それから、どれだけが経過しただろうか。食事が終わった後も飲むのをやめる気になれず、俺たちは居酒屋に移動して飲み始めた。結果として……。
「あたしはどうしようもないダメ人間なんです……」
 弱音はグラスを傾けながらぼろぼろ泣いていた。酔っ払うと涙もろくなるタイプらしい。
「だ~か~ら~、決めつけるなって!」
「でも、あたし、小さいころからできが悪くて。そのせいで妹まで苦労することになって……」
 弱音って妹がいるのか。今まで情報がさっぱり入ってこなかったから、些細なことでも知ることができると嬉しい。
「妹がいるんだ。似てる?」
「全然……あたしよりできがいいんです」
 なんじゃそら。……カイトのとこみたいな感じなのかな。カイトのとこは、マイコ姉とカイトは成績良かったけど、間に挟まれた帯人兄はぱっとしなかった。帯人兄が音楽なんかに走ったの、それが原因のような気がする。
「もしかして優等生のお姉さんとかがいたりして~」
「なんでわかるんですか……いますよ。嫌になるくらい優秀な人が……」
 げっ、そこまで一緒なのかよ。唖然とする俺の前で、弱音は相変わらずしくしくと泣いている。
「美人で成績が良くて素行のいい姉なんてほしくなかった……妹だってあたしよりできるし……何より嫌なのは、あたしは姉さんのせいで散々苦しんだけど、妹はあたしのせいで苦しんでるってこと……」
 ……おいおい。酒のせいとはいえ、なんかヤバいこと言い出したぞ。
「兄ちゃん、連れを泣かしちゃいけないよ」
 近くのテーブルで飲んでいたおじさんが、俺に声をかけてきた。確かに、傍から見ると、俺が泣かしているように見えるんだろうなあ。
「……この子、失恋したんだ」
 仕方がないので適当なことを言う。今泣いているのは失恋のせいだけじゃないけど、まあいい。
「ほ~、それで、兄ちゃん、慰めてやろうとしてたのか」
「そんなとこ」
「健気だねえ、兄ちゃん。頑張りなよ」
 そう言うとおじさんは、席を立って行ってしまった。健気、ねえ……。こういうの、健気って言うんだろうか。
 って、あれ? なんか静かになってるぞ……あ。
 気がつけば、弱音はテーブルに突っ伏してスヤスヤと寝息を立てていた。
「おーい、弱音」
 頬をつついてみる。起きる気配がない。参ったな……かなり飲ませてしまったから、潰れるのも仕方ないんだが……。
 いくらなんでもこのままにはしておけない。かといって送っていこうにも、俺は弱音がどこに住んでるのか知らない。俺はまだ実家住まいだし、それ以前に家に連れ込んだことがバレたら、マイコ姉のお仕置きが待っている。
「弱音、弱音ってば」
 頬をぱしぱしと叩く。「うーん……」と唸った後、また寝てしまった。完璧に困ったぞ。
 俺はため息をつくと、携帯を取り出した。背に腹はかえられない。登録してある、マイコ姉の番号にかける。幸いまだ寝てなかったようで、すぐに出てくれた。
「もしもし、アカイ? どうしたのこんな夜更けに」
「あ……うん。マイコ姉、ごめん」
 怒られるだろうから、まず最初に謝っておく。マイコ姉が、電話の向こうで怪訝そうな声をあげた。
「なに? 何かあったの?」
 俺は深呼吸をした。やっぱり、言うのは覚悟がいる。
「マイコ姉のところで働いているあの子。弱音ハクさん。今日駅であの子とばったり会って……」
「ハクちゃんが、何?」
 うわ……マイコ姉、声が険しい。俺もかなり酔ってるんだけど、その酔いも吹っ飛びそうだ。
「会ったというか、絡まれてるところを助けたんだよ。で、その流れで食事することになって、で、更にその流れで飲むことになって、その結果、向こうが潰れた。今、俺の目の前で寝息立ててる」
「……わかったわ、すぐに迎えに行く。場所はどこなの?」
 さすがというか、何というか、話が早い。俺が店の場所を告げると、マイコ姉は電話を切った。ああ、後が怖い。でも、このままにしておくのはもっと怖い。
 俺は、目の前で潰れている弱音を見た。もう一度頬をつついてみる。やっぱり起きる気配はない。ため息をついて、その寝顔を眺める。
 ……そんなにしないうちに、マイコ姉がやってきた。眉間に青筋が立っているように見えるのは、気のせいじゃないだろう。
「今日は晩酌しなかったから、車で来たわ」
 そう言うと、マイコ姉は弱音を助け起こした。弱音はそれでも寝ている。
「アカイ、あんたはお勘定してきなさい」
 へーいと答えて、俺は伝票を手にレジに向かった。二人して結構飲んだな……ま、いいか、これくらい。
 勘定を済ませると、俺は弱音をマイコ姉の車に積み込むのを手伝った。さすがのマイコ姉でも、人一人運ぶのは結構大変なんだ。特に意識を失っている人間ってのは、運びにくいもんだし。
「マイコ姉は、これからどうするんだ?」
「今日は遅いし、あたしのところに泊めるわ。ハクちゃんの家、かなり遠いのよ」
 そうなのか。俺は潰れている弱音を眺めた。後部座席で、相変わらず寝息を立てている。
「……自制したのは褒めてあげる。それじゃ」
 マイコ姉は運転席に乗り込むと、ドアをバタンと閉めた。エンジン音が響き、車が俺の視界から消える。
 派手に怒られなかっただけ、良かったのかな。名前も聞き出せたし、話もできたし。結果的にはメリットの方が大きかったって、そう考えることにしよう。
 でも、やっぱり面白くないんだよな。あの子の中では、未だにゴミがのさばってるってのが。


 その次の日。俺の携帯に、一通のメールが届いた。差出人は「弱音ハク」となっている。
「昨日はすいませんでした。どうしようもない話ばかりした上に、潰れて迷惑かけて……アドレスはマイコ先生に教えてもらいました。本当にごめんなさい。それだけ伝えたかったんです」
 酔いがさめたら、我に返ったらしい。気になることは、たくさんあった。ゴミのことは、忘れられそうなのかとか、色々。
 でも、あまり詮索されるのも嫌がりそうだよなあ……。癪だが、マイコ姉が言うとおり、弱音は問題を抱えているようだ。
 悩んだあげく、俺はまたマイコ姉にかけた。マイコ姉が、電話に出る。
「アカイ、どうしたの?」
 普段の口調だ。怒ったりはしていない。
「弱音からメールもらった。アドレス教えたんだって?」
「別に教えてもいいでしょ」
「俺は構わないけど、散々俺を近づけまいとしてたじゃん」
「……ハクちゃんの方が知りたいって言ったからよ」
 マイコ姉らしい返事だ。俺は携帯を手に、考え込んだ。
「マイコ姉、どう思う?」
「何が?」
「弱音、過去の失恋を忘れられると思う?」
 電話の向こうで、マイコ姉はしばらく黙ってしまった。返事を考えているんだろう。
「忘れられるかどうかじゃないの。自分の中で、気持ちを昇華させられるかどうか、なの。それができない限り、ハクちゃんは先には進めない。ただね……あんた、三年の間ずっと、ハクちゃんを追いかけてたでしょ。だったら、もう何年か待てるんじゃないかって、あたしも思ったわけ。多分後三年したら、また状況も変わるでしょうし」
 マイコ姉が何を言いたいのかがさっぱりわからない。
「どういうこと? わかるように説明してくれよ」
「今はわからなくていいの。あんたの気持ちが変わらなければ、状況が変化した時にはわかるようになってるだろうから」
「俺は謎々は嫌いなんだよっ!」
 電話片手に絶叫する。マイコ姉が笑う声が聞こえて来た。
「まあとにかく、そういうことだから。じゃあね」
 何か言う前に通話は切れた。あ~、ったくもうっ! なんなんだよマイコ姉は。俺は面白くない気持ちで、手の中の携帯を眺めた。
 ……あ、いけね。弱音に返信しておかないと。でも、何を書こう。
 色々考えたけど、俺が返信したのは、こんな内容だった。
「俺なら平気だ。それより、『友達』になれるか?」

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  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ロミオとシンデレラ 外伝その二十九【その心の中に】後編

 アカイは完全に誤解していますが、ハクが言っているのが誰のことかは、前回を読んでる人にはおわかりでしょう。

閲覧数:873

投稿日:2012/06/24 00:18:01

文字数:3,249文字

カテゴリ:小説

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  • 水乃

    水乃

    ご意見・ご感想

    こんにちは、水乃です。

    そう言えば、もう三年たっているんですね。水瀬さんも言っていますが、三年も粘れるアカイはすごいと思います。

    この中でも出てきていますけど、カイトたち兄弟とハクたち姉妹は色々と似ていますよね。上と下ができて真ん中は普通という感じが。だけど、その後が全然違うのって、親とか家庭事情で変わるんですよね。そう思うと、ハクたちのお父さんって色々とすごいと思います。

    2012/06/24 06:11:47

    • 目白皐月

      目白皐月

       こんにちは、水乃さん。メッセージありがとうございます。

       水瀬さんへのレスでも書きましたが「反対されたせいで余計燃えた」というのがあるんですよ。まともに話もできないで諦められるかと……。

       カイトのところは、親は割と一般的な人たちなので、これくらいで済んでいるようですね。あそこは上の二人がちょっと特殊な事情抱えてるので、それがなかったら、もっとノーマルな家庭だったでしょう。もっともマイコ先生にせよ帯人にせよ、好きでああ生まれたわけではないので、どうしようもないのですが。
       リンのところは、お父さんもアレなんですが、二人の実母もかなりひどいというか……。

      2012/06/24 23:18:33

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