嘘である。
 いた。寝転がっていた。僕のベッドに。唖然として近くによると、なんとも幸せそうにぬくぬくと毛布にくるまって寝ている。僕が掛けてあげた布団は抜け殻のように床に捨てられていた。
 ……どうも暖かさに釣られて僕の巣にもぐりこんだらしい。メイコの進んだ跡がシーツにしわとなって残っていた。カタツムリみたいだ。メイコカタツムリ。新種である。
 下らないことを考えながら、まずはと斜めにかかっている布団をきちんとかけなおした。メイコは一度むずかって体を丸めたが、またすぐに緩めて至福だというようにため息をついた。
 さて、今目の前には三つほど選択肢がある。一つはこのままメイコをほっといて僕がメイコのベッドで寝る。なんとも心躍るような案だ。いい匂いしそうだし。メイコにも事情を話せば了解してくれそうである。そういう抜けているところがいつも心配なのだが、本人はこれっぽっちも分かってくれたことはない。男をそんな簡単に自分の領域に入れてはいけないんだぞ! 僕はいいけど。一つはこのままメイコをほっといて僕はリビングのソファーで寝る。なんと寒々しい案だ。できる限りそんなことはしたくない。というより風邪っぴきがリビングで寝ていいのかということで却下した。騒がしいであろう妹弟に起こされるのは困るし、彼らに風邪をうつしてしまうのはもっと困る。一つはこのままメイコをほっといて一緒に僕のベッドで寝る。なんという僕の理性を試すような案なんだ! 人とは思えぬ! この外道!
 一通り自分を罵倒してから、結論を出した。
 そうだ、メイコに聞こう。
 起こすのは忍びなかったがさすがなんでもメイコの許可なしに一緒に寝るのは怖かったので(特に妹たちと弟の目が。それからメイコ大好きのルカも怖い)、ともかく言質だけでは取ろうとメイコを揺り起こす。ちなみにメイコのベッドで寝る案は却下した。そういえばメイコの部屋は人が訪ねる予定が無い限り、密林なのを忘れていた。
 「めーちゃんちょっと起きて」
 メイコは眉にしわを寄せて不機嫌そうに唸る。まるで眠りを邪魔された猫のようだ。半分はあたりなんだけど。
 めーちゃん、ともう二度ほど声をかけて肩を撫でたら、実に不本意そうな声で、なによ、と答えが返ってきた。
 「あのさ、めーちゃん、僕、自分のベッドで寝ていいかなぁ……?」
 ずるい言い方だと指を指されても構わない。ともかく、うん、とさえ言ってくれれば僕は晴れてメイコと一緒に寝ることが出来るのだ。しかも合法的に。両方の了解を持って。
 メイコはんー、なによー、とはっきりしない声で呟いて、
 「当たり前にいいわよ」
 と僕の欲しかった答えをくれた。それからまた寝息を立て始める。僕はやったーと小躍りしたい気持ちを抑えず、ふらふらの頭で新曲のダンスを最初から最後までしっかり踊り終えた。最後の決めポーズも外さなかった。のどが渇いたので、もう一度台所に行ってスポーツドリンクを飲んでから、今度はそのペットボトルと一緒に戻った。
 メイコを見下ろして、そういえば明日の仕事、と思い至った。目覚まし時計を手にして、メイコの起きる時間って何時だっけ、と思い出そうとしたが、その前に明日メイコのことはミクが起こしに来るということを思い出して、放っておく。目覚ましを自分の起きる時間に合わせて、枕元においた。
 もう一度メイコを見て、
 「よし」
 小さく呟いて気合を入れた。
 薄く布団を持ち上げて、メイコが寒くないようにとすばやく体を潜り込ませる。布団に入っていたメイコよりも熱を持っている僕の体のほうが温かいらしく、熱源にメイコは擦り寄ってきた。びっくりするのは熱源である。僕の理性を試してそんなに楽しいか! というこほど嬉しそうにメイコが近づいて、最終的には抱きついた。柔らかい感触にめまいがした。いつもハグしているとはいえ、相手からこられるとここまで違うものか。ともかくどかんと上がった熱を下げようと、違うことに考えを向けようとする。そうだ、今冷凍庫に入っているアイス。あのアイスは有名な製菓の限定品で、どうにかして家族分手に入れたのだった。みんなで食べようとメイコに行ったらすごい嬉しそうにしてくれて、僕のほうが嬉しかった。ああ、メイコ。……違う! メイコ以外のことを考えなくちゃいけないのに。なんでこんなに柔らかいんだろう。というか寝顔なんて無防備すぎる。メイコは外で寝ては危ない。明日そう忠告しておこう。あー、もう幸せすぎる辛すぎる。幸せから一を引いただけで辛いとな。今回は位置だけど。僕たち二人の今までの位置を引いたら辛い。あー、もう、メイコかわいい。
 ………。
 ……一度なら、いいよね?
 理性をかき集めて自分自身を説得して、少しだけわがままを許してあげた。メイコに向き合って、その近さに感動しつつ、ゆっくりメイコの背に手を回す。それからやさしく抱きしめた。メイコは満足そうに顔をほころばせる。そこで止めようと思った。僕の体温よりも熱いメイコの吐息が、僕の顔に、唇に、首筋にかかる。そして僕が吐いた息も、メイコのまつげを揺らす。
 その顔に引き寄せられて。
 つい、キスをしてしまった。お休みのキスだし、と無意識に誰かに言い訳をする。大体おでこなのでセーフだ。セーフなのである。さすが何でも許可なく唇を奪うのは心苦しい。でもこれ以上体を密着していると僕の色々が危ないので、少し距離を開ける。メイコは熱が離れてすこし不満そうに身じろぎをした。それがカイトがいなくて不満顔じゃなくて、カイロがいなくなって不満というのが泣けてくる。
 「でも、これくらいは許してくれるよね」
 小さく息を吐いて、もう一度キスをした。
 おやすみ、めーこ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

【家族愛】微熱とカタツムリ 4/5【カイメイ】

いや、やっちゃいましたね。
許せませんね。
許しません。

最終話は明日に。

閲覧数:300

投稿日:2012/02/17 18:17:34

文字数:2,361文字

カテゴリ:小説

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