「おはようございます」
朝方。僕・カイトはゆっくり起きて、リビングへと歩きながら、ソファに座っている彼女にそう言った。彼女は振り返ると、やぁ、と言わんばかりに片手をあげて返事を返した。
彼女は肺から喉にかけて病を持っている。だからか、時たま声が出なくなる日がある。そう、それはまさに今だ。彼女が『おはよう』と言わなかった日は大抵声が出ないか、もしくは何か考え事をしていることを最近知った。
「いただきます」
もう作られていた朝ご飯を食べると、彼女は満足げに頷いた。ソファから立ち上がり、彼女も反対側に座り食べはじめた。
「おいしいです」
そう言うと笑う彼女。なんだか嬉しそうだ。
そう思っているのもつかの間、彼女は大きなくしゃみをした。
「風邪ですか?」
そう聞いたが首を横に振る。そうじゃないらしい。
「…あぁ、花粉症ですか?」
彼女はすごく嫌そうな顔をして頷いた。彼女は変わった花粉症を持っている。杉でも檜でもない。彼女の花粉症はイネ科花粉だ。
イネ科花粉とは、川や道端に生えた雑草などで、1年中花粉を出すが、特に5月頃はピークで多くなる。症状的には杉や檜と似ていて、くしゃみ、鼻水、目の痒み等がある。
彼女は特にこのピーク時は部屋から出られないほど重症だ。だからこの時期の買い物等は僕が基本的に出ることになっている。
「ごちそうさまでした」
食器を片付けて、僕はソファに座る。すると頭の上を通りすぎて紙飛行機が僕の目の前にあるテーブルに降りた。何やら文字か書かれている。広げてみると、そこには大量の文字。お米と茄子、胡瓜、卵…。味噌や醤油の中に、なぜか生クリームとバニラエッセンスやきな粉、そして駄賃としてアイスと書かれている。最後には…
『おつかいよろしく』
と一言。
「わかりました」
じゃあ早速、とお金とカバンを持って玄関に向かう。靴を履いてドアノブに手をかけると、後ろでノックの音がした。振り返るとリビングのドアに寄りかかって、彼女が口パクで何かを言いながら手を振っていた。その口パクは「いってらっしゃい」と動いているのがよく分かる。
「いってきます」
僕はそんな彼女に笑ってそう言うと、ドアノブを捻って外に出た。
外はもう初夏だ。
大量の荷物を持ち、外に出た。暑くなってきたからか、アイスが溶けないか心配になる。
荷物は重たくないが、見た目は相当重そうだ。そしてムワッとくる暑さ。これは憂鬱になりそうだ。
僕は帰路を歩きながら、彼女が作ってくれた歌を歌う。初夏の空の下を歩く歌だ。この時期にはぴったりだが、彼女は「あまり好まない」と呟いた。その時僕が「じゃあ、どうして作ったのですか?」と聞くと、彼女はさも当然のごとく「真夏の歌はあれど、初夏はないかなーと思って」と言った。確かにそうだが、それでもこんなにいい歌詞が書けるなんてすごいなぁ、といつも感心する。
「あれ?」
そういえば、彼女の歌詞の中で、必ず入っているあの暗い感じは何なのだろう?今歌っている歌も、明るくていい曲なのに、マイナス思考の歌詞が一部入っている。何でだろう?
また近いうちに聞いてみようかな、と思った矢先、家に着いた。ドアノブを捻って開け、荷物を滑り込ませる。
「ただいまー」
服についたであろう花粉を手でなるべく落としながらそういってみるが、返事がない。あ、そうか。声がでないんだっけ。
荷物を引きずりリビングのドアを開けると、ソファの所に彼女の頭が見える。反応がないので覗き込むと、彼女はソファのクッションを握りしめながら寝ていた。いくら夏とはいえ、風邪を引くだろうと近くにあった膝掛けをそっと身体にかけた。
「…ん?」
ふとテーブルを見ると大量の紙が置いてある。文字がならんでいる。これは、歌詞だ。
「うわ…これ、全部新作!」
起こさないように小声で驚く。いつの間にこんなにたくさん書いたのだろう?しかも、またいい作品ばかりだ。
「あ、これ好きかも」
手に取った一枚の紙を見る。譜面はないから歌えないけど、歌詞はとても感動する。しかも初夏の歌だ。まだ春の余韻を残した夏の始めの恋を歌うその歌詞は、とても優しい。
「あれ?」
その歌詞を読んでいくにつれて、一文だけ違う所がある。優しさなんかじゃない。これは、彼女がよく入れるあのマイナス思考だ。ここがなければもっと好きになれたのに…。と残念に思いながら、それでもこの歌詞を歌うのが楽しみになって、ウズウズした。
「歌いたいかも」
左を向いた先にあるカーテンの向こうは真っ青な空。僕は帰り際に歌っていたあの歌を窓に近づいて歌う。なるべく小声で歌い続けた。初夏の空の下を歩く歌。僕はその歌を雲ひとつ無い空に向かって歌った。
やがて歌い終わると、後ろから拍手が聞こえた。驚いて振り返ると、彼女は起きて僕の歌を聞いていたようだ。少し恥ずかしい。
彼女は立ち上がり、僕の横に並ぶ。空を見上げて、苦笑するように笑った。
「空、きれいですね」
僕がそう言うと、彼女は二度頷いた。そしてメモを取り出す。
『でも、やっぱり好かないなぁ』
そう書いた紙を見て、僕は首をかしげる。
「どうしてですか?」
『だって、花粉が飛ぶもん。こんなにキレイなのに部屋でしか見れないなんて、私からすれば、蛇の生殺しより残酷よ』
なるほど。
『だからあんまり好かないの』
彼女は書き終えると、少しいまいましそうに空を見上げた。
「でも、窓から外が見れるのはいいことですね。見れなかったらむし暑さしか残りませんよ」
彼女に笑ってそう言うと、彼女は僕に苦笑して、
『まぁね』
と書いた。
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