二枚目:
大人になるという事。
それはつまり、責任が増えるという事。
人の愚かさ、汚さを知るという事。
守るものが増えれば増えるほど、
自分を殺せなくなるという事。
俺が三十歳の時、娘が生まれた。
名前を恵美と決めた。
娘が成長し、幼稚園を卒業する頃、
妻が他の男の元へ去った。
その頃から徐々に娘の心が狂い始めた。
俺の精神も次第に壊れていった。
負の感情というのは、
捨てろと言われて捨てられるようなものじゃない。
一度付いた傷跡は、死ぬまで癒えない。
DNAというより、
親の日頃をみてあんな風になったのだろう。
例えば、俺の書いたものを読んだとか。
何にせよ、全部俺の責任だ。
ある時、娘が妙な事を言い出した。
「私、生きる事に飽きたの。
死ぬために色々試して見たけど、
意地が悪いなにかのせいで足が竦んで思い通りにいかないの。
まだ、怖いのかな?生きたいのかな?」
俺は、なにも答えなかった。
気の利いた言葉が思い浮かばなくて、
笑って誤魔化したが、娘は悲しげな顔で俺を見た。
俺に何かを訴えているような気がした。
…………………………………………
最後に笑うのは、泣かされた者。
最後に泣くのは、泣かせた者。
人生は、傷つき傷つける事の繰り返し。
それでも、
人を殺めたり深く残る傷を負わせた者は最期に泣く。
その涙は、嬉し涙や寂しい涙ではなく、
恐怖と後悔が混ざった懺悔の涙。
俺は娘に、因果応報の恐ろしさを教えた。
すると娘は、それでも神は咎めないと言った。
償いなんて、クズには無理だ。
弱い者が救いを求めて叫んでも、
どんなに祈っても神は応えない。
だから人の不幸は終わらない。
罪なき人が死んでゆく。
「ねぇ、どうして人は争うの?」
「それで利益を得る人がいるからだよ」
「例えば?」
「君でも知ってる組織とかね」
「私でも?」
「君はあの国が嫌いかい?」
「嫌いじゃない」
「でもね、この国でもあの国でも憎む者がいる。
あの国のせい、奴らのせいだってね。
こんな時代だからね。みんな正義に酔いしれる」
「私達は何も悪くないし、何も知らなかった」
「その通りだ」
「いつまで続くのかな?」
「早めがいいね」
この会話の後、俺は娘を両親に託して、
家から遠く離れた森で首を吊った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

名無しの手紙(二枚目)

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投稿日:2023/02/09 13:49:11

文字数:950文字

カテゴリ:小説

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