[第19話]~桜
 「連は元気にしてるかなあ。」
誰もいない病室で、一人で呟く。

 私は、1週間昏睡状態に陥っていたようだ。
私がこちらに戻ってきたのが3日前。
むこうで、1年暮らしていたと思ったけれど、こちらでは1週間しか経っていなかった。
浦島太郎と逆だ。

 私の意識が戻ったというのを聞いて、親戚の人が度々お見舞いに来る。
その時、言葉遣いの違いに、戸惑う。
あんなにすぐ、江戸の世に馴染めた私を心底すごいと思う。

 もう3日が経つというのに、私はまだ、みくさんや、霧岐屋さん、めい子さんや、かいとさん、巡屋さん、そして連の顔ばかりが脳裏に浮かぶ。

 みんなにお礼の言葉も言えぬまま、戻ってきてしまった。

 伝えたくても、伝えられない思いが喉に突っかかる。

 外はソメイヨシノが満開で、風にさわさわ揺れている。
窓は開けているから、度々、花びらが病室に入る。

 私は、面会に来たお母さんに頼んで、半紙と筆ペンを買ってきてもらった。
私から頼まれごとをされるのは初めてのようで、喜んで買ってきてくれた。

 机に半紙を広げて、まだ書ける達筆っぽい字で思いを書き連ねる。

 届くとは思ってない。

 ただ、自分自身の中にちゃんと区切りをつけたかった。

 書き終わった私は、文を包んだ。
それから、それは机の上に置いて、水を冷蔵庫に取り出しに行った。

 その瞬間、大きな大きな風が桜を盛大に揺らした。
外で小さな子が嬉しそうに歓声をあげる。

 机の上を見ると、そこには何もなかった。


    *    *    *    *    *    *    *    *

 りんがいなくなってだいぶ経った。
最初は心に穴があいたような感じがあったが、もう薄れ始めている。

りんのあの簪は、引き出しにきちんと仕舞ってある。

 霧岐屋さんは、姉さんの時のように私がならないかを心配して、菓子を片手に
毎日、鏡屋へ来てくれる。

 その時話すのも、りんのことばかりだ。

 今私は、霧岐屋さんに頂いた金平糖をつまんでいた。

 庭には、山桜が満開だ。庭全体が薄紅に染まっていた。

 「りん、見てごらん。桜が綺麗だ。」
隣を見る。
りんはいない。

 「そうだった、そうだった。」
と一人で笑う。

 何とも寂しい、有様だ。

 私はりんのあの簪を見ようと引き出しに歩み寄った。

 最初はりんを思い出すからいらないなどと言っていたが、りんが此処に居たことを確かめるなら、簪がいちばんだった。

 引き出しを開けて驚いた。

 簪の上に、なにやら文のようなものがのっていた。


 文はりんからのものだった。
読みながら、思わず疑問を口に出してしまった。

 「どうして、そんなに明るく振る舞えるんだい。私と離れたことは、寂しくなかったのかい?まず、どうしてりん、お前からの文が此処にあるんだい?」

 分からないことだらけだ。

 こんなに、悲しいだの、切ないだの、思ったことはない。

 りんの文を読み終えた私の目からは、あの日枯れたと思っていた涙が、ころりころりと転がり落ちて、膝もとを濡らす。

 あの、姉さんの確かな言葉より、りんの危うい言葉の方が、心に響くのは何故だろう?

 あの、可愛らしいみくさんの笑顔より、りんの不器用な笑顔の方が、かわいいと思うのは何故だろう?


 桜が散る。

 お前さんも向こうで桜を見ながら、私を思い出してくれてるだろうか。

 この訳の分からないものを、りん、お前は分かるんだろうか。

 後から後から、次々と涙が落ちる。
止まってくれない。




 でも、りんが私には笑っていてほしいというなら、笑っていることにするよ。



 青空を背に、桜が、散る。


ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

緋色花簪

次が最終話です!!

暇だったので、2話更新しました。

閲覧数:229

投稿日:2012/05/30 21:35:04

文字数:1,566文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

  • 関連動画0

  • しるる

    しるる

    ご意見・ご感想

    リンとあの簪は何か繋がりがあるに違いない!
    なんておもったりしてますww

    簪に呼ばれ、簪に戻され、簪に届く……
    まあ、ニュアンスですけどww←

    手紙のないよう、きになる~w

    2012/05/01 15:04:58

    • イズミ草

      イズミ草

      運命か何かで、繋がってるんでしょうね…。

      その解釈も、間違っては無いですww

      内容は、次です!!
      お待ちくだされww

      2012/05/02 18:35:07

  • つーにゃん

    つーにゃん

    ご意見・ご感想

    初めまして
    実は一話からこっそりと読んでたりします

    私は考えたのですが、もしもリンが現代にもどった時、
    江戸時代の記憶がなかったら…
    ってなったらどうなったのでしょうか

    それと、どうやって江戸時代に手紙が江戸時代へタイムスリップしたのでしょうか
    ドラえもん、タイムマシン プリーズ!!

    2012/04/30 17:50:18

    • イズミ草

      イズミ草

      椿姫さん、こちらこそはじめまして。

      1話からこっそりなんてなんか可愛いですねww(おい

      おお!そんなの考えてなかったなあw
      うーん…考えたら書けそうな気もしますが
      オツムがパンクするのでwww

      タイムスリップの原理はだれも解き明かすことはできない…。
      永遠の謎である…。
      ってことで大目に見てくださいww

      タラリラッタラ―ン♪
      どこでもドアー♪

      2012/04/30 18:48:55

オススメ作品

クリップボードにコピーしました