ねぇ、信じてもいい?
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「――ッ」
ちょっと待ってよ、嘘でしょ? こんなの、理解できないよ。だって、だって。こんなの、台本にはなかったはずで。
突然、天井から、何かが落ちてきた。あれは何? 何か黒くて硬い物。もし当たれば、絶対に怪我をする。擦り傷とか切り傷とか、そういう軽いものじゃないことは理解できる。
避けようにも、やけに体が重く感じる。時間が、すごくゆっくり流れてる。
私は、強く目を瞑った。もう間に合わない。きっと、あの塊は私に落ちて――
……こない? その時はやってこない。
「大丈夫か?」
いつのまにか、時間の感覚が戻っていた。目を開けると、そこには神威先生の背中。
彼の手には、一振りの剣。それは、レン君が作った演劇の小道具。彼の側には、数個の欠片に切られた、鉄の資材。きっと、落ちてきたのはあれなんだろう。そして先生がそれを切った。
一瞬、あの日のことを思い出す。
*
学園長が帰ってきてすぐのことだったか。放課後の講堂で、レン君がたくさんの道具が入った箱を抱えていた。
『レン……それは一体?』
『これですか? 今度の劇で使う小道具を持ってきたんです』
そう言うと、レン君は箱を床に置き、箱から何かを取り出す。
『その中の一つがこれですね』
『……剣?』
『ロングソードです。といっても、もちろん演技用なので偽物ですがね』
レン君は剣の刃の部分を、ノックでもするように軽く叩く。剣からは、カツンと軽い音がする。それは、その剣が演技用の偽物であることの証明。
『通常のロングソードより、少々小さいものがなかったので。既製品をちょっと加工しましたけど』
『ちょっと待って、それレン君が作ったの?』
『既製品からイメージに近いものを選んだりするほうが時間がかかったりするから、作ったものも多少はありますよ。まあ、一から作ったんじゃなくて、改造というほうが正しいかな』
当然のようにレン君は言う。いや、普通剣(レプリカ)は男子高校生が短時間で簡単に作れるもんじゃないでしょ。
鏡音レン。手先がかなり器用なため、物作りが得意。いろんなことを計算しながら製作するため、得意科目は数学。(リンさnデータベースより引用)
『で、この剣は俺が使うのか?』
『うーん、多分使うんじゃないですか? 誰かが使うことは確定なので作ったわけですし?』
『適当だなオイ』
*
思い出していたのは一瞬だったらしい。今は、やけに時間の流れ方の変化が感じられる。
あの剣はただの鉄とかを加工したものだろうか。それとも、もっと軽くて安全なものだろうか?よくわからないけど、あれは演技用の既製品を少し加工したもの。なのに……なんで物が切れているんだろう?
よくはわからないけど、結果を言えば、神威先生は私を守ってくれた。彼を剣を鞘(もちろん演技用)におさめ、こちらに目を向けた。
「あ、あの……」
「大丈夫でしょうか? お怪我は……」
あれ? これって台本になかった、ちょっとしたハプニングだよね? まさか、この状況で――彼は演技を続ける気なのだろうか? しかもアドリブで? アドリブで!?(大事なことなので二回言いました)
「なんともないわ……貴方が、私を守ってくれたから…」
とりあえず、そう言ってみる。アドリブには自信がない。うん、変なことを口走らないかとても心配だ。どうしよう。
「そうですか」
彼は少しゆっくりなスピードで、私に向かって歩いてくる。そして、私の前で足を止めると、彼は私を抱きしめた。ちょちょ、ちょっと!? 彼の目的がわからない。なんで? これ演技だよね?
「お嬢様……」
え、ちょっと待って、頭がぐるぐるしてる。これってまさか、元々入る予定だったシーン!? なんかそんな気がしてきた! っていうか、そこのセリフも一応覚えてたはずなのに、混乱して出てこない、どうしよう、しかもこのシーンで!
「僕の剣で、あなたを守れてよかった」
よく出てきますねそんなセリフ! 本当にそんなセリフありました? アドリブだったらやばいですよ、いろいろと!
「もしあなたの身に何かあったら……、僕はきっと悔やんでいた。だから…」
私は何を言えばいいんですか! っていうかそのセリフのあとで何をすれば!? しかも舞台の上、今更だけど恥ずかしいよこれ!
「あ、あの……? どうして……?」
「……失礼、僕じゃあいろいろとまずいですね」
間抜けな私の言葉に、彼は冷静に言葉を返し、私から離れた。
「……ミク様だけじゃなく、他の使用人にもどうか、今日のことは内密に」
そう言うと、彼は舞台脇へ歩いていく。
「あ、あの! その……ありがとう、いろいろと……」
私がそう言うと、彼は振り返り、僅かに微笑んだ。その表情は演技の顔? それとも。
結局、その後からは台本通りに劇は進んだ。あのハプニングを“最初から台本通りだった”かのように変えた彼は、淡々と演技を続ける。ハプニングのせいで出てしまった、矛盾してしまうセリフもいくつかあった。そこは教師の三人がアドリブを入れて修正した。
結論を言えば――劇は成功した。
*
真実を知らない観客達は、私達は「ただ演技をしていた」だけに見えるだろう。でも、真実を知る演劇部のメンバーには……どう誤魔化せと?
とくに、リンさんの視線が痛い。うわ、めっちゃこっち見てるよ。なんか手がわきわきしてるよ。絶対何かするし聞いてくるよ。間違いない。
というわけで危険を感じた私は、久しぶりにあの空き教室へ来ていた。誰にも見つからないように、こっそりと。リンさんには偽情報を提供しておいた。多分、ここには来ないだろう。
「やっぱり来たか、ルカ」
いつの間にいたのか。振り向けば、扉のほうに神威先生が立っていた。着替えたのでいつもの白衣だが、眼鏡はかけておらず、今はコンタクトだそうだ。最近はずっとコンタクトだったのだが、舞台も終わったため明日からは眼鏡に戻るのだろう。新鮮だったけど、もう見納めだ。
「ここが安全地帯かと思いまして」
「そうか。ルカも追われたということは……まずい噂が流れる可能性もある」
「まずい噂?」
「俺とルカが付き合ってる、っていう噂だよ」
そうか。真実ではないにせよ、観客の中にそういう噂を流す人がいる可能性もあるんだ。
「実際、噂を聞いた一部の生徒が俺を探しててな……」
「じゃあ、あなたも逃げてきたんですか?」
「逃げるなら屋上とかでもよかったんだが、今あそこは寒いからな」
寒いっていうか、外は雪が降り始めていただろう。とてもじゃないけど、逃げる場所じゃない。凍えて雪だるまになってしまう。それはごめんだ。
「まぁ、噂に関してはもう対策をしてあるから大丈夫だろ」
「対策ですか?」
「リンがあちこちに喋ったりするかもしれないから、ちょっと黙ってもらったり」
あ、なんか微妙に怖いオーラ。つまりなにかこう、脅し的な何かをやったんですね。喋ったらチョークをぶん投げるぞ、みたいな? それなら確かに効果はある。だって本当に怖いもんね!
「あ、誰かがここに来たりしないんですか?」
「その点については問題ない。この教室は、なぜか『Singer』以外の人は来れないから」
「? はぁ」
よくわからないけど、それって『Singer』の人が来たらバレるんじゃ……?
「そこは置いといて。まさか、あんなハプニングがあるとはなぁ」
「本当ですよ。でも、助けていただいて、ありがとうございました」
「いや、いいよ。俺も驚いたけど」
「そうですよね。……そういえば、なんで私を、抱きしめたりしたんですか?」
どちらかというと、私はこちらのほうが驚いた。凄くパニックになったし、心臓は緊張どころじゃないほどにバクバク暴れまわっていたし。
「あぁ、そこは台本になかったしな。あのままだと中止になると思ったし、客も混乱するんじゃないかなーと」
「え、じゃあ、あれは咄嗟の演技……?」
「そう。ルカも混乱するんじゃないかと思ってたけど、うまくできてたな」
「いえ、あれでも大混乱してましたよ?」
おかげでセリフ忘れましたから。結局、そこのシーンの本当のセリフってなんだったんだろう? 台本を見ないと思い出せない。
「まぁいい。とにかく、無事でなにより」
そう言うと、彼は何を思ったのか。近づいて左手をのばし、私の頬に触れた。
「……え」
「動くなよ」
そんなことを言われても、行動が唐突だからどちらにしても動けない。……多分、唐突じゃなくても動けないだろうけど。どうも最近、こんなことが多い気がする。
「……何を」
「いいから」
感情のない声。わざとそうしているんだろう。
何をするのか聞いてみた。でも本当は聞かなくてもわかっている、というよりは望んでいる。彼が何をしようとしているのかを。
少し怖くもある。だから、私は目を瞑った。
頬に触れた指が、唇をなぞっていく。なのに、十秒ほど待ってもそれ以上は何も起こらない。あれ? この流れだと、次は……。じゃあ、なんでこんなに静かなんだろう。
とりあえず目を開いてみると、目の前に神威先生の顔。
「……!?」
少し距離をとる。うん、凄くびっくりした。
「やっぱり、その反応もおもしろい」
「……あ、遊ばないでください」
また演技。おかげで彼の本心がわかりにくい。
「どうして、こんな……」
「かわいいなと思って。まあたまにはいいんじゃないかなと。嫌だった?」
「い、嫌じゃないですけど、できればもう少し心臓に優しいほうでお願いします……」
びっくりしすぎて、体がもたない。
「そうだな」
でも、その笑顔は見ていたいです。
◆
思えば、このときの私は何もわかっていなかったんだ。彼の思いも、痛みも、全て。
私さえ、私さえいなければ。彼はあんなことに、巻き込まれずに済んだのに。
【がくルカ】memory【21】
2013/02/14 投稿
「結末」
学園祭編終了、そして第二章も終了です。
改稿にあたり内容をそこそこ変更しました。
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