注意書き
これは、拙作『ロミオとシンデレラ』の外伝です。
外伝その二『ママ、かえってきて』から、三年後のハクを書いたもので、こちらもハク視点となっています。
三年生になったので、少し漢字が増えました。
【やさしいうそと、むごいうそ】
あたしたちの、新しいママだという、カエさんという人が来て、三年がたった。
そして、あたしは、いらいらしている。
おもしろくないのは、リンのことだ。リンはあたしの妹で、あたしより四つ下。ママがいなくなった時、リンはまだ二つで、何もわかっていなかった。
だからなのか、リンはカエさんのことを、本物のママだって思っているみたい。カエさんの後をついて回るし、カエさんのひざにすわって絵本を読んでもらうし、カエさんがおかしをやくときは、よろこんでお手つだい(といっても、リンがそう言っているだけで、大して役には立っていない)をしている。
今日こそは、本当のことを話さなくちゃ。あたしたちの本当のママは、べつにいるんだって。カエさんがいるから、帰ってこれないんだって。
「リン」
あたしは、リンの部屋に行った。リンは、おままごとの道具を広げて、ぬいぐるみと遊んでいる。
「ハクおねえちゃんだ~。うさちゃん、ごあいさつしましょうね~」
そう言ってリンは、ぬいぐるみにおじぎをさせた。
「リン、大事な話があるの。だから、まじめに聞いて」
リンは首をかしげている。
「だいじなおはなし?」
「そう、大事なお話」
リンはぬいぐるみをひざにのせて、すわりなおした。聞く気はあるみたい。あたしは、大きくいきをすいこんだ。
「あのね、リン。カエさんはね、あんたの本当のママじゃないの」
「それ、えほんのおはなし?」
ちょっと、どうしてそこで絵本がでてくるのよ。カエさんがまい日のように、リンに絵本ばっかり読んで聞かせてるせいだわ。
「ちがうわよ。本当の話。あたしとあんたの本当のママは、カエさんじゃないってこと。わかる?」
リンはふるふると首を横にふった。ああもう、リン、たのむからちゃんとわかってよ。
「だからね、あたしもあんたも、ついでに言うとルカお姉ちゃんも、みんな、今のママの子じゃないってこと!」
さいきん知ったことだけれど、お姉ちゃんのママはまたちがう人らしい。だから、お姉ちゃんは、ママのことがきらいだったんだ。
「リン、わかんない。だって、ママはママでしょ?」
「だからちがうの! あたしとあんたをうんだのは、カエさんじゃないの! 本当のママは、べつにいるのよ」
あたしがいくら言っても、リンは首を横にふるだけだ。
「わかんない」
「わからないふりしてるだけでしょ、あんたは」
「ほんとうにわかんないんだもん!」
「だから! カエさんはあんたのママじゃなくて、まま母ってやつなの! シンデレラいじめてるあれといっしょよ!」
リンは『シンデレラ』のお話が好きだ。このたとえならリンでもわかるだろう。
「ちがうもん! ママはそんなのじゃないもん! リンのママだもん! リン、ハクおねえちゃんなんかきらい! リンがわかんないことばっかりいうんだもん!」
リンはそう言って、部屋を飛び出して行ってしまった。……しまった。あたしは、あわてて後を追いかけた。リンはばたばたとろうかを走って行く。
「リン、まちなさいってば!」
もちろん、リンは止まってなんてくれなかった。そのまま、階だんを走って下りて行く。そして次のしゅんかん、聞こえてきたのはリンのさけび声と、何かがゆかにぶつかる音だった。……そんな!
あたしはおそるおそる、階だんから下をのぞいてみた。リンがゆかにたおれていて、まったく動かない。……足をふみはずして、階だんから落ちちゃったんだ。あんないきおいで走ったりするから……。
「リン! リン! 何てこと!」
カエさんが悲めいをあげながらかけよってきて、リンをだきおこした。
「だれか来て!」
お手つだいさんや、運転手さんがやってきた。そして、カエさんはリンをだいたまま、運転手さんといっしょに、家を出て行った。
あたしは急にこわくなって、自分の部屋にもどった。どうしよう……リンにけがをさせるつもりなんかなかったのに。ただ、本当のことを、知っておいてほしかっただけなのに。
なんで、走り出したりなんかしたのよ。……リンのバカ。
しばらくすると、カエさんがリンをつれてもどってきた。リンはあちこちにほうたいをまかれていて、そのまま部屋のベッドにねかされた。
あたしは、リンの部屋の外で、ようすをうかがっていた。カエさんが、お手つだいさんに話す声が聞こえてくる。
「さいわい、うちみとすり傷だけですんだわ。ほねにひびも入ってないし、頭の方も、いじょうはありませんって。でもまだ不安だし、今日のところはおとなしくねかせておきましょう」
「おくさま、このあとは」
「わたしはしばらくリンについているから、あなたたちは、ルカとハクをおねがい」
おてつだいさんが部屋からでてきたので、あたしは声をかけてみた。
「ねえ……リンは、だいじょうぶなの?」
「だいじょうぶだそうですよ」
あたしは部屋の外から、中をのぞいてみた。リンがベッドにねていて、カエさんはまくらもとのいすにすわって、リンの手をにぎっている。
どれくらいたったのか。リンが目を開けた。
「……ママ?」
「リン、だいじょうぶよ。お医者様も、だいじょうぶって言ってくれたわ」
リンは身動きして、いたそうに顔をしかめた。
「今日のところはおとなしくねてなさい。それと、もう、階だんを走ったりしちゃだめよ。あぶないでしょう?」
「ねえ、ママ……ママはリンのママだよね?」
立ち聞きしていたあたしは、はっとなった。カエさんも、びっくりしたような顔になる。
「リン、どうしたの?」
「ハクおねえちゃんがね、へんなこといったの……ママはほんとうのママじゃなくて、ままははなんだって……」
カエさんは、今度はこまった顔になった。……本当のことだもの。カエさんが、リンをうんだんじゃないってことは。
「ママ?」
「あのね、リン……ママはね、リンのことが大好きだし、とても大事に思ってるわ」
そう言って、カエさんはリンの頭をなでた。
「だからね、リンはそういうことを、考えなくてもいいの。リンがママのことをどう思おうと、ママはリンのことは、大事なむすめで、かわいいたからものだって思ってるから」
……ずるいよ、そんな答え。なんで、そんな返事をするの? あたしは、リンの部屋の前をはなれて、階だんを下りて行った。
一階のホールに行くと、げんかんのドアが開いて、お姉ちゃんが帰ってきた。お姉ちゃんは六年生だから、あたしより帰りがおそい。
「ただいま」
お姉ちゃんはそう言うと、いまへと入っていった。そうして、すぐに出てくる。
「ハク、カエさんは?」
「……リンの部屋。リンがけがをしたから、ついてるって」
「けが? リン、どうかしたの?」
「階だんから落ちたの」
お姉ちゃんはふーんとだけ言って、そのまま二階へとあがっていった。あたしも、その後をおって、もう一度二階にあがる。
お姉ちゃんはリンの部屋の前に行くと、外から「今帰った」とだけ声をかけて、まっすぐ自分の部屋へと行ってしまった。
あたしが、お姉ちゃんの部屋に入ると、お姉ちゃんは学校のお道具をかたづけているところだった。
「何か用?」
「リンの様子見ないの?」
「家にいるってことは、そんなおおごとでもないんでしょう? カエさんもついているんだし、べつにいいわ」
それが、お姉ちゃんの答えだった。
「わたしは、受けん勉強があるからいそがしいの」
お姉ちゃんは、今年「受けん」とやらをするのだそうだ。しけんを受けて、もっとむずかしい学校に行くんだって。お姉ちゃんが受けんしたいって言い出したとき、パパは大よろこびだった。
「お姉ちゃんは……」
「なに?」
「あたしやリンのこと、きらい? ママがちがうから、きらいだったりする?」
「……べつにきらいじゃないわ」
お姉ちゃんはそう答えた。……きらいじゃないの? あたしはずっと、お姉ちゃんはあたしやリンがきらいなんだと思っていた。
でも……そう言われても、ちっともうれしくなんてなかった。むしろ、きらいって言われた方が、よかったかもしれない。
「本当に?」
「ええ。きらいじゃない」
「じゃあ、カエさんは?」
「……どうでもいいわ、あの人のことは」
「つまり、きらいなの?」
「だからどうでもいいの。そういう感じょうを、あの人にはもってないから」
お姉ちゃんの言うことがよくわからない。
「勉強のじゃまだから、出て行って」
お姉ちゃんにそう言われたので、あたしはお姉ちゃんの部屋を出て、自分の部屋にもどった。
自分の部屋にもどったあたしは、つくえのひきだしをあけた。中から、大きめのはこをとりだす。はこの中には、もう一つはこが入っている。そして、その中に、さらにもう一つのはこ。そのはこをあけて、あたしは中から、一まいの写真を取り出した。うつっているのは、あたしとママ。
この写真は、あたしとママが二人でお出かけした時に、とってもらったものだ。ママがいなくなった後、パパはママの写真をみんなすててしまったけれど、これだけは、あたしがもらっていたので、ここにのこっている。
「ママ……」
あたしは、写真の中のママに話しかけた。
「リンはね、ママのこと、ぜんぜんおぼえてないよ。本当のこと、教えてあげようとしたけど、だめだった」
これを見せたら、しんじるかな。……ううん、きっと、むりだ。だって、リンがうつってないもの。リンもうつっている写真が、あればよかったのに。
ママの写真をはこにもどして、あたしはもう一度部屋を出た。すると、カエさんが歩いてくるところに出くわしてしまった。あたしは部屋にもどろうとしたけれど、それよりも先に、カエさんの方があたしに気づいた。
「ハク?」
あたしは部屋にもどるのをあきらめて、しぶしぶ、カエさんの前に立った。
「なあに?」
「ちょっといい? リンからきいたんだけど……」
……やっぱり、その話なんだ。あたしはわるい子って、これからしかられるんだ。本当のこと、教えてあげようとしただけなのに。
「そうよ! あたしが言ったの! あたしが! カエさんはリンの本当のママじゃないって!」
あたしがさけぶと、カエさんはためいきをついて、あたしの前にしゃがみこんだ。
「どうして、そんなことを言ったの?」
「だって、本当のことだもの! カエさんはあたしとリンのママじゃない!」
「あのね、ハク。リンはまだ小さいの。そんなことを言われても、わからないわ」
「だからって、うそを教えるの? うそはいけないことだって、いつも言ってるじゃない」
「時と場合によるの。リンがもっと大きくなったら、ちゃんと本当のことを話すつもりだから……」
「どうせ、それもうそでしょ。この家は、うそばっかり!」
「ハク……」
あたしは自分の部屋にかけこんだ。……カエさんは、ずるい。だから、あたしは、カエさんがきらいなんだ。
でも……リンにこの話をするのだけは、とうぶんやめておこう。リンがもっともっと大きくなって、きちんとあたしの言うことをわかるようになってからにしないと。……もう、階だんから落ちるリンは、見たくないから。
ロミオとシンデレラ 外伝その三【やさしいうそと、むごいうそ】
なんか、この話のリンはひっくり返るとか、怪我するとか、そんな目にばかりあっていますね。
別に怪我させたいわけじゃないはずなんだけどな……。
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