6-4.
コンコン。
山崎研究室、と書かれたその扉を恐る恐るたたいてみる。もうすぐ夜中の一時になるような時間。本当なら、ここに来ちゃいけないに決まってる。
でも……海斗さん。
ママの言ったこと、本当じゃないんですよ。
私、海斗さんが好きです。迷惑だなんて思ってないんです。だから――。
ガチャリ。
「こんな時間に――」
ドアを開けたのは、知らない男の人だった。たぶん文句を言おうとしたんだろう。けれど、私の姿を見て口をつぐんだ。
「高校生? あ、カイの彼女……だよ、ね?」
私は説明しようとして、静かにうなずいただけで何も言えずにうつむいた。
「困ったな。今日はカイの奴、もう帰っちゃったんだよ」
いない、んだ。
私は「そうですか」とも言えずに扉の前に立ち尽くすことしかできなかった。
「――とりあえず、びしょ濡れだし、中に入りなよ。インスタントでいいなら、暖かいコーヒーがあるよ」
私はその人に招かれるまま、研究室に入った。
「そこ、そう。その後ろの一番片付いてる席がカイの場所だから、そこに座ってて。タオルがどっかにあったはずなんだけど……」
今日は、研究室にはこの人しかいないみたいだった。私はその人に言われるまま、びしょ濡れのブレザーをハンガーにかけて、ブラウスの上からバスタオルを羽織って、インスタントコーヒーをすする。
研究室は、思ってた以上にごちゃごちゃしていた。私にはわからない専門書が壁一面の本棚に敷き詰められていて、そこに入り切らなかった本が床に山積みにされている。何かのデータなんだろう、たくさんのグラフを印刷した紙もそこら中に散らばっている。研究生のデスクなんて、その隙間に何とか押し込めた、といった感じだ。
「なにか――あったの?」
私は何も言えずに、黙ってうなずく。
男の人は困ったように頭をかいて、ため息をついた。
「――って、俺が聞いても仕方ないか。覚えてる? 学園祭の時、俺もカイと一緒にいたんだよ」
「あ、あの時の……」
私が思い出したことに、その人は少しホッとしたみたいだった。
「未来ちゃん……でよかったよね? 俺、煉っていうんだ。よろしく」
「レンさん……」
「そ。ごめんね。女子がいれば着替え頼めたんだけど――」
「いえ……そんな」
その人――煉さんは「ちょっと待ってて」と言うと、ケータイを取り出して誰かに電話をかける。
暖かいけれど、にがいそのコーヒーを飲みながら、私はぼんやりとその人の様子を見ていた。
誰に――電話してるんだろう。そう思った矢先だった。
「あーカイ? よかったよかった。起きてたみたいだな」
「――!」
「起きてんなら話は早い。すぐに着替えて一秒でも早く研究室に来い!」
私は呆然と煉さんを見た。煉さんは真剣に、けれど面白そうに言葉を続ける。
「そんな場合じゃない? カイ。ふざけたこと言ってられるのも今のうちだぞ。冗談抜きで今すぐ来なきゃ、テメーは一生後悔することになるからな」
どうも、海斗さんは反論してるみたいだった。なんでだろう。やっぱり深夜だから嫌なのかな。
そう思ってすぐ、それだけじゃないことに気付いた。だってそうだ。海斗さんだって、私のママに一方的な電話をされたあとなんだから。もしかしたら、何度も私のケータイに電話をしていたのかもしれない。
「カイ。ずいぶん挑戦的だな? だけど、これを聞いたらカイも考えを改めるぜ」
そして煉さんは、私にケータイを差し出してニヤリと笑う。
「ほら、喋ってみなよ。カイが驚くとこなんて滅多に見られないから」
私はおずおずとケータイを受け取って耳にあてた。
「あ、の……海斗、さん……?」
[え? 未来ちゃんっ!? なんでそこに……ちょっ、すぐ行くから!]
まさに寝耳に水、といった様子で、電話の向こうがドタドタと急に騒がしくなる。
「ちょっと貸して」と言う煉さんにケータイを返すと、その人は笑いをこらえながら海斗さんに話す。
「カイ、わかったな? 女の子を待たせるなんて男として――って聞けよ! カイのやつ、ケータイ切りやがった!」
私はホッとして、煉さんを見て思わず笑ってしまった。私を元気づけようとして、わざと大袈裟な態度をとってくれてるのがわかったからだ。
「とゆーわけで、もう少しでカイが来るから、それまでの辛抱だよ」
通話を切られてしまったケータイを渋々閉じると、煉さんはそう言った。
「ありがとう……ございます」
パパとママ以外の私の周りにいる人は、みんな優しい。煉さんも、愛も、海斗さんも。なのに、家族のはずの、一番距離が近いはずのパパとママは、優しいどころか、私のことをみてもいない。
どうしてなんだろう。
どうして、パパとママだけはわかってくれないんだろう?
「カイはさぁ」
「え?」
思いふけっていたのを中断して、煉さんを見る。
「カイは、いいヤツなんだよ。それは、たぶん君も知ってるよね?」
「それは……すごく」
昔の海斗さんを思い出すように、その人は悲しげに笑った。
「つい最近まで、カイは誰にでも優しくて、優しすぎて、自分をないがしろにしてた。本人の前では一度も言ったことないけど、ここの研究室のみんなはそんなカイが、いつかぶっ壊れちまうんじゃないかって冷や冷やしてたんだ」
「海斗さんが……壊れる?」
私には意味のわからないその言葉に、煉さんはうなずく。
「そう。カイは今まで、俺の知る限り一度だって、自分の都合で行動したことがなかった。他人の頼みを断ったこともほとんどなかったし、自分の望みを言ったこともなかった」
煉さんは「お手上げだよ」という風に片手を上げる。
「……」
知らなかった。けれど、何となく分かるような気がした。他人に優しすぎる代わりに、自分が傷つくことをためらわない。だから、優しいことが逆に危うく感じられる。
「けど、最近になってカイも変わったよ。君に会って」
「私……ですか?」
そのセリフにいまいちピンとこなくて聞き返すと、煉さんは「そう。君のおかげ」と言って少し笑った。
「あいつが君に会うための時間をつくるために実験を前倒しにしたり、他の奴に代わりを頼んだり。今までのカイなら考えられなかった」
コーヒーを飲み干して、言葉を続ける。
「君にも、俺の知らない、カイもまだ知らない苦しみがあるかもしれない。いや……こんな時間にこんなとこに来るんだ。ないわけがないよね。それでも、知ってて欲しい。カイを救ったのは間違いなく君で、カイを支えられるのも、たぶん君しかいないんだ」
「そんなこと……私は、ただ……」
恥ずかしくなって、うつむいてしまう。だって、まだ付き合ってたったの一週間。出会ってから数えたって、まだ二週間しかたってない。けれど、でも、もし本当に煉さんの言う通りなら。
私も海斗さんを支えてあげたい。できるかなんて……わかんないけど。
「あー、やっぱ真面目な話は苦手だな。ガラじゃねーよ。うん。もっと面白い話しなきゃね」
声のトーンをガラッと変えて、陽気な口調になる煉さん。
「面白い話、ですか?」
「そ、面白い話。君がつけてるそのネックレス、カイにもらったもんだろ? あいつ、それ買った時にさ――」
「未来ちゃんッ!」
煉さんの話を遮るように、バタンと勢いよく扉が開いた。その扉の向こうに、息を切らせた海斗さんが立っていた。
その海斗さんの姿に、私は思わず涙がこぼれてしまった。
ロミオとシンデレラ 31 ※2次創作
第三十一話。
海斗の友人に名前をつけるかつけないかで悩みに悩んだあげく・・・・・・。
見ての通りの結果に。
「そんなバカな!」と思ったのは皆さんだけではありません。自分もです。
・・・・・・ごめんなさい。
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