「夢見ることり」を挿入歌に使ってファンタジー小説を書いてみた [3]
……アークのさした看板は、
『蛍屋』
「何の店?」
アークは答えずに、その店の木戸と押した。
きぃっときしんだ音を立てて中に入ると、ろうそくの炎の色のような暖色の光が二人を包んだ。
「いらっしゃい」
五十がらみの男の声が、店の奥から二人を出迎えた。
鷲族であるらしいその男の背の翼は、髪と同じ灰色だ。それが黒いエプロンと合っていて、無骨な顔立ちながらも妙に格好良い。
マルディンさんがあと十年歳を取ったらこんな感じかな、とリリスは思った。
「悪いな、週末遅くに」
アークが店主と思わしきその男に、気さくに声をかける。
「いいさ。今日は人も少ないし、早めに閉めようと思っていたんだが、間に合ってよかった」
リリスも会釈すると、店主は、ゆっくり見ていきな、と言う風に頷いた。
「アーク、この店……」
アークは、リリスをふり返って笑った。
「ちょっとめずらしいだろ? 茶と、果物の乾物の、専門店。今日行った医院の待合室に、チラシが入っていたから。助手さんに聞いたら、あそこのセンセイが、そういうの好きなんだとさ」
「いつの間にそんなチェックを……」
驚くリリスに、会話を聞いていた店主が笑った。
「そうか。ラッドのところでね。どうりで、若いかたがめずらしいと思ったよ」
店主が立ち上がり、アークたちのところへ歩いてくる。
「どなたか、具合が悪いのかね?」
「あー……」
アークが、どう説明したものかとしばし迷って頭をかく。
「上司なんです。今朝、風邪を引いて、こじらせてしまったみたいで」
リリスが如才なく説明したのを聞いて、アークはなるほど、と感心した。
「今日は、その人のために?」
「はい。……私には何も言わなかったけど、そうだよね? アーク?」
店主が目をまるくする。灰色の翼が少し開く。
「そりゃあ感心だなあ! 部下にこんなに思われちゃ、上司冥利につきるってもんだ! お兄さん、若いのに、えらいねえ」
店主が心底感心しているのが翼の様子で解り、同じ鷲族のアークはとっさに口を開く。
「お、鬼の霍乱なんてめずらしいから、この機会に恩を売っておけばちょっとは普段の雷を回避できるかなって思ったんですよ!」
アークの翼がバサリと開く。あきらかすぎる照れ隠しだ。
そのことでさらにアークが焦ったことも、同じ鷲族の二人には筒抜けだ。
「下心満載ですから! えらいとかそんなのとは、ぜんぜん違いますから!」
リリスはくすくすと笑っていたが、ついにアークの肩を叩いて大笑いし始めた。
店主も、にこにこと見守っている。
「じゃあ、そうだね……」
店主の視線が、店の陳列棚の、お茶の並べてある一角を往復する。
「風邪のときは、この花が効く。味が強いから、紅茶にまぜてもいい。
あまり神経を刺激したくないときは、こっちの白い花とあわせてもいい。
後は、どんな様子かね? ものが食べられないほど酷い寝込みようかい?」
店主が、この店の目玉である、乾燥させた果物の棚を指して言った。
「もしそうなら、糖度の高いものと合わせるが、どうだい?」
う~ん、と、アークはうなる。
「いちおう、それほど酷くはないと思う。多少強引に医者に運んでも、もどすこともなかったし、粥も食えてたし。甘すぎないほうがいいかな。男だし、いい歳したおっさんだし」
アークは、やがて思いついたのか、頷いた。
「おいしさ、優先で」
くっ、と、店主が含んだ笑いを吹き出した。
「たしかにな。ラッドのところの薬の味は、地獄だ。僕もアレを飲んだときにゃ、二度と病気になんかならないと誓ったっけな」
店主は、アークの買う気を確かめて、小売用の袋をカウンターの奥から取り出してきた。
「して、商談だが、どれくらいいっとくね?」
「三人で十回ぶんくらい、出せればいいと思う。五回は、花茶で。のこり五回は紅茶で」
「はいよ」
店主がまずは果物を数種類選び、奥のカッターで適度な大きさの細切れにする。
そして、2種類の花びらを混ぜ合わせてまず花茶をつくり、白い果肉の果物を混ぜ合わせた。次に紅茶と黄色の花びらを混ぜ、そこにも同じ果物の細切れを混ぜる。
「淹れ方は普通の紅茶と同じだ。使った後の果物は食べられる」
とんとん、と目方を量った。古くから利用されている、天秤だった。
「では、最後の質問だ。かの幸せ者の上司は、君から見て、どんな性格かね?
そして、君は彼に、何を望む?」
いささか不思議な問いかけに、アークは戸惑った。
店主は、店の一角の、スパイスの棚の前で立ち止まる。
「最後にふりかけるスパイスが、この蛍屋の特徴だ。僕は、うちの茶を飲む方の心に、ほっと明かりの灯る様な、そんなお茶を提供したい。
そして、共に飲むものの灯りを結び付けたい。それがうちの屋号『蛍屋』の起こりだからね。
君の話を聞いて、飲む人にぴったりのものを選ぶための参考にしたいんだ。
うちのスパイスは全世界からやってくる。
甘いものもある。辛いものもある。気持ちが高ぶるタイプもあるし、逆に安らぐタイプもある。目立った効用を為さずに、香りだけを楽しむものもある」
アークは、にやりと笑って、迷わず口を開いた。
「まず、性格だな。口うるさい」
ぶ、と吹いたのはリリスだ。
「他人にも厳しいが、自分にも厳しい。ものすごく頑固。
だからこそ、強い。
周りと自分を傷だらけにしても、何かを目指すことを躊躇わない。
そして、傷つくことに慣れている。
……彼の強さは、痛みを感じないことで成せることではないんだ。
痛みに、慣れているだけだ」
リリスは、あっけにとられてアークの言葉を聴いていた。
「俺たちの倍以上生きているから、奴も自分でそのことに気づいている。
ただ、マヌケなのは、たった二週間つきあっただけの俺に、ここまでのことを悟らせるような言動をしてしまうあたりだ。
ま、わざと弱みを見せて、人をひきつける技なのかもしれないけどな。
だとしたら、ちょっとは救いようがあるかな……」
店主が、うなずく。アークは、促されて続ける。
「諸刃の剣、が人間になったらあんな感じかな。
そうだ。まだあるぞ。
痛みに不感症ではないから、他人の痛みもわかる。
だから、ずいぶんと他の人間に対する接し方、というのかな。臆病なのかと思うところもある。
女のリリスに多少遠慮するのは当然として、俺に対しても、俺が傷つくのをあいつ自身が恐れているような気がする。
研修だから、遠慮なく怒鳴られるけど、サルベージ技術も特級だ。
なんていうのかな。
憎まれ役を買って出はするけれども、悪役になりきれない小心者だ。
仕事として、俺たちを育てるために、悪役に徹しようとしているのが解る。
……こういうことを、部下に悟らせちまうような奴。
くそ。なんか言ってて腹が立ってきた。ああ、悪い、スパイス選びとは関係なく、俺の愚痴になっちゃってるな」
「いいよ。君らが今日の最後の客だ。普段言えないことも、一切合財吐き出したまえ」
リリスの背を叩いて、店主がいったん奥に引き上げた。
と、紅茶を二つ、携えてきた。
「はい。おにいさん。お嬢さん。一息、つこうじゃないの」
試飲スペースに、店主は二人を促す。
ふわ、と野いちごの香りが漂った。
リリスが声無き感嘆を上げる。
アークも座って、紅茶を一口、口にする。
「モリノフユイチゴ、と、リンゴだな。冬の組み合わせだ」
あたり、と店主がうなずいた。
「おいしい。あたし、こういうの、初めてです」
リリスの睫毛が、湯気の中にそっと揺れた。
つかのま、アークが魅入ったのを、彼女はついに気づかなかった。店主が微笑む。
「それで? 彼については、もういいかい? 君の望みは?」
含んだお茶を飲み込んで、アークは息をついた。
「べつに、俺は新人だから、怒鳴られるのはいいんだ。至らないのは本当だし。
ただ、あの人さ。もう少し、足元を見る余裕をもってほしいんだよね。
今日の倒れ方は、正直……そりゃないよ、と思った」
リリスが、どきりとアークを見た。
アークの視線が、リリスの手の辺りでゆれている。
まるで、今の言葉は、リリスに向けたように思えたのだ。
街へ来る道で、アークは、リリスに、マルディンと似ていると言っていた。
「アーク、」
「よし、わかった。じゃ、あれだな」
店主が、木の皮が丸めて入っているビンに手を伸ばし、いくばくかの欠片を取り出した。
再びカウンターの奥で乳鉢を取り出し、千切った木の皮を粉にしてく。
ふわりと、甘辛い香りが漂った。
「よし、完成だ。蛍屋より、哀れで幸せ者の上司に捧ぐ特性茶。
最後のスパイスは、神経をやわらげる甘辛いタイプのものだ。
もちろん、ラッドが出した薬との相性もぶつからないものにしてある。
薬は水を使って飲んだほうがいいが、その後にこれを飲んでも大丈夫だ。
もちろん、病気でない君らにとっても、おいしく飲めるだろう。
早く、帰ってやりな」
にこりと店主が笑い、金額を示した。
「あれ、さっき飲んだお茶代、入ってないけど」
はは、と店主は笑った。
「おまけだよ。君ら、ひさしぶりに面白い客だったからさ。お兄さん流に言うところの、こちらの下心さ。翻訳するなら、また来いよ、ってあたりか」
ニヤリ、と店主が笑みを見せる。アークも、リリスも笑った。
「ごちそうさま!」
「次の休みが出来たら、また来ます! 」
店主が、扉を開けて見送ってくれた。
すっかり濃い闇に支配された夜に、外灯の緑の灯りが、道しるべのように続く。
「次は春の組み合わせ、飲みに来いよ!」
蛍屋の温かい光は離れがたくはあったが、二人は、身を切るようにうなる夜風に、誘われるようにして外に出た。
* *
……[4]へつづく
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