西の隣国
ミク王女からの招待状が届いた二日後。黄の国王宮のレンの私室で、リンは思わず聞き返していた。
「え? 私が、ですか?」
「ああ。いつもはリリィを連れていくんだけど、今回はリンベルに同行してもらう」
王子が出席した会議の終了後にレンから呼び出しを受け、リンは侍女として大きな仕事を言い渡された。
緑の国の訪問にリンベルを連れていく。
要するに、外国へ行く王子の付き人をしろと命じられたのだ。寝耳に水の話に冗談か聞き間違いかと一瞬思ったが、レンの返答からすると本当らしい。
王子直属のメイドとして働いているとはいえ、半年も経っていない新人に任せて良いのだろうか。仕事だからと言ってしまえばそれまでだが、何故リリィではなく自分が選ばれたのか。
「リンベルは向こうの王族に会った事ないだろ?」
思考を堂々巡りにしているリンの心情を察し、レンは助け船を出す。リンが肯定したのを確認して続ける。
「だからだよ。大丈夫。いつも通りにしていればいい」
堅苦しく考えず、緑の王族が黄の国に来た時に緊張しない為の練習だと思えば良い。変な気負いを持たせないレンの言葉に、リンは肩の力が抜けていくのを自覚する。
緊張はもちろんある。しかし王子に認められた気がして、弟と一緒に外国に行けるのが嬉しくて心が躍っていた。
「畏まりました。御供をさせていただきます」
浮かれた笑顔を隠すように頭を下げる。そんな喋り方をしなくてもいいと言う声が聞こえ、リンは更に笑みを深くした。
開かれた窓に鳥が飛び込む。その人物は羽音に気付いて顔を上げ、窓枠に留まる鳥に目を送った。
鳥の脚には小さな筒が付けられている。その人物は先程書き終えた書類を細く小さく巻くと、筒の中に紙を押し込んだ。
紙には黄の国王子がいつ王都を出るのか、緑の国でどのような進路を取るか、護衛はいかほどかなど、機密として扱わなくてはならない情報を書き記したものだった。
その人物は指で鳩の背を撫でて話しかける。
「黄の王子は緑の国の招待を受けた。計画は滞りなく進んでいる」
行け、と鳩を放す。西の方角へ飛び去る鳩を見送り、その人物は何事も無かったように自分の仕事へ戻って行った。
国土の多くが森に覆われた緑の国。大陸北側から西へ山脈が広がっている為、黄の王都から緑の王都に行くには南へ大きく迂回する進路を取らなくてはならない。
東西を分ける森の中にも道が無い訳ではないが、獣道同然の整備されていない道であり、馬車が通れる道では無い。地元の地理に詳しい者、あるいは野外活動に慣れた者でない限り、国境の森を抜けようと考えるのは危険である。
二週間前までは知識でしか知らなかった西側の国を、リンは馬車に乗って移動していた。
レン王子の供をするのは、付き人としてリン。スティーブが付けた護衛の騎士二人である。騎士はいつもの成金趣味の鎧は装備しておらず、身軽な装束で馬車に乗っていた。
「何で近衛兵隊の人を連れていかないんですか?」
王都を出る前。疑問に感じたリンがこっそり尋ねると、レンは疲れたような溜息を吐いて小声で答えた。
「俺だって近衛隊の方に護衛を任せたいよ。でも貴族や騎士の面子も立てないと少しまずいんだよ……」
王子と言う立場とは言え、国の実権を握っているのはスティーブ一派の貴族だ。苦々しいが無下にする訳にもいかない。平民中心の近衛兵隊よりも、貴族出身の騎士の方が外部受けするのが現実なのだ。
どうして、とリンは隣に座るレンを見て思う。何でレンばっかり辛い思いをしなくちゃいけないんだろう。腐った貴族ばかりが得をして、きちんと仕事をしている人達が嫌な思いをしなくちゃいけないんだろう。
でこぼこ道に入ったのか馬車が揺れ出した。揺れを少なくする構造になっている箱馬車でも関わらず、国境を離れるに連れて馬車がよく揺れるようになった。緑の国は黄の国に比べると街道の整備が整っていないらしい。
リンは何となしに窓を眺める。どうやら町か村の中を走っているようで、流れる景色には人の姿が多く映った。
窓から目を離し、隣に座るレンに視線を送る。後ろの座席には騎士が一人座り、もう一人の騎士は御者を勤めていた。
「緑の国って、本当に緑髪の人がほとんどなんですね」
港町に住んでいた時、西側の人達を見て不思議に思っていたと話を振る。レンの返事は短く、素っ気無かった。
「ああ」
話題が当たり前すぎてつまらなかっただろうか。レンは答えた後に黙り、同乗する騎士は口を挟もうとしない。
「以前銀髪の方に会った事があるのですが、その人達は緑の国出身だったんです。全員が緑髪な訳では無いのですね」
「へえ」
「月のような綺麗な髪を持った女性と、狼のような猛々しい髪を持った男性で、結婚するんだと幸せそうに笑っていました。あやかりたいです」
「うん」
勤めて明るい口調で話しているが、相変わらず返事は素っ気ない。様子が変だと感じ取ったリンが呼びかけようとした時、突然馬車が大きく揺れた。道の盛り上がりに突っ込んだのだろうと冷静に考えるリンの前で、レンは衝撃に耐える素振りも無く体を前に倒していた。
「……い」
「え?」
下の方から微かに声が聞こえた。走行音に紛れて聞き取り辛かったが、レンが何か言ったようだ。
「……王子?」
嫌な予感がする。不安げな表情を浮かべたリンに、しばし無言だったレンは緩慢な動きで顔を向ける。死んだ魚を彷彿とさせる目をして、弱り切った動物のように呻いた。
「気持ち……悪い……」
今すぐ馬車を止めるように頼むリンの悲鳴が上がり、道を行き交う人は何事かと首を傾げた。
レンが体調を崩したと知らせて馬車を休ませ、リンはレンを支えて馬車を降りた。騎士二人は困惑していたものの、護衛の任を優先しろと気力を絞って命じたレンに従い、メイドに王子を任せていた。
レンは両手を馬車の側面に当てて体を折り、大地を正面にして立っている。ぐったりと項垂れたレンに寄り添い、リンは弟の背中をさすりながら声をかける。
「おう……、若、具合は?」
緑の国から正式に招待を受け、国民にも黄の国王子の来訪は知らされているが、移動中は本来の身分を隠しての行動になる。馬車には黄の国章はおろか何の紋章も付けられておらず、レンの格好もいつもの白い王族衣装ではない。
王宮にいる時とは対照的な、上も下も黒の旅装束。緋色のマントは左肩で留める形で羽織っており、愛用の長剣を右腰に下げていた。
マントは目立つのではないか、着けるにしても赤は目立つのではないかとリンは尋ねたのだが、「これだけは……」とレンは渋り、結局身に着けていく事になった。
リンは黄色と白を基調にしたワンピース姿。人に聞かれたら、貴族の子息と付き人と答えるよう口裏を合わせてある。
体調を聞かれたレンは黙って首を横に振る。相当参っているのか、騎士に命令してから全く口を利いていない。
前に船酔いした自分を重ね合わせて、リンは優しくレンの背中をさする。
これはかなりやられてるな……。
酔いが酷くなると喋るのが億劫になる。同じ状態に陥った事があるのに、レンが馬車に酔っていたのに気が付けなかった。主の体調がおかしいのを見過ごすなんて、侍女として失格だ。
リンが後悔と反省をしていると、項垂れていたレンがゆっくりと体を起こし、馬車に当てていた両手を下ろした。
「……もう大丈夫だ。ありがとう」
本調子とは言えないかもしれないが、降りた直後より顔色が良くなっている。レンの背中から手を離し、リンは謝罪の言葉を述べた。
「申し訳ありません。もっと早く気が付いていれば……」
「ああ、いいよ。俺もぎりぎりまで言わなかったし」
今日はたまたま酔いやすかっただけだろうと結論付けて、レンは周囲を見渡す。
「少し散策する時間はあるかな?」
確認するように聞かれ、リンは予定と現在の状況を頭の中で照らし合わせる。予定と現時刻を比べると時間には大分余裕があり、散歩する程度なら問題は無い。
休める時に休んでおいたほうが良い。そう判断を下して休憩を勧めると、まだ酔いが残っているのか、レンはやや力の無い笑顔で頷いた。
「……緑の国は街道整備にもっと力を入れるべきだ……」
本気とも冗談とも聞こえる呟きが、リンの耳に強く残った。
馬の世話と馬車の番に騎士を一人残し、レンはリンと護衛を伴って散策を始めた。のどかな風景が広がり、緑髪の人々が行きかう中で相当目立っていたが、レンは向けられる視線を気にせずに悠々と歩く。
異国の人に慣れているのか、すれ違う人から親しげに声をかけられる。この町は国境と王都の中間地点とも言える所で、ここ数年で住む人や通る人が増えて徐々に大きくなっていったと言う。
実際に住んでいる人の話は現実味があると、レンは熱心に話を聞いて一人一人に礼を述べる。話を終えて去って行く人を見送り、畑を横目に町を進んで行く。
中々王宮の外に出られないせいか、レンの顔は旅先であるのも相まって楽しそうだ。久々に歳相応の姿を見られた気がして、傍らを歩くリンは口元を緩める。
王子として立派にあろうと振る舞っているけれど、やっぱりレンはまだ十四歳の子どもだ。たまにはこうして国外で羽を伸ばしてもいいだろう。
「……あ、出口」
気が抜けたレンの声。道の先には木で造られた門が見える。その手前に置かれた荷車の端には、緑髪の少女が一人暇そうに座っていた。彼女は外国人と分かる三人の姿に気が付くと、荷車から立ち上がって手を振った。
丁度道を聞きたかったのもあり、レン一行は少女に向かって歩いていく。
「こんにちは」
傍に来た三人に笑顔で挨拶をしたのは、若草色の短い髪と同色の目を持った少女。何かの職人をしているのか、作業用の眼鏡を頭に乗せていた。
「こんにちは」
レンにばかり任せてはいけないと、リンが進み出て挨拶を返す。ここは町のどの辺りなのかを尋ねると、少女は人の良い笑みを浮かべて教えてくれた。
「ここは町の南門ですよ。地元の人以外では使う人があまりいませんけどね」
外から来る人は緑の王都側の西門と、黄の国側の東門を利用するので、南側から出入りする人ほとんどいないと教える。
「へえ……。こっち側の道はどこに続いているんですか?」
興味を引かれたレンが門の先を指差して質問する。目の前の少年が隣国の王子だと知る由もなく、少女は案内人のように説明する。
「この道は南東に向かって伸びていて、国境の森の方へ続いているんです。千年樹を見たいのなら、こっち側から出た方が早いですよ」
「千年樹って、お伽話に出て来るあの千年樹ですか?」
人間が持つ七つの罪が生まれた経緯。それを描いたお伽話は、大陸の人間なら知らない人の方が珍しい。物語の舞台になった場所に行けるのかと、レンは驚いた様子を見せる。
少女は頷いて返し、言葉を続ける。
「その千年樹です。それを目当てにこの町に来る人はいますよ」
「近いんですか? 時間はどれくらいですか?」
矢継ぎ早にレンが聞く。歩いて行ける距離で、時間は一刻と少しかかると少女は答える。
「行けるのかー。そっかぁ……」
明らかに期待が込められたレンの声。次に何を言い出すかをリンは瞬時に悟った。
宿泊予定の町に到着するのが遅れるかもしれないと伝えても、好奇心に満ちた目と輝く笑顔をした王子を止められはしないだろう。
「行ってみないか? 緑の国の千年樹に」
レンが発言した瞬間、寄り道が確定した。
蒲公英が紡ぐ物語 第22話
乗り物酔いは以下略。私が書く双子は変な所が似てる。
誰かさんがいますね。
グミ「どうも。誰かさんことグミです」
ハク「銀髪の女性ことハクです」
グミ「何でいきなり出て来たのかと言いますと、作者が、
登場する武器(主に剣)についてあれこれ語りたい→でも普通の文で書くのもつまらんよなー→じゃあ初期作のグミとハクで会話形式にするか。
と考えて、あたし達二人がここに登場する事になった訳です」
ハク「興味が無い方は飛ばしても構いません。読まないと本編が分からないと言う事は無いので」
グミ「と、前置きはここまで。以下から説明コーナーに入ります」
グミ「まず、ゲームやファンタジーに出ないと言っても過言ではない『剣』について大雑把に語っていきます」
ハク「主人公の定番武器ね。かなり優遇されてる」
グミ「大昔は鉄が貴重で一つの武器に多くは使えなかったせいか、剣は『身分や権力の象徴』ともされていたんだよ」
ハク「実際に戦場の主力になっていたのは槍と弓。剣は言わばサブの武器。メイン武器ではなかったらしいね」
グミ「よくロングソード=長い剣。ショートソード=短い剣って説明があるけど、実は正確には違うんだよ」
ハク「そうなの? でも意味的にはあってるよね」
グミ「時代によって変わるんだけど、馬に乗った兵士が持っていればロングソード。歩兵が持っていればショートソードって呼んでいたんだよ。ぶっちゃけ、長い剣でも騎乗してなきゃショートソード」
ハク「ややこしい」
グミ「そもそも、ロングソードは特別長い剣の事を指している訳じゃ無い。他の短い剣に比べれば長いから区別しましょう、って感じで」
ハク「まあ、確かに包丁とペティナイフみたいに呼び分けしておかないと困るね」
グミ「全長で分けても問題無いんだけどね。レンが持ってる剣にもモデルがあるんだけど、それは次に回します」
ハク「こうやって一緒に出るの久々ね。今作は全く接点無いけど」
グミ「……。結婚するって幸せオーラを振りまいているハクに言いたい事がある」
ハク「何?(嫌な予感が……)」
グミ「リア充b」
ハク「ストップ!」
グミ「じゃあ、『祝ってやるから爆発しろ』『末永く爆発しろ』」
ハク「結局爆発しないといけないんだ……。祝ってるの? 妬んでるの? どっち?」
グミ「両方」
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怖がることは無い 乗り越えていくんだ
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現状に満足できてないんだろ?
自分で何かを変えてみないか?
怖がることは無い 乗り越えて見せろ
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そろそろ行か...Biginning
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まあしょうがない しょうがない 防衛本能はシタタカに
煙たい倫理は置いといて
あんなこと そんなこと煩悩妄執もハツラツと
聞きた...インビジブル_歌詞
kemu
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ご意見・ご感想
june
ご意見・ご感想
最後のトーク(笑)
流石双子ですね。どこか似ているように意識していなくてもなってしまいますよね。
最後の2人のトークで私の脳みそにまた一つ新しい知識が(笑)
matatab1さんは中世ヨーロッパに関する趣味を持っているのでしょうか?
それとも、職業柄触れることが多いのでしょうか?
2012/08/13 22:36:18
matatab1
コメントありがとうございます。そして無駄な知識を増やしてすみません(笑)
武器に関する語りやら解説やらは、グミとハクの二人に任せる形でやっていきたいですね。気が向いたり書きたくなったらこの先も登場します。
ゲーム、特にRPG が好きなんです。それで武器に関する資料を読んでいたら、中世ヨーロッパの事も載っていたので芋づる式に……と言う感じです。
近隣の図書館にその手の本が置いてあったので、なんとなく見てみたのがきっかけです。
2012/08/14 21:32:57