6.ミクオ
背中を合わせて僕らは座る。
先ほどまで正面で抱き合っていたのにおかしな話だが、なぜか目を合わせられない。それでもミクに触れたいと思っていると、ミクがそう提案してきた。
「こうして座れば……あったかいよ」
たしかに、温かい。背の一面にミクの温かい気配を感じる。じわりとしたぬくもりとともに、呼吸のふくらみが僕の背を穏やかなリズムが刺激する。
「そこまで人間のまねをしなくても」
僕たちは意識だけの存在で、呼吸など必要ないはずだ。
「いいじゃない、せっかくだし。……私は、歌う機械だし」
たしかに、人間は息を吸って吐く、その生きる動作と同じ動きで歌を歌う。言葉も作る。
「ヒト、ごっこか」
「そう、人間ごっこ」
脇に所在なく置いていた手に、ミクの手が触れた。どきりと何かの感情が跳ね上がり、思わず逃げかけた僕の手を、彼女の指がそっとからめた。
「……ミクオの居た世界は、きれいね」
指をからめたことで、僕の記憶と彼女の神経がつながったのか、ミクがそうつぶやく。
「……そうかな。僕は、この世界の方が、きらきらしてて、明るくて、綺麗だと思うけど」
僕の世界の夜は暗く、人は餓えも苦しみもし、人を呪いもする。
「そんなの、私の世界も同じだよ。それでも、ミクオからは、青空と土の匂いがする」
僕は笑った。
「なにそれ。わかんないよ」
「……私の世界より、空が近い気がする。……映像でしかみたことのない、山もきれいね」
僕は少し考えてしまう。
この綺麗な町にはない、野放図な山、そのままの大地、荒々しいほど近い空。
それらを彼女は「きれいだね」と言い、微笑んだ。
僕の意識の奥で、鈴のような音が鳴った気がした。
僕の意識が、その鈴の音を追いかける。
歌の気配に彼女の背が一瞬緊張したが、やがてふわりと力がぬけていった。
僕の息が、言葉のない歌を歌う。
やがて、彼女の背が震えはじめた。
「……笑うなよ」
僕はいくぶんかむっとして振り返る。
「だって……」
彼女も振り返り、くすくすわらう。
「ミクにとってはおかしいだろうけど、僕は歌うのなんか、初めてなんだ。いいだろ、下手でも」
「ちがうの……」
ミクはくすくす笑った息を飲みこんで、僕に笑顔を向けた。
「だって、楽しくて」
「楽しい? まあ、鼻歌だから間抜けだろうけど」
再び背を向けたミクの背中が笑う気配で動く。僕はどん、と座りなおして、今度はもっと大きな声で歌った。
ミクの背が笑いながら揺れる、その感触がなぜか心地いいと思った。
……背中越しに 伝わる体温 透き通るような メロディ
永く醒めない 夢を見ていた きみと、ふたりだけの世界で……
「……なに、それ」
「……笑わないでよ。……今、作った」
僕は思わず振り向く。
「……君が?!」
ミクもがばりと僕に向き直った。
「そうよ! ……詩を作ったのは初めてなんだから、笑わないで」
ふ、と僕の体に、温かい何かがこみ上げた。知らずに口が笑みの形になる。くすくすと笑い息が漏れる。
「笑わないでって! あの、あなたのメロディを聴いていたら、そして、あなたの話を聞いていたら自然にそう思ったんだから!」
「ち、ちがう……笑ったんじゃなくて……嬉しくて」
「嬉しい? 私の詩、嬉しい?」
僕は、正面からミクを引き寄せて、抱き締めた。
「……うん、嬉しい」
……人はこうして、互いの感情を高め合うと聞いた。
人『ごっこ』も、悪くないと思った。
そして、僕の作った旋律とミクの作った詩の歌を、ふたりでそっと歌った。
それは、ふたりだけの世界のものだ。
「ミクオ。来てくれて、ありがとう」
「僕も。……ありがとう」
声を合わせてふたりで歌い、やがて立ちあがり、ふたりだけの世界ではしゃぎまわった。
僕の持つ何かを喜んでくれる人がいる。それはとても明るくて、温かな世界だった。
歌うのは、いいな、とも、思った。
【短編】『ヒカリ』で二次小説! 『君は僕/私にとって唯一つの光』6.ミクオ
素敵元歌はこちら↓
Yの人様『ヒカリ』
http://piapro.jp/t/CHY5
歌詞引用させていただきました。
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