理解出来ない事だけは理解している。
それを理解と呼べるのであれば。
何を出来るわけでも、何かすべきでもない時間。
この間に言葉を紡ぎたい。
虚無と呼ぶには重すぎる。
日常に戻ると、あの間は切り取られている。
夢から覚めた瞬間から、過ぎ去る時まで。
キリトリ線が引かれ、芸術と呼べる迄に丁寧である。

鋏が自我を持って切り取るようになったのは何時からだろう。
技術の進歩はこうも簡単なのか。
その鋏が四肢を裂くのも時間の問題か。
既にセロリを抉るような音がする。
次は僕か?猿夢を見ているようだ。
耳元で様々な音を立てて、こびり付いて離れない。
刺す音。抉る音。切る音。金属音。そして、悲鳴。
行く先々で見かける、さっきまで生き物だった物までキリトリ線が見える。
猿夢の続きを見せられる。
目を瞑れば境も分からない程、現実を忠実に再現する。
瞬きすら過呼吸の引き金。

右ポケットから振動音がした。
赤いアイコンに文字化けした名前。
「おい」
こんな昼間から物騒な。
無視し続けて約二時間、通知は百二十を超えている。
しまった、僕とした事が。
間違えて開いたトークには、切り取られた記憶の数々。
一分置きにご親切だ事。
そんな事考えている場合じゃない。
「見たね、夢でまた。」
優しい言葉をかけてくるな。
誰かもわからないお前のアイコンは赤い絵の具で塗りたくった鋏の形をしている。

もう辞めよう。
そう決めるとキリトリ線が全く見えなくなった。
鮮明な毎日に迫られることの無い夢。
左利き用の優しい鋏を右手に僕は持っていた。
描きたいと思うと、左手にペンを持っていた。
不器用な利き手と真反対で、色は鉛色しかない。
消しゴムだけは、出てきてくれなかった。
空白になった十八年を描くのには時間がいる。
己の想像を諦めた僕はそのペンを任せた。
考え無しの理想を模倣させた。
それでも空白は埋まらなかった。
否、これは空白でもなんでもない。
紙すら敷かれていなかった。
シュレッダーにかけられた。
帰ってくるのは早かった。

「毎度、ご乗車ありがとうございます。」

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✂︎- - - - - - - -キリトリ- - - - - - - - - - -

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投稿日:2020/10/05 18:44:27

文字数:881文字

カテゴリ:小説

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