ルシフェニア王国から離れた場所に位置する“千年樹の森”。修道院での仕事を終えた私は、誰にも告げずこの場所へとやって来た。
森の中にある大きな千年樹と、以前よりも少しだけ伸びた苗木。どこも変わりない様子に、私はほっと胸を撫で下ろした。
クラリスの話によると、この苗木の正体は、大地神エルドの後継者であり彼女の親友であった『ミカエラ』という少女・・・・いや精霊? まあそれはともかく、少女の姿をしていたミカエラは死んで苗木へと変わったらしいのだが、彼女が死んだ原因は私にあった。『悪ノ娘』と呼ばれていた時代、マーロン国王であるカイル兄様との婚約が破談となり、エルフェゴードを滅ぼす事、そして、カイル兄様の想い人だったミカエラを殺すという『緑狩り』を命令してしまった。当時の私は、傲慢で、自分勝手で、カイル兄様たちの気持ちを考えもしなかった。ミカエラだけでなく、エルフェゴードの多くの女性を私のわがままで死なせてしまった事はどれだけ謝っても許されないことだ。
だから、罪滅ぼしも兼ねて時々こうして苗木の様子を見に来ている。もちろん、クラリスにも内緒でね。私の正体を知っても生かしてくれた彼女のために頑張って生きていこうと決めたのだから。
「そろそろ帰らなきゃ・・・。」
長居するとクラリスたちにバレてしまう。急いで修道院へ帰らなきゃ、そう思って元来た道の方へ振り返った時だった。
ザッザッと靴と草のこすれる音が少しずつ大きくなっていき、視界の先の人らしき影が段々はっきりと姿を現わしていった。茶色のローブに足首近くまである薄緑の衣装、それに綺麗な緑色の髪。その容姿や顔を、たった一度だけだが以前にも見たことがあった。
確かあれは・・・・城の中で――――――
「ん?何じゃ?」
使用人室の近くを通った時、何やら二種類の声が聞こえていた。一つはアレンの声、もう一つは誰か分からなかったが、声からして女だろう。扉の隙間から覗いてみると、それは宮廷魔道士であるエルルカがよく一緒に連れてる娘だった。
「一体何を話しておるのじゃ・・・・。」
声は聞こえるものの内容まではうまく聞き取れなかったため、気になって仕方がない。その後、エルルカに呼ばれ彼女はどこかへと行ってしまったが、戻ってきたと同時に呼び止めた。
「少しいいか?」
「・・・?」
「お主、名はなんという?」
「・・・グーミリア。」
「ふむ。お主はさっきアレンと何を話していたのじゃ?わらわにも教えてくれぬか。」
「・・・・・。」
私のその質問に対し、グーミリアという娘は黙ってしまった。一体何をそんなに躊躇する内容なのか、ますます気になってしまう。だが、ようやく彼女が口を開いたと思ったら、それは当時の私には信じられない返事だった。
「言えません。それに、どうせ言っても、あなたには分からないと思います。」
「なっ?!誰に向かってそんな口を聞いておる?!」
この時、返答次第では彼女の首をはねようとまでしていた。たとえエルルカの弟子だろうと関係なく。しかし、私が怒りをあらわにする一方で、彼女はというと顔色一つ変えることはなかった。
「・・・ルシフェニア王国王女、リリアンヌ=ルシフェン=ドートゥリシュ様。」
「へ??」
「おやつが大好きで、この国で一番強くて、誰よりもアンネ女王様を尊敬して・・・。」
「・・・。」
彼女の言葉を聞いて、開いた口が塞がらなかった。普通だったら謝罪を述べるとかだろうに、グーミリアはさっきから私が誰でどういう人物なのか明確に話し続けている。予想もしてなかった回答とはいえ、彼女は先ほどの私の言葉を確実に理解しているのだ。そんな彼女に対し、いつの間にか私の怒りは収まっていた。
「・・・お主、何か変わってるな。」
「そうですかね?それでは、私はこれで。」
私に深く一礼をし、彼女はその場から去っていった。結局アレンとの会話が何だったのかは分からなかったが、彼女が不思議な人物である事だけが私の頭の中を駆け巡っていた。
「エルルカのやつ、一体どういう教育をしておるのじゃ・・・。」
呆れたように呟いた声が、使用人室内に静かに響いていた。
グーミリアと直接話したのは結局あの時だけだ。その後も何度か城で見かけることはあったが、『緑狩り』をきっかけに、彼女はエルルカに連れられどこかへと消えてしまった。数年くらい経つのに、その姿はあの頃と変わらない。それに不思議だ、グーミリアを見てると王女だった時の懐かしさを思い出す。
「・・・・!」
グーミリアもようやく私に気づいたのだろう。こちらを見る目がちょっと大きくなっている。だが、それもつかの間。彼女は、またいつもの表情に戻ってしまった。
「ひ、久しぶり。」
「・・・お久しぶりです。」
そういえばクラリスが言ってたっけ、グーミリアもミカエラの事大切に想ってたって。だとしたら、彼女にとって今の私は決して許されない存在かもしれない。
「ねえ。あなたも・・・。」
「・・・?」
「あなたも、私の事怒ってる?」
気が付けばそう口にしていた。たった一度しか会ったことない彼女に、どうしてこんな事を聞いているのか分からない。それでも、確かめたかったのだ、グーミリアが私をどう思っているのか。
「怒ってるっていったら、怒ってる。ミカエラを、大事な友達を殺されたんだから。」
「・・・・。」
「でも、今は違う。リリアンヌ王女、あの革命後に、処刑された。あなたはもう、リリアンヌ王女じゃない。別の人間として、罪と向き合って、生きてほしい。きっと、ミカエラもそれ、望んでるはず。」
「・・・・っ?!」
「それに、こうしてミカエラの様子、見に来てくれてる。だから、ありがとう。」
やっぱり不思議だ。グーミリアの言葉を聞くと、自然と涙があふれてくる。たった一人の言葉が私の心をまた動かしている。零れ落ちそうになる涙を修道服の袖で拭い、私は再び彼女に目を向けた。
「その、エルルカは、一緒じゃないの?」
「内緒で来たから、エルルカはここにいない。」
「え?」
エルルカに内緒で来たなら、グーミリアがここに来たのを知ってるのは今目の前にいる私だけだ。彼女も私と同じく誰にも言わずにここに来たことに、少し親近感を覚えた。
「もしかしたら私たち、似た者同士かもね。」
「・・・?」
ふと、私の視線がグーミリアから空へと変わった。さっきよりも少々オレンジがかった色をしている。さすがにもう帰らなきゃ。
「そろそろ行くわ。あなたはどうするの?」
「私は、ミカエラと話する。」
「そう。」
表情は全然変わらないのに、さっきよりも声が明るい。ミカエラの事が本当に大好きなんだと感じ取ることが出来た。森を出ようと、彼女の横を通り過ぎる。だが、最後にもう一つだけ聞きたいことがあった。
「ねえ!」
「・・・?」
「また、どっかで会えるかな?」
「・・・分からない。でも、あなたが生きてるうちなら、また会えると思う。」
「何それ。」
年寄りみたいな返事に思わず笑ってしまった。
グーミリアは再び苗木の方へと歩いて行く。その背中はあの時の私より凛々しいように感じた。最初から最後まで、グーミリアは私にとって不思議な人物だった。そんな彼女に今度は私が深く一礼し立ち去った。もちろん背を向けてる彼女はそれに気づくはずもない。
これが、悪ノ娘と魔道士ノ弟子、二人の少女の何気ない出会いだった。
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◇◇◇
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