ガチャ…
「る~り~ら~る~り~ら~」
「ただいま。」
「お父様!」
私が家に帰り着くと娘が笑顔で迎えてくれた。どうやら今まで歌っていたようだ。娘は椅子から立ち上がれない。黄色い鏡がかかり、赤いグラスと青いスプーンそして友人から聞いた私の御伽噺のみがあるこの部屋が、彼女にとって世界の全てなのだ。私は過去に思いをはせる。
________________________________________
それは『サジ汚職事件』の公判の最中だった。裁判所に駆け込んできた私の秘書官が私に小さな声で告げた。
「裁判長…奥様と娘さんが…」
裁判は既に終盤で秘書官の連絡の後30分後には、私は土砂降りの雨の中病院へと向かっていた。
バンッ…
私が病院の扉を開けたときには既に並べられたベットの内の1つに白い布がかけられていた。
「…ご愁傷様です。」
医者が私に告げる。私は医者を完全に無視してふらふらと夢遊病者のようにそのベットへと向かった。そっと布を退けるとそこには愛すべき私の妻が横たわっていた。私は布を取り落とした。
「眼を開けろ…開けてくれ!」
私は妻にそう言って彼女の肩を揺さぶったが、妻は全く応えない。
「…お父…様?」
その時、反対のベットから私を呼ぶ声があった。
「っ!!」
私は弾かれたように振り向き、そのベットの主を見た。そこには愛しい娘が眼を開けていた。私は無意識に一人娘の手を取った。彼女は不思議そうな顔をしていたが私はその時思ったのだ。
―私はこの娘の為なら何でもしようと―
しかし、
「…何ですって!!」
私は医者に問い直す。場所は病院の事務所。娘は容態も落ち着き病室で眠っている。
「治療は不可能です…つまり、再起は不能かと…」
医者が私に繰り返す。
「何とか…何とか方法は…」
「…残念ながら……」
医者が言うには娘は、脚の関節に再起不能な後遺症が残りもう二度と歩くことが出来ないだろうというのだ。私は打ちひしがれた。
そんな時だった。私は裁判の合間に喫茶店である人物に出会った。名前は『Ma******』というらしい。脚本を書くことを生業としているような者とこんなところで出会うとは意外だったが、不思議な雰囲気を持つ『Ma******』の話には興味をそそられた。私は『Ma******』と何度か会ううちに『Ma******』を友人と呼べるようになっていたことに気がついた。
そんな友人がある時話した噺にはとても興味をそそられた。何でも世界には『大罪の器』と呼ばれる品物が7つあるらしい。そしてその『器』にはそれぞれ悪魔が宿っており、7つ全ての器を集め悪魔と契約すればどんな願いでも叶うという。
普段の私ならそんな噺嗤って一蹴していただろうが、その時の私の頭に過ぎったのは今は自宅の車輪付きの椅子の上で一日を過ごしている娘のことだった。事故の前に比べ、ぐっと表情も減った彼女を見るたびに私は胸を焼かれる思いがした。『Ma******』の話はそんな私にとって希望に思えたのだ。
私はその噺に飛びついた。すると『Ma******』は自分が魔術師であると告げた。私は当然のことながら驚いた。かつては魔法というものがあったという伝説はあるが、今ではそれはあくまで伝説であり信じる者はほとんどいなかった。しかし、大罪の悪魔を信じるならば魔法も魔術も信じなくては筋が通らない。私は『Ma******』に信じると告げた。
すると『Ma******』は、私のコーヒーの脇に置かれていたスプーンを指差しそれを触ってみるように告げた。普段コーヒーをブラックで飲む私は未だかつて喫茶店でスプーンに触れたことはなかったが、言ってしまった手前触れないわけにもいかない。私は恐る恐るスプーンを握る。その途端、私は奇妙な感覚に襲われた。まるで、世界の全てを手にしたいとでもいうかのような…心なしか手の中のスプーンが青く光ったような気がした。
『Ma******』は満足げに嗤うと、静かに去っていった。私は店の者に交渉してスプーンを買い取った。何でも骨董品らしく豪く値段が張ったが、私は長年真面目に働いて来て貯めた金をほとんど使いそれを買い取った。今、そのスプーンは娘の前の机で輝いている。
それから私は不思議なことに『大罪の器』を眼にするとそれが『器』であることが分かってしまうようになってしまったのだ。赤く光るグラスや大きな一対の壁掛け鏡と同じく一対の手鏡がそれだ。どちらも古くからある品らしく、骨董商で大変な高値で取引されていた。特に二対の鏡はどちらもルシフェニア王宮にあったものらしく、凡人が一生かかっても手に入らないような値段がついていた。しかしそれらは今、全てこの部屋に飾られている。
?
費用はどうしただと?決まっているだろう。私が担当した裁判の被告や原告から搾り取ったのだ。最高裁判所ともなれば来るのは貴族や王族ばかり。どいつもこいつも権力欲しさに金を出す。私は裁判所がこんなに美味しい食物であることにこのとき気づいたのだった。今、私は金欲しさに非道の槌を振るい続けている。次の『器』が見つかれば直ぐに買い付けられるほどの金はすでに手に入れた。私は笑いがこみ上げてくる。残る『器』も、もうじき我が手に…
そして私は槌を振るう、
「被告人を死刑に処する。」
そういえば、しばらく『Ma******』に会っていないがどうしたのだろうか?もう直ぐ娘にしてやる御伽噺のネタがなくなってしまうのだが…
________________________________________
「お父様?」
私は愛しい娘の声で現実に引き戻される。どうやらずいぶん長い間感慨に耽っていたようだ。
「ああ、すまない…」
「お仕事忙しいのですか?」
「いいや、大丈夫だよ。それより今日の噺をしてやろう。」
「はい!私、お父様のお噺大好きです!」
私は娘にいつも笑顔でいて欲しい。だから、外で起こったことは決して話さない。話すのは愉快な御伽噺だけ…
そうして私はある仕立て屋の噺を始めた。
master of the court―第二話 箱庭の娘と大罪の器―
mothy_悪ノPさん(http://piapro.jp/mothy)の悪徳のジャッジメント(http://www.nicovideo.jp/watch/sm14731092)を自己解釈満点で小説にさせて頂きました。
まさかの同日中の第二話更新!自分が一番びっくりしております。やっぱりだいたい話が決まってると書きやすい^^
あ、でも一番の理由はcoffeeが野活に行っててパソコンが使い放題ってことかな(笑)
でもそろそろ首が痛くなってきたので、第三話は勿論明日以降になります。m(_ _)m
では、皆様おやすみなさい。
続きはこちら(http://piapro.jp/t/emt5)
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