」
母から渡された小さなメモ。
中を見てみると、汚い字でこう書いてあった。
「・・・『りんの15さいのたんじょうびのひ、ふたりでうめたきのしたであう。いっしょにえきのアイスやさんでアイスをたべる。やくそく。やぶったひとはほっぺつねり』・・・?」
「分かんないわよ。今出てきたんだから。きっと引っ越す前に書いたんじゃない?あんた、なんか覚えてないの?」
「・・・なんも覚えてない・・・。」
「そうなの?ま、今日出てきたのもなんかの縁。約束なんだから、行ってきなさい!」


そのまま家を追い出され、今に至る、ということだ。
「ってゆうか・・・誰と約束したかも覚えてないのに・・・。」
ぶつくさといいながら、あたしは久しぶりに歩く街の景色を眺めていた。
10年はたつというのに、街はまったく変わっていない。
あたしはあたしの家があった場所に行ってみた。
「・・・そのままなんだ・・・。」
表札ははずされていたものの、人が入ったような痕跡はなく、10年前からなにも変わっていない。
あたしは家を後にすると、昔よく遊んだ公園に足を進めた。
適当なところに座ると、すぐ近くに先客がいたことに気づいた。
同じくらいの年齢だろうか、長めの金髪を後ろで小さく結んだ少年は、公園の中でも一際小さな木を見つめていた。
すると、あたしの視線に気づいたのか、こちらを向くと、アイドルのような整った顔で、にこりと笑った。
「こんにちは」
涼やかに響く高めのその声に、どこかで聞いたような懐かしさを覚える。
「こんにちは。・・・あの、その木、何かあるんですか?」
あたしがそう聞くと、少年は寂しげに微笑み、あたしの隣に座った。
「あの木は、思い出の木なんだ。昔、好きだった子と、一緒に埋めたんだ。もう引っ越しちゃったんだけどね・・・。」
少年は静かに瞳を伏せる。
なんだろう。
あたしは、知ってる。この少年を。この木を。昔。約束したことを。あのメモを。2人で帰った夕暮れの影の色を。重ねた思い出を。流した涙と別れの言葉を。
「あ・・・」
小さく声が漏れる。
少年は気づかずに話を続ける。
「その子が引っ越す時に約束したんだ。その子の15歳の誕生日に、この木の下で会うって。今日がそうなんだけど・・・。随分前の話だし、忘れちゃったかなぁ・・・。」
瞬間、あたしの頭の中に記憶がフラッシュバックする。

りん

やくそくだよ

「れ、ん・・・」
口から零れた言葉が震える。
少年の目が、大きく見開かれる。
「・・・リン?」
「っレン!」

あたしは2つ目の約束を果たすために、駅のアイス屋へと向かっていた。
その間、幼いころの思い出話に花が咲いた。
「そうそう!レンが大泣きしてさあ!」
「ええ?それリンじゃなかったけ?」
笑いながら、並んで歩く。
何年ぶりだろう。こんな風にレンと歩くのは。
「はい、レン。」
あたしはレンにダブルのアイスを渡した。
「ありがとう」
レンは少し寂しそうにアイスを受け取った。
「レン・・・?」
その時、大きなクラクションが鳴った。


「・・・ここ・・・?」
あたしが目を覚ますと、白い天井が視界に入った。
「リン!よかった・・・!」
「・・・お母さん・・・。」
涙目で抱きしめる母の肩越しに、あたしはやっと状況を理解した。
レンが、いない・・・。
「っレン、レンは!?」
「・・・レン?・・・あんた、覚えてないの?あの日、レン君は・・・。」


あたしは、大きな花束を抱えて公園の木の下に居た。
「レン・・・。ごめんね。あたし、忘れてた・・・。あの日、レンが、あたしをかばってくれたんだよね。」
そっと、木の根元に花束を置く。
「あたし・・・、約束、守れなかったよ・・・。だからね・・・、ほっぺつねり・・・っ・・・。」
あたしは自分のほっぺをつねる。
頬に雫が伝う。
ひらり、と花びらが舞う。
「・・・レン・・・?」
花びらがいくつもいくつも舞って。
その花びらに隠れて、レンが微笑んでるように見えて。
「・・・あのね、あたし、本当はレンのこと・・・。」


「・・・本当に良かったの?あの子、泣いてるわよ。」
「・・・忘れたままの方が幸せだったかもしれないね。・・・それでも、僕は約束を果たしたかったんだ。」
「そう。・・・あんたは、幸せになれた?」
「・・・うん。約束も果たせたし、ヒールが似合う大人になったリンにも会えた。もう後悔することはないよ。」
「・・・じゃあ、いいのね?」
「・・・うん。ありがとう。」


『さよなら』


あたしは空を仰いだ。
雲ひとつない空に、レンの声が響いた気がしたから。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

君が最期にくれた願いとサヨナラ。

コラボに投稿したものを投下してみたり。

閲覧数:207

投稿日:2011/03/28 10:45:18

文字数:2,128文字

カテゴリ:小説

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