殺人鬼・結月ゆかりの日常 1


 私は座椅子に体を沈み込ませ、こたつ兼テーブルに両足を突っ込んでいる。
 それで何をするのかといったら、手製のノートパソコンで実況動画を見ていた。

 見ているのは大人気実況者のゲーム実況動画だ。誰もが知っている超有名ゲームを軽快にしゃべりながらプレイしている。シリーズ累計の再生数は一千万を軽く超えて、動画をアップロードした実況者は雑誌でも取り上げられるような有名人になった。

 それに比べて、私がアップロードしたゲーム実況動画はどうだ?
 マイリストをクリックして動画の再生数を確かめる。

 ゲーム実況動画は二年の活動で二十本以上アップロードしてきたが……どれも再生数は二桁くらいで、一番見られているものでも数百再生で止まっていた。実況しているゲームも旬や話題性を重視しており、それでいて私自身もちゃんとプレイを楽しんでいた。

 流れてくるコメントも酷いものである。
 なんだ女か。何番煎じだよ。新しい声素材かな?
 そんな味気ない言葉が二つ、三つほど書き込まれているだけなのだ。

「私の動画と有名実況者の動画と……なぁにが違うんですかっ!!」

 大声で叫びながら、座椅子の背もたれごと後ろに倒れる。
 それから、手元にあったクッションをバシバシと叩いた。
 運動していないのですぐに疲れる。

「本当は分かってますよ、私だって……」

 声は聞き取りづらいし、実況はたどたどしいし、動画編集は下手だし……ブレイクする要素は一つもない。視聴者に媚びたところもなければ、積極的な宣伝活動もしていない。心に残るものが何もないのだ。

 壁際のスタンドミラーに先月二十歳になった私の姿が映っている。
 外出する予定もないから完全ノーメイクだし、当然のようにスキンケアもしていない。
 体毛の薄さがせめてもの救いで、手入れする手間が省けている。

 伸びっぱなしの髪は立っても地面に着きそうだ。あまりにもうっとうしいので、前髪はヘアピンで留めて、後ろ髪はシュシュで緩く二つにまとめている。薄紫色のジャージは一週間前から着ているものだが……まあ、外出してないから平気だ。

 それから、両手にはぴっちりと貼り付くような黒手袋を填めている。サテン生地なので表面がサラサラだ。キーボードはべたつかないし、パソコンのモニターも拭けたりして結構重宝している。高校生のときからの愛用品だ。

 私はむっくりと起きあがって、再生数が伸びない実況動画という現実と向き合った。
 で、動画の上に表示される広告が目に止まる。
 そこには『無差別連続殺人事件、これで二十三件目!』と書かれていた。

 すぐさま、私は広告を非表示設定にする。
 それは私の住んでいる街で起こっている事件だった。二十三件だなんてとんでもない話であるが、それだけ繰り返されると簡単には驚けなくなる。でも、恐怖心は雪が少しずつ降り積もるようにして、私たち一般市民の間で成長していった。

「……これだから外の世界はおっかないですね」

 殺人鬼が出没する街に出かけるくらいなら、私はアパートで実況動画を編集する!
 今日も楽しい引きこもり生活の始まり――

 ピンポーン!

 部屋のインターフォンが鳴った。
 それから、三三七拍子のリズムでインターフォンが連打される。
 こんなことする人間、私は一人しか知らない。

「はいはい、今すぐ出ますよ」

 私はのっそりと立ち上がる。
 ワンルームのアパートなので、こたつから玄関までは数歩しか離れてない。
 玄関のドアを開けると、真っ先にとてつもない母性の固まりが視界に飛び込んできた。

「オッス、ゆかりちゃん。また引き籠もって動画を作ってるの?」
「こんにちは、マキさん。私の創作活動を邪魔しに来たんですね?」

 弦巻マキ、それが来訪者の名前である。
 彼女は私の幼なじみで、同じ高校を卒業して、同じ国立大学に進学した間柄だ。

 背中まで伸ばした金髪は、大学進学の際に染めたものである。高校までは黒髪眼鏡の地味子だったのに思い切ったものだ。音楽大好きの彼女らしくヘッドホンを首に引っかけている。服装は真っ赤なパーカーにダサいシャツ。デニム生地のホットパンツとニーソックスが太ももに食い込んでいる。彼女は大変に発育がよろしいので、着ているシャツは胸元が目一杯に引き延ばされていた。

 シャツをよく見てみると、そこには『I AM SEX MONSTER!』とポップな字体で書かれていた。彼女がいくらロックな女でも、そんな恥ずかしいシャツを着るとは思えない。おそらくはデザインだけを見て選んだのだろう。

 あとで人目があるときに教えてみようかな?
 彼女の恥ずかしがる姿が目に浮かぶ。

「……ゆかりちゃんの部屋は相変わらず汚いね」

 マキさんがあからさまに顔をしかめた。
 それもそのはずで、私の部屋は文字通りに足の踏み場がない。

 購入した漫画や雑誌や同人誌、声優のCD、ゲーム機や実況機材で床一面が埋め尽くされている。収納はとっくにパンクしてしまい、半開きのクローゼットからは十八禁ゲームの箱が大量に顔を覗かせていた。
 テーブルの周りにはインスタント食品の容器。流し台には水に浸した食器類。窓際には先週から干したままのタオルが吊してある。まともに整理整頓されているのは、フィギュア類が飾ってある棚の上だけだ。

「女の一人暮らしなんて結構汚いものですよ」
「あ、それにゆかりちゃん……もしかしてノーブラじゃない?」

 マキさんが私の胸を指差した。

「ジャージの上から分かるとか、マキさん、どれだけ先端を観察してるんですか?」
「先端だけ観察してるわけじゃないってば!」
「マキさんと違ってスレンダーですから、私にはブラジャーなんて飾りなんですよ」

 私は歴とした二十歳の大学生であるが、憎らしいことに高校生や、あまつさえ中学生に間違えられることもある。童顔であることや、背が低いことは、まあ我慢できる。でも、胸がないせいで勘違いされるのは心外だ。

「それはそうとして、また引き籠もってるわけ?」

 マキさんが雑誌類を退かして、埋もれていたクッションに腰を下ろした。
 彼女と向かい合うように、私は定位置の座椅子に再び座る。
 こたつの中で両足を伸ばすと、正座しているマキさんの膝に足裏が当たった。

「私には大人気実況者になって、美少女声優さんとキャッキャウフフするんです」
「夢がよこしますぎる……」
「そのうち百万再生くらい簡単に叩き出してやりますよ」

 私の意気込みとは対照的で、マキさんが向けてくる視線は冷たい。

「大学は? 講義、全然出てないよね?」
「講義になんて出てたら、動画を編集する時間がなくなっちゃいますよ」
「それでもさぁ……せめて、たまには外出くらいしようよ?」
「外出してますよ。コンビニとか深夜営業のスーパーとか」
「そうじゃなくて、遊びに出かけてお散歩するんだよ。歩かないと健康に悪いから」

 私は乾いた笑い声を漏らした。

「外出が必要なのはマキさんの方じゃないですか? お腹ぷよぷよですよ」
「悪かったな、ぷよぷよで!」

 マキさんが前のめりの姿勢になって、万年ぷよぷよのお腹を隠した。
 テーブルに彼女の巨乳がドンッと載せられる。
 なんですか、それは? 私のことを挑発してるんですか?

「それに……外の世界はおっかないところですよ」
「どうして?」
「殺人鬼が出るかもしれませんよ。やだなぁ、怖いなぁ……」
「まだ昼の二時だよ? カーテン閉めきってるせいで分からないけど」

 私はノートパソコンにあごを載せてふくれてみせる。
 すると、マキさんが私の頬を人差し指でツンツンしてきた。
 私は釣り上げられたフグか!

「幼なじみが誘いに来たんだから付き合ってよ。午後、休講なんだよね」
「……気乗りしないですが、仕方ないですね」

 マキさんにとっては貴重な平日休みである。
 たまには親友の頼みを聞いても罰は当たらないかもしれない。
 動画製作にも行き詰まっていたところだし、ここは彼女の話に乗ってみるか……。

「近場じゃないと嫌ですよ?」

 私は愛着しているニット帽に手を伸ばした。


(2に続く)

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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【小説】殺人鬼・結月ゆかりの日常 1【ゆかマキ】

結月ゆかりは絶賛引きこもり中の大学生。
幼なじみの弦巻マキに構ってもらいながら、大人気ゲーム実況者を目指していた。
そんな二人が暮らしている街では無差別連続殺人事件が多発していて……。

閲覧数:1,334

投稿日:2014/12/29 04:58:50

文字数:3,414文字

カテゴリ:小説

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