「だーかーらー、あたしは傭兵なんだってば!」
一畳半ほどの広さの牢屋の中。鉄格子のはめられた窓からの太陽の光で薄く輝くショートの茶髪をいじりながら、メイコは語気を若干強めて先ほどと同じ事を繰り返した。彼女の声がこの石でできた監獄の冷たい空間に木霊した。
メイコは傭兵だ。金さえもらえるならどんな戦争にも参加して、ひたすらに殺し合いを繰り返す。そんな多くの人間が嫌悪するような職業の人間だ。
それなりに幾つもの窮地を切り抜けて、それなりに多くの戦いを経験し、そしてそれなりに名も知られるようになっていた。
傭兵という職業には女が少ない。というかほとんどいない。腕力で男性に劣る女性が、それでもはした金のために明日をも知れない命がけの毎日を送ろうとは、普通思わないのだ。そんな仕事を選ぶくらいだったら娼婦にでもなったほうが遥かにましだと誰もが言うだろう。
それでも彼女がこの仕事を選んだのは、単にかつての彼女がそういったことを知らない無知な少女であったというだけの話なのだが。
何はともあれ、彼女は幸運にも何とか今の今まで生き残ることができ、そうして赤い鎧の女剣士といえば「血泥鎧の女帝」とか、「烈火の剣山姫」とかふざけているのだか恐れているのだかよくわからない物々しい呼び名なども戦場で頂戴するようになった。
とはいえ、そんな彼女でも所詮は一人の傭兵。たとえどんなに凄かろうと現在は戦争に負けた捕虜として牢に入れられている。それは仕方が無い。だが、彼女の赤い鎧のせいで自分を捕らえている国に彼らの敵国の――つまりは彼女が雇われていた国の――正規兵だと勘違いされている事も仕方が無い、なんてことは無いと思うのだ。
そもそもの原因は、その国の鎧も赤かったせいなのだ。
確かに彼女もあの国に雇われた際に、なんだか鎧が似ているな、とは思っていた。そもそも赤い鎧なんてもの自体があまり存在しないのだ。が、それがまさかこんな結果を招くとは、思いもしなかった。
「いい加減信じなさいよ!!」
「うるさい、黙れ!自らを傭兵などと偽り、自国を裏切ろうとするなど貴様それでも国を守る軍人か!」
彼女の言葉に、牢屋のすぐ外に立っていた看守が怒鳴り返した。
「だーかーらー、違うって言ってるじゃん!」
繰り返すがメイコは傭兵だ。彼女が戦う理由に国を護る、国のために、などという理由は無い。それはつまり、雇ってもらえるならば、たとえついさっきまで敵であった相手であってもかまわないということだ。
「恥を知れ!大体、仮にお前が傭兵だったとして、金ですぐに雇い主を裏切るような奴を誰が雇うというんだ!」
「うーん、まぁそりゃそうだけど……」
そもそも傭兵なんて人間の多くはそんな奴らばっかりで、雇う側もそれをわかっていて彼らに金を払い危険な戦場へと送り込むのだが。
どうにもこの看守はその辺のことがわかっていないらしい。
「……あんたってすっごいクソ真面目ね。ってか世間知らず?」
「少なくともお前よりは真面目ではあるつもりだ。だが、世間知らずなどではない」
「……はぁ、大体あたしの契約はあの戦いで切れてんのよ。だから別に裏切ったわけじゃないし」
「いい加減黙れ。どんなにそれらしく話したところで、お前があの国の正規兵であることに変わりは無いのだからな」
「あー、もー」
牢屋で頭を抱えるメイコがここまで必死に傭兵であるとアピールしているのには、当然理由がある。
メイコが先の戦争で雇われていた国や、現在囚われているこの国を含めた幾つもの小国がひしめくこの半島に隣接している、とある大国が奴隷という制度を放棄してからかなりの期間がたっている。今の時代、この辺りの小さな国々でも奴隷という存在はかなり少なくなってきているのだ。
かつての敵国の捕虜を奴隷として扱う慣習もほぼ完全に無くなっている。
では、現在では捕虜の扱いがどのようなものになったかというと、五年間、囚人として監獄に入れ、最低限の衣住食を保障し、労働力として働かせた後、彼らの母国に送還するという昔の捕虜の扱いから考えれば、遥かにましな扱いとなっている。確かにその間に病気などで死んでしまうものもいる。だが、それでも最低限の人道的な扱いはされるので、ほとんどの兵士は無事に自国へと戻れるようになった。
では一方、捕まった傭兵はどうなるかといえば、先にもあった通り、彼らの多くは金さえもらえれば誰にでも雇われる為、大抵はその場でその国と契約を結ぶことが多いのだ。実際、先の戦争に参加していたメイコ以外の傭兵たちは皆そうなっている。
どんなに捕虜の扱いがよくなったからといって、五年間牢屋で寝起きして働き続ける扱いと、その場で即釈放され、その上本来の自分たちの仕事もできる扱い。メイコとしては当然後者がいい。
「どうしよっかなぁ」
牢屋にはめ込まれた鉄格子の窓から白い月の光が差し込み始めた頃、メイコは地べたに座り込みながら未だぼんやりと思考を続けていた。
このまま五年間もこの国で捕虜をやるなど彼女はさっぱりごめんだ。だが、ここの看守はどうも自分が傭兵だということを頑なに信じようとしない。つまり、このままでは確実に彼女は五年間の囚人生活を送ることになってしまう。そこから逃れるには……。
「脱走するかな……」
ポツリと、この場に看守でもいたらそれどころではなくなること間違い無しの単語を口にする。
もっとも現在看守は見回りに出ていて彼女の声を聞く者は周囲の牢に閉じ込められている捕虜たちだけだ。が、彼らは彼女とここに来てから一切口を利いていない。
「んー、だとしたら明日になるのかな。まぁ、どうにか武器さえ奪えれば……」
ほぼ確実に脱走できる自信が彼女にはあった。
看守の腰についていた警棒、あれさえあれば充分だ。たとえ手錠をしていたとしても問題ない。
そんなことを彼女は徒然と考えていた。すると、フッと突然に牢屋の外、それも彼女からギリギリ見えない位置に気配が現れたのを彼女は感じた。
それはつまり、その位置に来るまで彼女に自身の気配を悟らせないような奴がそこにいるということで、そんなことが出来る奴はそうそういないことを彼女は知っていた。
早い話がとてつもなく強い。少なくとも気配を消すということに関しては最高峰の実力を持つ。そんな奴がそこにいることになる。看守ではない。それは今日一日彼を見てわかっていた。では誰が。
そこまで考えたところで不意に、その何者かがいる場所からギリギリ彼女の手の届く位置にに金属の物体が放り出された。それは硬い灰色の石の床にぶつかってチャリン、と音を鳴らした。
「は?」
そこにある物体を見て彼女の思考が一瞬停止した。
それは凹凸のある無数の棒状の金属が片端に空いた丸い穴に金属の輪を通され、一つにまとめられている物体。早い話がカギ束だった。
目の前のそれを見て、瞬時に罠の可能性を考えたが、正直今牢に入っている自分に罠をかける様な相手は思い当たらないし、感じていた気配はまるで罠でないのを教えるかのように、気配を消さずにその場を立ち去っていった。
「何なのかしら?……まぁ、出られるんだったらありがたいけど」
首を傾げつつも、彼女は手を伸ばしてカギ束を拾うとそのまま自分の牢のカギ穴に合うカギを探して、ガチャリと牢の扉を開けた。
「ん~久々の娑婆の空気」
下らないことを言い、伸びをしながら牢から出る。そして、周囲を見回すと自分の入っていた牢の隣に囚われている捕虜に、
「使う?」
とカギ束を差し出してみる。しかし、そこに入っていた三十前後の男は、信じられないものを見るように、恐怖に目をむき、フルフルと首を振るばかりだった。
それを見て嘆息しつつも、そういえば、カギ束を放った奴の気配は彼らにはまったく感じられなかったのかもしれない、と彼らの驚愕の視線の理由を考える。
「じゃ、このカギはここに置いておくから」
口をつぐみ続ける男にそう言って、カギを先ほどの彼女がされたようにギリギリ手が届く範囲に置き、その場を去った。
「さてと……これからどうしようかしら?」
気配を殺し、それなりに慎重に通路を歩きながら彼女は考え込んでいた。
彼女は先の戦いで、突如彼女の雇っていた国の兵士が跡形も無く灰燼となったのを見ていた。正直、あの謎の攻撃――それが兵器によるものなのか、もっと別のものなのかは彼女にはわからないが――がある限り、どう考えてもこの国がこの半島内を統一してしまうことは目に見えてる。いや、へたしたらそのまま大陸内の大国たちすら負かして、この大陸全土を手にすることすら可能かもしれない。
それくらいあの攻撃は、ありえないものだった。あんなものを一国が所有しているなど考えただけで背筋に冷たい何かが走る。確かに、彼女も噂という形でそういったことについて耳にもしていた。
曰く、あの国に攻め込んだ国はその全てが悪夢のような業火によってそのことごとくがそこにいた全ての兵を失っていると。
曰く、あの国には悪魔がいて、そいつが他国の兵士を焼き払い、喰い散らかすのだと。
曰く、あの国はもはや他国が理解することなど到底不可能な呪術技術というものを手にしているのだとか。
曰く、曰く、曰く。
馬鹿みたいな話がそこらじゅうでひそひそと、声を潜めて囁かれていた。メイコはそんな話は毛頭信じる気は無かった。だが、それでもこの国について不吉な噂がとめどなく溢れていることにが気に掛かった。
傭兵は身軽だ。そして危険を危険とも思わないような輩も少なくは無い。メイコは別にそのような気質はあまり無いつもりなのだが、好奇心はかなり強いほうであるという自覚はあった。その結果だろう。彼女はこの国の周辺の国々で未だこの国にやられたと聞かない国を探し出し、丁度戦争を起こそうとしていたところに便乗したのだ。
そして、その結果がこれだった。
「ふう」
収容所から脱出して、夜風に当たりつつ一息を吐く。辺りを見回せば意外なことに隣にはおそらくはこの国のものであろう城が建っていた。このような場所は普通城の近くには建たないと思うのだが。というか、よくよく見てみるとここは城の敷地内のようだった。城があるのと反対側を見ると、そこには十数メートルは間違いなくある城壁が見えたからだ。
「なんなの、ここ……?」
取り敢えず適当に移動を続けながら、木陰で考えをまとめることにした。
正直、メイコは今でもこの国で傭兵をやりたいと思っている。はっきりと勝ち負けがわかりきっている状態なのに、負ける側につくのはごめんだ。あれだけの力を一国が持ってしまえば、後はどうなるか、子供だって考え付きそうだ。行き着く先は決まっている。
戦争だ。
それも一国同士が牽制しあうためのようなものではない。確実に、本気で、他国を侵略しようという、どこまでも救いようの無い長い戦争だ。誰が嘆こうと怒ろうと喚こうと叫ぼうと、どうしようもない巨大な戦乱の波がまもなくこの半島、いや、大陸全土を覆いつくすだろう。
彼女はそれに何も言わない。嘆かない怒らない喚かない叫ばない。戦争が起こるのはどうしようもない。彼女はそう考えて生きてきた。
だからこそ、彼女はなんとしても、この国で傭兵をやりたいのだ。
「とはいえ、流石に脱走までして……無理かしらね」
結局誰が自分を助けたすらわからない。この国の人間だったのか他国の人間だったのか、それすらわからない。
「どうしたもんかな……?」
空を仰ぐように見上げたその時、城から突き出したテラスに、縄を引っ掛けて、するすると登っていく人影が見えた。階数はおそらく三階くらいの位置だろう。
「……、……!!」
その時彼女の頭の中で、チクタクチクタク時計の針のような音と、しばらくしてピコーンという音が鳴り響いた。
城に忍び込む人影→暗殺者→城に住む誰かの命の危険→助ける→感謝→好待遇での雇用!!
「よーし、チャンスは今しかない!!」
随分と都合のいい解釈で最後の解答にたどり着くや否や、彼女は常人から見ればありえない速度で地面を駆けていった。
「場所は大体把握したしそこらの窓から入っちゃえばいいわよね。後は……狙われている人が殺される前に辿り着けばいいけど」
ポツリと呟きながら、彼女はあっさり手近な窓のガラスを破って、城の中へと侵入していった。
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