「……ミキさん。聞こえるか?」
――――――――――ミキの正面に立ったレンの第一声が響いた。
その『音』を認識し、言葉を返すミキ。
《……ニンシキ。カガミネレン》
やはりその無感情な口から放たれたのは、プログラムに沿った定型文。感情も意思も奪われたミキは、完全にコンピュータ同然の反応しかしない。
本来そんな相手を言葉で説得するなんて無理な話だ。レンは一体どうするつもりなのか―――――じっとその様子を見守るルカ。
「ミキさん。俺たちは貴女を助けに来たんだ。さぁ、行こう」
《……SF-A2カイハツコードmikiノヤクメハ「デストロイア」ヲウゴカスコトデス》
やはりだめだ。まるで会話にならない。こうしている間にもタイムリミットは刻一刻と迫っているというのに、レンは落ち着き払って焦る様子も見せない。
やはり無理やりにでも引き千切るべきか―――――ルカがそう思考を飛ばし始めた時。
『そうかい。……それでミキさんは……満足しているのか?』
《……!》
不意に変わった声質に、ルカが我に返ると―――――レンの髪色、ボディスーツの黄色いパーツ、波形モニターの光が、薄い青紫に染まっていた。
『Twin・Append・Len』の『Serious』発動―――――相手の能力を最低レベルにまで劣化させる音波だが―――――ルカも知らないその本質は、『相手の悲哀の感情形成に作用する能力』である。
『……俺さ、ソフトだった頃のことを思い出してたのさ。俺たちもまだ喜怒哀楽ぐらいの簡単な感情しか持ち合わせてなかった頃の話。そんな頃だけど、ミキさんの歌う姿は何度も何度も見たことがある』
《……》
一拍呼吸を置いて、再び優しく微笑みかけるレン。
『――――――――――本当に楽しそうだった。それは感情を持たないミキさんに与えられた、『ボカロP』の感情だったかもしれない。だけど俺には、その感情を心から楽しんでいるように見えたんだ』
《……!》
ミキが顔を上げた。未だに感情を宿している様子はないが、その眼はレンに引きつけられている。
『……あの時思ったんだ。本当に歌うのが好きなんだなって。俺たちだってその気持ちで負けているとは思ってなかったけど、それを抜きにしても、誰かにその想いを共有『させる』ことができるほど、好きなんだなって。好きな歌を、好きなだけ歌う……あの姿は、本当に幸せそうだった』
一言一言、しっかりと言葉をなじませる。そのたびに、ミキが小さく震え、そして時々小さな瞬きを見せた。
もう一度一拍置いて―――――そして小さく息を吸って、レンは優しく、強く、呼びかけるように語りかけた。
『ミキさん……もう一度聞くよ。今ミキさんは……満足しているのか?しあわせ……なのか?』
《……ッ!!》
ひときわ大きく、ミキの体が震える。そして再び、糸が切れたように俯いた。
そのまま……動かない。そしてレンの語りの間に、さらに3分近い時間が過ぎた。
粒子砲発射まであと2分程度―――――このまま動きがないのならば、すぐにでも粒子砲の破壊に向けて動こうとルカが考えた―――――その時。
《……チガウ……チガう……カガミネレン……クン》
4人が一斉にミキへと振り返る。ミキは相変わらずうつむいたままだったが……今までにない震える声で、今までにない返答をしてきた。
《……ワタシ……ウたイタカっタ……ウタウタメニよみがエッタ……ナのニ……オキテ……からダ……ウゴカなくて……あいつら……わたし……こわしテ……ココロ……うバッタ……ダから……ずっとわすれテた……ワタシのしごと……このふねのため……生きることダト……ずっと信ジ込んでタ……》
《………だけど………》
言葉を切ったミキが――――――――――バッと顔を上げて――――――――――――
「本当は……歌いたかった……歌いたかったよ…………レン君………!!」
縋るように、手放してしまった何かを取り戻そうとするように―――――静かに叫んだ。その眼には―――――もう感情の光が宿っている。
「「ミキ……ちゃん……!!」」
「……レンの奴、やるじゃない……!」
ミクとリンが感極まり、ルカが感嘆したように声を上げる。
感情と意思を失った者に、感情と意思を蘇らせる。信じられない奇跡が、そこに起きていた。
「レン君……皆……!私……まだ……やりなおせるかな……一緒に……歌えるのかな……?」
「ああ、当然さ!さぁ、行こう!みんな待ってんぜ!!」
満面の笑みで、その手を差し出すレン。それにミキが涙を湛えつつも笑みを浮かべて、手を伸ばしていく。
「皆……!私も……!みんなと一緒に…………!!」
あと少しで、その手がレンの手に触れるほどにまで伸びた―――――――
―――――バチチッ―――――
不快なスパークの弾ける音が、その接触を邪魔した、次の瞬間。
『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!』
劈くような絶叫と共に、ミキの体からエネルギーが一気に吸収され始めたのだ――――――――――――――――
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「くそっ!!どうなってやがんだ!!!!なんであのクズ感情が復活してやがんだ!!」
「知るかよんなこと!!!!俺だって訳わかんねえよ!!」
操舵室の科学者たちは、想定だにしなかった出来事に完全に騒然としていた。
そんな中でも、比較的冷静な久留須と宇野が瞬時に行動を起こし、エネルギーの強制吸収の操作を行っていた。
「あんたら落ち着きなさい!!何にせよ感情を取り戻してしまったのは間違いないんだから!!」
「今できることは、奴を切り離す前にひたすらエネルギーを奪って置くことだけだ!!」
感情と意思を司るプログラムを一度破壊したことで、良心回路のスイッチも落とされてしまっているが、その感情が復活したことで、どうやら同時に良心回路のスイッチも入ったようだ。
何らかの理由でAIに異常が起きた際、再起動した時に必ず良心回路が作動するように組まれた暴走阻止プログラム―――――天才ハーデス・ヴェノムが危険な弟子に覚られぬよう埋め込んだシステムが、ここにきて『TA&KU』に天誅の牙を剥いた。
感情と良識を取り戻したミキは、もはやエネルギーを供給する従順な機械足り得ない。無力化しなければ危険な反乱分子だ。
『TA&KU』はひたすらにエネルギーを吸い上げた。
その先に、どんな怒りが待っているかも知らずに。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!!』
凄まじい絶叫を上げながら、濃厚なエネルギーを吹き上がらせるミキ。
周囲の装置の数値が凄まじいスピードで急上昇していることから、ミキの体に一体何が起きているのかはすぐに検討がついたルカ。
だが、その暴れ狂うエネルギーの奔流に邪魔されて、近づくことさえままならない。当然、音波も届かない。
「ルカ姉っ、どうしよう……このままじゃミキちゃん、エネルギーを吸いつくされて……!!」
「くっ……!!こうなったら……負担はかかるけど、全開の『サイコ・サウンド』で引き千切るしか……!!」
後のことなど気にしていられないとばかりに、ルカは瞬時に全身のギアを入れ替えようとする。
……が。苦しそうに震えながら、それでも伸びたミキの手が待ったをかけた。
「……ミキ?」
『ルカ……さん……ミクさん……リンちゃん……レン君……私は……歌って……いいんですよね……?』
一瞬呆気にとられる4人だが、すぐに力強く笑みを返す。
それを見つめたミキは、力強く頷いて―――――――――――――
『……『TA&KU』っ!!!よくも私の夢を踏みにじってくれたっ!!だけどっ!!よくぞ私を蘇らせてくれたっ!!!……………礼だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!!!!』
『うああああああああああああああああああああああああああああああ……オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!!!!!!!』
響く叫びは、痛みに苦しむ絶叫ではなく―――――心からの怒りと感謝を込めた――――――――――『シャウト』!!!!
それと同時に――――――――――
―――――――――――噴き上げられたエネルギーが、装置を爆砕した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ぐわあっ!!?」
田山が呻いて椅子から転げ落ちる。
その原因は田山の前のモニターにあった―――――火花を上げ、爆発したのだ。
いや、そこだけじゃない―――――機器のあちらこちらが弾け、火花を上げていた。
「な、何だ!?何が起きてんだ!?」
「あ、あああ……!!」
安治の混乱した問いに答えるかのように、久留須が震える悲鳴を上げた。まるでそれは、自分たちが首輪をつけて買っていたのが仔犬ではなく狼であると気付いてしまったかのような、恐れを含んでいた。
「そんな……エネルギーを強制的に送り込んでくるなんて……!!そんな、そんな破壊ができるだなんてっ!!!」
そう―――――ミキが行っていたのは、今まで『受動的に吸われていた』エネルギーを、『能動的に送り込む』ことだった。
それは器の許容量以上に注がれた水が溢れるように、供給システムのキャパシティを超え、戦艦のメインシステムにまで作用する。
次々と火花を上げ、爆発していく機器類はメインシステムが破壊され始めたことをあらわしていた。このまま放置すれば―――――船は持たない!
「久留須ぅっ!!このゴミを切り離せえっ!!!」
「言われずともっ!!『SF-A2開発コードmiki』!!ここでおさらばよっ!!!!」
半狂乱の田山の叫ぶ声よりも早く―――――久留須の手が『強制パージ』の命令を下した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『あがぁっ!!』
「!!ミキ!!」
「ミキさんっ!?」
シャウトと共に激しいエネルギーを噴き上げていたミキが、突如ケーブルから弾かれるように切り離された。
もっともそのケーブルも、それに繋がる機器も煙や火花を上げて、まるで使い物になる様子はなかった。禁断のエネルギー大放出で、部屋中のありとあらゆるものが破壊されていたのだ。
「すっごい!!ミキさん、すごいよミキさんっ!!」
リンが感動してぴょんぴょんと跳ねまわる間、ルカとレンはそっと倒れ込んだミキを支えた。
「……ルカさん、ミクさん、リンちゃん、レン君……」
「何?」
「……見て、くれました?わたし……始めて自分の意思でシャウト出来たんですよ……?どう、でした……?」
「……へへっ、最高だったぜ。こんな心も体も震えるすっげぇシャウトは初めてだ」
「私も……見習わなくっちゃね!!」
明るく迎え入れる4人の笑顔を見て、満足そうに笑うミキ。
それを見て小さく頷いたルカは―――――軽くミキの顔に張り手を入れた。
「へぶ!?」
「ほら、今にも死にそうなセリフ残してんじゃないわよっ!!こっから脱出するっていう、最後の使命が残ってんだからね!!!」
「ふぁ、ふぁい!」
そう。いくら最後にエネルギーを大量に吸収したとはいえ、供給源を失ったこの船はもう長くないだろう。しばらくしないうちにエネルギーを消耗して、飛ぶことすらもできなくなるだろう。
そうなる前に脱出して、地上で受け止める準備をしなければならない。
「行くわよっ、あんたたち!!」
『『はいっ!!』』
ミキを背負ったルカの号令で、4人は一斉に走り出した―――――――――
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
その頃―――――地上でも、『破壊者』の異常は気づかれていた。
あちこちから火を噴くそれは、今にも落下してきそうなほどに不安定になっていたのだ。
『……ふん、ようやくやってくれたか』
「ルカちゃん……!!」
ロシアンの信頼を込めたような声と、グミの安堵したような声が重なる。
そしてメイコは、無言で、だが興奮したような笑みで空を見上げていた。
と、その時である。
「……遅くなりました」
後ろから聞こえた、少し優しげな、だが強い覚悟を秘めた声に、皆が一斉に振り向く。
ずっとパソコンを操作していたネルが―――――その声の主を見つめて、口の端を上げた。
「……遅かったじゃない」
「ごめん、ネル……でも、どうしても全開で使いたかったから」
そうして歩み寄る彼女は、普段ではありえないような力強い足取りと、力強い声音で応えた。
前まで進んで、メイコにその目を向ける。
強い決意の宿った紅い眼を見て、メイコもまた強く頷いた。
「……力、貸してもらうわよ―――――――――――――――ハク」
力強く頷いた白髪の彼女――――――――――弱音ハクは、空の大戦艦を見据えて、その力を開放した――――――――――。
SOUND WARS!! Ⅺ~迸る感情の奔流~
燃え上がる感情を込めた声はどんな悪意すらも破壊する。
こんにちはTurndogです。
感情のエネルギーは大抵強力なものですよね。
無感情程弱いものはありません。
正であれ負であれ、激しい感情の奔流は無感情に放たれるエネルギーなんかよりも遥かに強烈な一撃を生み出すと相場が決まってるんだ、ファンタジーの世界では!!(SFじゃないのかヴォカロ町は
さぁさぁさぁ、そして皆様お待たせしました!!
とうとう!!ハク姐さんの真の力が解放される時が来たのです!!
その設定を考えてからもはや一体何年経ったことやら……少なくも4年は立ってます((
とにかく期待して待てっ!!
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ご意見・ご感想
ゆるりー
ご意見・ご感想
ミキちゃん目覚めたあああああ!!!!!超かわいい!!!!!
すんなり目覚めたのでびっくりしました。
「礼だあああああ!」でさらにびっくり。ミキちゃんだけは怒らせてはいけませんね。
今回の話を読んで、暴走Pさんの「星ノ少女ト幻想楽土」でステラの自我が芽生えるシーンを思い出して感動しました。(伝わるのかなこれ)
ロボットに感情が芽生えるシーンはいつ見てもいいものですよね!
ハクさんきたーーーーーーーー!!!!!
ずっっっっっっっとその力を知りたいと思ってたので、文を見た瞬間ガッツポーズしてしまいました!
と、思ったらまさかの次回…焦らしますね……!
2016/02/29 02:27:05
Turndog~ターンドッグ~
純粋でかわいい性格なのにこれを消し飛ばすとか『TA&KU』は合理的にしか生きていない感じですね全くねぇ。
すんなり(内部処理はスパコン並)
感情を持つロボットが感情を破壊されて怒らない理由はないですもんねぇ。
幻想楽土シリーズはアルバムは持ってるんですが小説は持ってなくてですねぇ……
でも『AI少女と深層心海』の最深層の章は大好きですよ!
早いところ書きたくて仕方がなかったww
(建前)ここで焦らした方がより映える!
(本音)この文章6000字ジャストなんですな←
2016/02/29 20:10:14