第二章 目的と思惑
せっかく武術を習って強くなったんだから、悪い奴をやっつけたい。だから、悪者の場所を調べてこい。
一番の親友であるジンにこう言われた時は、最初冗談かと思った。今までこの幼馴染の様々な悪戯に付き合わされては陛下の拳骨にお世話になっているが、今回ばかりはばれればそれでは済まない気がする。いや、絶対に済まない。
だから断った。確かにジンは、武術師範であるヴィンセントが舌を巻くほど強いし、アレンも膂力は無くとも瞬発力と柔軟性を生かして戦えるように教えてもらっている。けれどだからと言って、子供二人で犯罪者に立ち向かうのは危険性が高い。
しかし、いつも通りジンは諦めなかった。
危険性以前に情報を得るのは無理と説得しても、アレンなら何か上手い方法を考えられると言って聞かない。しかも人間不思議なもので、言われ続けている内に入手方法を思いついてしまったのだ。嘘をつくのは得意なのだが、ジンに対してだとその限りではなかった。
作戦の遂行可能を悟った親友は、目を輝かせて最適な日程をアレンに決めさせた。
乗り気ではなかったが、これを成功させれば父から、何かしらの反応を貰えるかもしれないと思い至った。犯罪組織の疑いがある建造物の調査・制圧は間接的とはいえ、黄の国宰相である父に貢献することになるのだから。
その反応が怒りでも構わない。実の父への欲求不満の中、親友への嫉妬を噛み殺すのにも心底疲れていたからだ。
後から考えれば、浅薄甚だしい。
「ふー、たくさん買えましたねえ」
心から嬉しそうに王宮の廊下を歩く母。その後ろでジンと護衛官と協力して、アレンは荷物を必死に運び込んでいる。
「伯母さん、こんなに食うの? すげえなあ」
持ち前の身体能力と体力で、自分の三倍の量を背負って尚紅髪の王子は元気なようだった。
「へへへへ、美味しいよ。陛下にも持って行くから、ジンも一緒に食べようね」
「楽しみだな」
軽く睨みつけてやると、菓子につられて本日の目的を忘れている言いだしっぺは慌てて付け足した。
「っと、おれとアレンはこれからちょっと用事があるから、また今度かも」
「あれ、残念だなあ。アレンも一緒に遊びに行くの?」
「うん、前から約束してたんだ。ごめんね、母様」
潤んだ目で見られて良心が締め付けられたが、これで断念するわけにはいかない。ハウスウォード家共有の広間に全ての菓子を運び終わった後、ジンとアレンはこそこそと王宮から出て憲兵隊の詰め所に向かった。
「アレン様、こんな所にどうなさったのですか?」
資料管理官が、金髪の少年を早速見咎めて声をかけてきた。ジンはその隙にそっと奥に忍び込む。
「今日一緒に買い物に行ったレイズ護衛官のものですよね? これ」
打ち合わせ通りそう言って、手錠の鍵を差し出す。半分嘘だ。レイズ護衛官の所有物であった事は間違いないが、彼は落としたのではなくアレンがすったのだ。
「なんと、いやはやアレン様に御手間を取らせるとは申し訳ありません。本人にはきつく言っておきますので、どうか宰相閣下のお耳にだけは」
もちろんそんな事情を一切知らない管理官は、恐縮そうに腰を落としてアレンから鍵を受け取った。
「父様に告げ口なんてしません。レイズ護衛官にはお世話になっていますし」
アレンはそんな姿を見たことは無いのだが、父は一昔前まで王宮内で働く人間に酷く恐れられていたらしい。今でも仕事に関して厳しいというイメージはあるが、当時はそれどころじゃ無かったとか。
「ありがとうございます」
この老年の管理官はその時の父を知っていて、そして部下想いなのだろう。事が露見した暁には、彼に火の粉が飛ばないように陛下に頼む事を心に誓った。
「失礼します」
ジンが管理官の死角を通って出て行ったので、アレンも早々に詰め所を後にした。
そして王宮横の林、ジンが適当に持ってきた未解決の犯罪者組織リストを見て行く。自分で読む気の無い王子は、退屈そうに身体を伸ばしている。
「なあ、手錠の鍵は買い物のときだろうけど、資料室の鍵はどうやって持って来たんだ? 反政府組織の資料がある棚の鍵は、護衛官ももちろん管理官も持ってないって言ってたじゃねえか」
「今朝護衛官の手配に行った時、キール総隊長からお借りしたんだよ」
「へえ、貸してくれたのか? 話分かるなあ」
冗談で済まそうと思ったのに、素直に信じようとする親友に訂正する。
「ものは言いよう語りようだよ。総隊長はぼくに貸した事は気づいてないよ」
ヴィンセントが相手ではなかったとはいえ、本当に骨が折れた。師範が見込んで総隊長に任命した人物と言う事を、改めて思い知らされた。
「なんだ、やっぱ掏って来たのか」
辛うじて鍵の奪取には成功したものの、あの分だとベルトの鍵束から鍵が一つ抜けていることに気がつくのに、そう長い時間はかからない。速やかに『悪者』を倒す必要があった。
とりあえず、王宮から遠過ぎる場所は却下。もちろん、相手の規模が大き過ぎるものも却下。組織の全容がはっきりしていない所も却下。出来るだけ調査が進んでいて、それでいて手出しされていない所がいい。
「これ」
十件くらいのファイルを流し読みすること十数分、一つの候補が上がった。
「決まったか?」
「うん、ここなら何とかなるかも」
拠点の場所はもちろん、中の大まかな構造まで明らかにされている。人員も五名前後と、作戦次第で上手くすれば何とかなるだろう。
「よし、行くぞ」
盗んできた書類を布で包んで、目立つ大木の根元に軽く埋めた。アレン達にとってはもう必要のないファイルだが、憲兵隊にとってはまだ未処理の事件だ。紛失なんてしたらそれこそあの管理官の首が飛んでしまう。
「怪我しないように気をつけようね」
「もちろん、痛いのおれは嫌い」
「ぼくだって嫌い」
下らない事を言い合いながら、またまた人目を避けつつ厩に行って馬に乗り出した。王宮を出てからも、裏通りを進んで目的地まで慌てず急いで移動していく。
「ここ、かあ」
目的地の見張りがいるであろう場所から死角になる建物の陰に馬を止めて、ひょっこりととある犯罪組織の拠点を観察する。正面玄関には、三人の見張りがいた。
「表からは見通しが良過ぎるね。裏に回ってみよう」
「おう」
子供二人は警戒されにくいとはいえ、真正面から向かって行けば遅かれ早かれ全員を一気に相手取ることになる。そんなことになったら全力で逃げ出す以外に道が無い。
そろそろと建物の裏手に、ジンと共に回って行く。
この時のアレンには、報告書の内容を疑うと言う思考回路は一切無かった。あの紙に書かれていることは、全てアレンの中では紛れもない事実だったのだ。
どうして疑問に思わなかったのだろう?
組織勢力五人前後の拠点の見張りが、三人もいるわけが無いのに。
「アレン、なんかおかしくねえ?」
裏手に回って、大人は無理だけど子供なら何とか侵入できる窓を見つけた。そこらのゴミを集めて踏み台にして、二人でひょっこり中を覗くとその部屋には二桁以上の人員が居た。
「離れた方がいいかも」
「んだな。こりゃ絶対無理だ」
数秒間の自失の後、お互いを見もしないでこう言い合った時。
「そんな事言わねえで、もうちょっとゆっくりして行ったらどうだ?」
「「え」」
二人して声を上げて振り返る前に、後頭部に衝撃が走って意識が飛んだ。
「アレン!」
親友に呼ばれる声が、やけに遠くで響いた。
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