その理由を教えて
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見てしまった。
彼女が彼に何かを叫び、彼は逃げ出した。その際、彼の表情は恐怖を宿していたことを。彼が苦しそうに、左胸を押さえていたことを。
その瞬間、自分は悟ってしまった。彼は、何かを思い出した。
そして、『起きてほしくないこと』が起きている、と―――
◇
「神威先生が倒れた」
その噂は、瞬く間に広がった。最初に発見したのは、二-Bの生徒だったらしい。彼が倒れる瞬間を見ていたそうだ。彼は病院に搬送された。
何故彼が倒れたのかはわからない。でも、私と別れたとき、確かに彼はおかしかった。
それに、彼は最後に『ごめん』と言った。その言葉が意味するものは何?
「あなたは、どうしてしまったの……?」
始音先生に聞いてたどり着いた病室のドアを開けた。
その先にいたのは、ベッドに横たわる神威先生。そして、椅子に座っている緑川さん。
「どうして、緑川さんがここにいるの?」
私はそう言って、緑川さんの隣の椅子に座る。
「め、巡音さん……」
彼女は、泣いていた。
「緑川さん……」
「神威先生、命に、別状はないって……」
それを聞いて、私はホッとした。だが、新たな疑問が浮かぶ。命に別状がないのなら、何故彼女は泣いているのか?
きっと、彼女は何か知っている。彼のことを、私よりも知っているのかもしれない。だとしたら、先生と緑川さんは、教師と生徒の関係じゃない。もっと大事な何かだ。私なんて、些細な存在に見えるほどの。
「緑川さん。あなたは、何か知っているの?」
私の言葉に、彼女の肩がピクっと跳ねる。
「私は何も知らない。でも、あなたはきっと、誰よりもずっと、神威先生のことを知っている。……良かったら、話してくれないかな?」
彼女は、頷いた。
「まず、私と神威先生の関係について話すね」
落ち着いた緑川さんは、私の目を見てゆっくりと話し出した。
「誰も考えなかったかもしれないけど……私と彼は、兄妹だったの」
「きょ、兄妹!? 年はけっこう離れてるよね、何歳差……?」
「今の私が十六で、お兄ちゃんが二十三だから……七歳差だね」
「ええ!?」
若いなとは思っていたけど、そこまで若いとは。
「でも、全然似てないよね?」
「そう思うよね。私たちは、本当の兄妹ではなかったから」
「え……?」
「母親が再婚して、新しい父親とその一人息子と一緒に暮らすことになったの。その息子が、神威先生」
なるほど、義理の兄妹。どうりで先生と仲が良い訳だ。
「だったら、どうして緑川さんと神威先生は名字が違うの?」
「それについては、お兄ちゃんが倒れた理由に関係してるんだ。まず、私と彼が初めて会ったのは、私が五歳のとき。お兄ちゃんは、私を『グミちゃん』って呼んでた。最近知ったことなんだけど、お兄ちゃんはよく知らない人だと、たとえ妹でも呼び捨ては怖かったらしくて。今は克服しているみたいだけど」
あ、昔からそんな感じだったんだ。変なところが優柔不断なんだよね。……いや、人見知り? 私のときに人見知りが発動していたら絶対にこんなに距離が縮まることはなかっただろうな。
「六歳のころ、私は言ったんだ。『どうして名前で呼んでくれないのか』って。……それが道路の真ん中で。私は、車に撥ねられちゃった。お兄ちゃんはきっと、『自分のせいで妹を怪我させてしまった』と、トラウマになったんだろうね。悪いのは、私だったのに」
あぁ、今日の私と、一緒だ。もしかして、そのときの恐怖を思い出して、逃げたのかな。
「お兄ちゃんは、私に駆け寄ろうとした。その時だった。彼が、左胸を押さえて、倒れたのは。彼に意識がなかったのと、私の怪我を調べるのとで私たちは病院に運ばれた。結果、私は大した怪我はなかったんだけど」
そこで一度私の表情を伺うように言葉を止める緑川さん。
「彼の身体に、異常があることがわかった。彼は生まれつき心臓が悪かったことが、生後十三年経過してからようやく判明した」
じゃあ、まさか。先生が倒れた理由というのは。
「その直後、父が転勤になって、都合で父と母は離婚した。……不仲ではなかったとは思うんだけど、なんでかは私もわからない。父の転勤先にはいい病院があったから、お兄ちゃんは父と共に、私達の家から去った。……お兄ちゃんは、幾度も起こる発作に苦しんだ。病気が治ったと聞いたのは、それから三年後、お兄ちゃんが十六歳の頃」
あれ? 治った? じゃあ、倒れた理由は違うのかな?
「じゃあそれから七年間、今日までずっと発作は起きなかったってこと?」
「ううん……実はお兄ちゃんは、二年前に一度、発作を起こしているの」
「二年前というと、緑川さんが中学三年生のころだよね……って、まさか!」
「そう。私は、二回目の事故に遭った。不注意にも程があるよね。私がずっと入院していた理由はそれがきっかけなんだ。まあ他にも理由はあるんだけど、今は割愛するね」
人生で何度も事故に遭ってしまう人だっているだろう。本人が望んでいるかに関わらず、気をつけていてもどうしようもないこともある。
「今度の怪我は、決して軽いものじゃなかった。その時、お兄ちゃんは封じていた記憶を思い出しちゃって……」
再び、病室は静寂に包まれる。しばらくの静寂の後、緑川さんはゆっくりと口を開いた。
「二年前に、医師に言われたんだ。『病気が再発した』って。私が知っているのは、ここまでだよ」
知らなかった。彼に、そんな過去があったなんて。彼が、そんなに苦しんでいたなんて。彼は、常に自分の病気と闘ってきたなんて。
緑川さんの話を聞いたから、疑問が次々と解決していく。
何故、緑川さんが来た初日から、彼は彼女と打ち解けていたのか? それは、兄妹だったから。
何故、緑川さんのことを名前で呼んでいたのか。それは、自分の妹だから。
何故、自分と緑川さんとの関係を知られたくなかったのか。それは、兄妹なのに名字が違う理由の中に自身のトラウマがあり、それを思い出せば発作が起きてしまうから。
「でもね、巡音さん。去年の四月から、妹の私から見ても、お兄ちゃんは毎日が楽しそうだった。好きな人ができたのかな、って思ったよ」
「そうなんだ……」
「それで……お兄ちゃんと巡音さんって、付き合ってるの?」
「えええ!?」
どうしてそんな質問がでてくるんだろう。
「二人を見たら、お互いがお互いを好きなんだなーって、なんとなくわかったの。だったら、付き合ってるのかなーって」
「え、えーと……」
「……付き合ってはいないけど。互いの気持ちを知ってるよ、俺とルカは」
突如、病室に新たな声が響く。それは、間違いなく、私の愛する人の声で。
「神威先生……目が、覚めたんですね」
「……全部、聞いたのか。グミとの関係も……俺のことも」
「ごめん、全部話しちゃった。もう、こんないい人と付き合っ……てないんだっけ、えーと、仲良くなってるなんて聞いてないよー。なんで教えてくれなかったの」
「こっちにも事情があるんだよ、ってちゃんと言っただろ」
「それでわかるわけがないでしょ!?」
改めて見てると、二人は凄く仲が良い兄妹だ。そんなことを考えていると、いきなり先生は私のほうに向き直った。
「ごめんな、ルカ。俺のせいで、心配かけて」
「いえ、いいんです。こちらこそごめんなさい。神威先生がそんなに苦しんでいるなんて知らなくて」
「俺自身がルカに言おうとしてなかったんだから、当たり前だけどな」
こうして普通に話していても、彼の身体は病気と闘っている。私も、出来る限りのことをしよう。
……うん? “ルカ”?
【がくルカ】memory【9】
2012/05/26 投稿
「発作」
グミちゃんの口調を中心に改稿しました。
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コメント2
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ご意見・ご感想
Turndog~ターンドッグ~
ご意見・ご感想
一人じゃない!!私も盛り上がっている!!主に呼び捨てでwww
ずるいよがっくん俺もルカさんのこと呼び捨てにしt…おや誰か来たようd(ry
義兄弟だったか!幼馴染かなんかかと思ってた…
…ってそれじゃ下手すると修羅場化してまうなwww
ところでがっくん23歳って超新任やん!いったいどこであんな巧いチョーク投げを習得しt
『詮索するな!!』(スパパパパキャッ!!)←四連撃
Ouch!!
2012/05/27 19:47:50
ゆるりー
そこ!?www
まさかの死亡フラグwww
幼なじみだと年離れすぎなのでw
確かに修羅場ww
年齢的には超新任のくせに実はこの学園で二番目に長くいるという(カイトも一緒)。
この学園ができてからかなり経っているのだが、とある事件により全員の教師がいなくなるという異例な出来事があったのだがそれについてはまたいつか((誰も聞いてない
チョーク投げをどこで習得したかについては考えていなかったという←
4連撃!?
2012/05/27 21:32:18
雪りんご*イン率低下
ご意見・ご感想
むきゃー! ついに呼び捨てだー!(落ち着け
それにしてもがっくんとグミちゃんが兄妹とは……その発想はなかった。
あーはい、ブクマ頂きますね、はい。っていうかブクマ頂かなきゃね、あれですよね、はい。←
2012/05/27 01:51:10
ゆるりー
そうですついに呼び捨てですよ!!…でもmemoryの4話で、がっくんがルカさんのことを呼び捨てにしていることに誰も気づかないという←
グミちゃんを出した時点で、二人は兄妹という設定はありました。
(両親が離婚してるから本当はもう兄妹じゃないんだけど←)
ブクマありが…あれ?ブクマしてなくね?((←
2012/05/27 09:48:18