ざん、ざっざっざっ。ざん、ざっざっざっ。
少年はわざと大きな足音を立てて町の中を歩いた。気がつくとあちらこちらに転がる不安を蹴飛ばして。憂鬱や苛立ちをを蹴散らし水たまりを蹴り上げて。
そうやって少年が大きな足音立てて歩き回るこの町に、雨は相変わらず止むことがなく。
柔らかな霧雨が降りしきる中、路地裏の軒先に出された縁台に腰かけて、角を生やした年長のモノたちが、杯を酌み交わしながらぶつりぶつりと暗い調子で話をしていた。路地の行き止まりでは面を被った小さなモノたちが、ひょいひょいと不安定な人の体で缶けりをしている。
「もうカミサマは戻ってこないかもしれないな。」
縁台でたむろしていたモノたちの誰かがこぼした弱音が、ふつりと、縁台の横を通り過ぎようとしていた少年の耳に入った。
もうここには戻ってこないだろうか。おれらはこのままヒトに成ってしまうのだろうか。
ぶつぶつとモノたちは泡のように不安に満ちた言葉を吐きだす。思わず足を止めた少年がぎょろりと視線を向けると、縁台の下にはいくつもの不安が凝り固まり転がっていた。
蹴っても蹴っても蹴り飛ばしても。あちこちで転がり落ちるため息。
杯を重ねながらふつふつと、ため息をこぼし続けるモノたちを少年は、そのまんまるな瞳で睨みつけた。
「カミサマはちゃんと帰ってくる。」
そう怒鳴りつけると、たむろしていたモノたちは驚いたように振り返り、そして少年の姿に、なんだおまえか。とため息をついた。
またため息だ。と目の前に転がってきたものを蹴り飛ばし、少年は地団太を踏んだ。
「カミサマは絶対に、ちゃんとここに帰ってくる。確かにしょっちゅうどこかに行くけど。でも必ず帰ってきた。だからそんな、帰ってこないなんてこと、言うな。」
ふうふうと毛を逆立てて怒鳴り声をあげる少年に、そうは言ってもな。と誰かが窘めるように言った。
「今までがそうだったとしても今回も同じとは、限らない。」
「現に今回、長いこと帰ってこないじゃないか。」
「もう、カミサマに戻ってくるつもりがないのだとしたら、な。」
「覚悟を決めないといけないだろう。」
諦めに満ちた言葉をモノたちは次々と吐きだす。負の言葉が、不安の感情が、ため息よりも大きく、くるくる丸まってころりと足元に転がってきた。
足元の塊を再びがつんと蹴飛ばして、少年は、そんなことを言うな。と再度、叱責するように大きな声を出した。けれどいくら怒鳴っても威嚇しても、モノたちの頭上に停滞する諦めの気配も不安の色も、消えない。
それはまるでしっとりと周囲を覆い尽くす、この細かな雨のように、モノたちを濡らし滲み染め上げていく。
目の前の事が、心底、口惜しい許しがたい腹立たしい。
たんたん、たたた。ころころ転がるものを弾き飛ばすように、全力で拒否するように。濡れた地面に少年は自身の長い尻尾を打ちつけた。
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