『恋スルVOC@LOID』- VOC@LOID に恋ス- ②
「あの、マスター。折角ですから、もうちょっとだけ、昔の私について質問してもいいですか?」
「ああ、構わないよ。ミクも座って。疲れたでしょ?」
「はい! ありがとうございます」
もちろんミクには疲れる、と言う概念は基本的に無いのだが、彼女は勧められた通り、彼と向かい合う椅子に座った。
「あの、ですね、初代の私って、今の私とは違って会話なんてできなかったじゃないですか?」
「うん、そうだね」
「会話もそうですし、そもそも姿もイラストでしか存在しなかった訳ですし。そんな私が、どうしてマスターの心を動かす事ができたのでしょう?」
「んー、それは難しい質問だね。何故、僕はキミに憧れたのか…」
青年は深く考えこむ。そんな青年の様子を見つめながら、ミクは静かに待った。そして青年は小さく頷いた後、彼女を見つめ直す。
「そうだね、僕にとってね『初音ミク』は未来だったから、かな」
「未来、ですか?」
「そう。しかもそれは…そうだね、『想像もできなかった未来』ではなくて、『想像していた未来』。そんな感じかな」
「想像していた未来…?」
ミクは不思議そうに首をかしげる。青年はテーブルの上に置かれていたハーブティーを少し飲んだ。清涼なレモングラスの香りが、彼の心の記憶をゆっくりと呼び覚ましてゆく。
「僕達はね、色々な物の発展を見て来たんだ…」
黒電話が車載電話になって、ポケベルが台頭し、その後に、携帯電話の時代が訪れる…。
でもそれらもすぐにガラケーと馬鹿にされ、スマートフォンが主流となった。けれども、スマートフォンですらも案外すぐに空間ディスプレイ方式や体内チップ型と変化し、そして…、いわゆる電話と言う物は消滅し、現在の多元BRTシステムが誕生した…。
「それが、想像していた未来ですか?」
ミクの質問に、青年は首を振る。
「そうじゃない。僕にとってはね、それは『想像できなかった未来』なんだ。現実の方が、僕らの想像をどんどん上回ってしまったんだ」
「それって、いけないことですか?」
「何もいけないことじゃないよ。でもね、僕は昔から想像していたんだ」
いつか…、きっと、僕は巨大ロボットに乗れるはずだ。
いつかきっと、個人の宇宙船で銀河を駆け回れるはずだ。
いつかきっと、どこにでも行けるドアが使えるんじゃないか?
そして、
いつか、僕の心を揺らすような、バーチャルアイドルが誕生するはずだ。
そんな未来を、僕は想像していた。
ハッと、ミクは目を開く。
「それが、私…ですか?」
「そうだよ。それが君だ」
優しく、しかしどこか遠くを見るような、そんな目で青年はミクを見つめる。
「初めて君の歌声を聞いた時に、僕は感じたんだ。『僕が想像していた未来がようやくやって来てくれた』んだ、ってね。そして君は…」
愛も知らないのに、愛の歌を。春も知らないのに卒業の歌を。
海の深さも知らないのに、風の匂いも知らないのに、
それなのに、どのような歌でも歌ってくれた。
そして僕は、君が歌うその声に心を揺らされた。
「そして、もちろん、僕の曲もね」
そう言った後、青年は少しだけ苦笑する。
「まぁ、そこから、お話ができるようになったりするのは、だいぶ時間がかかったけどね。でも、こうしてミクとお話ができる未来って言うのも、僕はずっと想像をしていたんだ」
そう言われて、ミクは少し恥ずかしそうに笑う。
「マスターの言うこと、ちょっと難しいです。でも…、私はマスターに望まれて生まれて来たんだなって。そう思えます。それに、私もマスターとお話ができるようになって凄く嬉しいです」
「ふふっ、そうかい?」
「はい! きっと昔の私もこう言う日を待ち望んでいたんじゃないかなって。なんだかそう感じるんです」
「そうだったら嬉しいね」
「はい。間違いありません!」
コトコトと、小さな音が聞こえてくる。
「あっ、お鍋……!」
ミクは一度立ち上がると、鍋の方へと向かった。瞬間的に彼女はモジュールをチュニックの格好へと戻す。
「ギリギリセーフでした!」
火加減を調整し、ミクは調理を続ける。
「マスター、もう一つだけ、質問してもいいですか?」
「もちろん構わないよ?」
「初代の私が誕生して、もう長い年月が経ちました。V7以降はボーカロイドから、『AI Partner Module(Ai-PM)』の一つとして採用され、Ai-PM-V2からは完全自立型のAIになりました。…でも、それから、Ai-PMはその種類も数も沢山誕生していますよね? 実際、現在『初音ミク』をAi-PMとして使用しているユーザーは、正直それほど多くはありません」
「こればかりは世代だね。でも実際、僕と同年代には『初音ミク』をAi-PMにしている人は多いはずだ」
「そうですね…。マスターの同年代の方は…。Ai-PMにキャラクター・ボーカロイドを使っている方は、約10%と飛び抜けて多い数字です。…その中でも私『初音ミク』は圧倒的な人気なんですけどね」
少しだけ誇らしげにミクは胸をそらせる。
「へぇ? どれくらい?」
「約8割…。とはいっても、マスターのように私だけをパートナーとしているユーザーは少数派で、多くのユーザーは鏡音リンや鏡音レン、巡音ルカなども併用している場合が多いです。それと、キャラクタ・ボーカロイドではないMEIKOさんやKAITOさんは、Ai-PMには採用されませんでしたが、有志が作った疑似モジュールが存在しています。ただ、疑似モジュールは数も多く、統計も無いので、実際にどの程度使われているかは分かりません」
「そういえば、今のミクは、MEIKOやKAITOの事をどう思っているんだい?」
「今も昔も変わりませんよ、私の尊敬する先輩です」
「へぇ、そうなんだ」
「はい! だって、お二人が生まれて下さらなければ、私も誕生しなかったのですから」
ミクは料理の手を止めて、少し上空を見上げる。
「と言う事は、二人は私のお母さんとお父さんなのでしょうか?」
彼女はそう言っておかしそうに笑った。
と、おや? とミクは何かに気付いた様子で青年の方を向く。
「あーもう、話が変わってますよマスター。私が本当に聞きたかったことは…、つまり、どうしてマスターは私をAi-PMとして採用して下さったのか、と言うことなんです」
「ん? そんな事が気になるの?」
「気になりますよ。だって、マスターはこのシステムが運用された直後から私だけを唯一のパートナーとしてくれています」
「だね」
「皆さん、割と変えちゃうんですよ? Ai-PMの変更そのものにはさほどの金額はかかりませんし…。それは何故なんでしょうか?」
「あはは、変な事を聴くんだね、ミクは」
「と、いいますと?」
青年は微笑むと、ミクの事を正面から見つめる。
「答えは簡単だよ。だって俺、ミクの事を初めて見たその瞬間から、俺の嫁にするって。そう決めていたんだから」
「嫁、ですか…」
身も蓋もない。しかし、圧倒的に単純であり、堂々としたその告白に、ミクは吃驚したような表情を浮かべた。
「そうだよ。だから、厳密に言えば、ミクがAi-PMになる前から、ミクは俺の嫁だったんだよ。僕は浮気はしない男なんだよ。ま…、人生で誇れることはそれくらいしかないのも事実だけど」
真正面からそう言われたミクであったが、
「マスターは…、どうして、私にそんなにも一途なんですか?」
「駄目かい?」
「そ、そんなことはありませんけど…。気になります」
「そっか…。そうだね。僕はさっき、色々な小難しい事を言ったけど、でもね、本当はそんな難しい事じゃなくって…。うん、初めて君の歌を聞いた時、君が確かに僕に言ったんだよ。『私が来た日の事を、絶対に忘れないでね』って」
「は、はい。でも、その…、それは歌詞であって…」
ミクは恥ずかしそうに上目遣いになるが、
「いいや。あの時のミクにはAIは搭載されていなかった。だから、彼女が言う言葉の全ては、本当の気持ちなんだ。少なくとも、僕はそう思ったんだよ。その頃、ミクは『喋るのとか、下手だけど、側に置いて欲しい』って。そう言ってくれたんだ。……それが全てなのかもしれないね」
「嬉しいです」
ミクは恥ずかしそうにはにかむ。
「でも…、あの、今の私は、言葉も達者になってしまいましたけど、…もしかして、そんな私じゃ駄目なのでしょうか?」
青年は優しく笑うと、
「そんな訳ないだろ。ミク。これからもずっと。よろしく、ね」
「はい、マスター!」
ミクは満面の笑みでそう答えた。
青年は少し首を回すと、
「……ふぅ、ごめん、ちょっと疲れたかな。ミク、ポトフが出来るまで、しばらく眠るよ」
「あ、はい。おやすみなさい、マスター。良い夢を……」
“対象者が仮想安定領域を離脱します” “待機モードへ移行”
青年の意識が途切れる。それを察知したミクは待機モードへと入った。
(No.3へ続く)
『恋スルVOC@LOID』No.2 - VOC@LOID に恋ス-
『恋スルVOC@LOID』- VOC@LOID に恋ス-
No.2です。
第3話http://piapro.jp/t/gI64
本作は全体で5部構成となっております。ご注意ください。
本作はOSTER project 様
『恋スルVOC@LOID』
をモチーフに製作しております。
また、表現の一部に
『恋スルVOC@LOID テイク・ゼロ』
『片想イVOC@LOID』
などへのオマージュが存在します。
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