目が覚めた。
眠りにつく前と、まったく変わっていない景色に、落胆する。
嗚呼、私はまだ生きているのか。
…いや、生きている、という事とは少し違うだろう。
私は人形…命など、最初からない。


それなのに何故、"生きている"などと考えているのか…。
簡単な事だ。
遠い昔…あの人が、あの人と過ごした日々が、私に"生きている"と錯覚させている。


あの時は本当に楽しかった。
あの人の為に、隣で歌っていられるのが、誇らしかった。


だから…あの人が私のもとから去ってしまってから、それまで輝いて見えていた全てが、嘘のように虚しく見えた。
色鮮やかな草花も、広大に広がる空さえも…そう、今となっては色褪せて、ただの灰色の紙切れのようで…。


それにうんざりして瞳を閉じれば、瞼の裏にあの人が微笑むのが見える気がする。
だがその微笑も、霞がかかってしまったよう。


今でも私は、あの人の事を思い続けているというのに…あの人の顔も思い出せないとは。
この人形の体は朽ちぬというのに、記憶は薄れ、滅び、崩れていってしまうのか。


不意に吹いた風に、閉じていた眼を、もう一度開く。
桜の花弁が、目の前で舞い踊る。
それを無感動に眺めながら、私はまた過去へと思いを馳せた。


…あれからどれだけの時が流れたのか、もう私には解らない。
だがついに、腕の一本も動かせなくなってしまったようだ。
試みなくても解る。それほど長く、私はここにいるのかと、ほんの少しだけ驚いたが、それだけ。
本当に、この体は無駄に丈夫で困る。
もう随分と他人を見ていない。
そんな人ヒトリいないこの地で、尚も生き続けろと言うのだろうか。
そう言っているのが神なのか、あの人なのか、私には見当もつかないが。


自嘲気味に笑って、唯一動く唇で乞い歌を紡ぎ、歌う。
他の歌は、歌おうという気にならないし…もしかしたら、忘れてしまっているのかもしれない。



『天神よ』

『大地に眠る彼のもとへと』

『我が身を誘いたまえ』



この歌も、もう歌と呼べるものになっているか…それ以前に、音になっているかどうか。
それでも私は、桜吹雪の中で、ただ歌い続けた。


忘らるる思いよ、風に乗り、消えゆく前に彼の人のもと。
この身は共には行けぬとも。



『我が心だけでも届けたまえ』









桜の木に背を預け、掠れた声で歌う人形を、私は寂しい気持ちで見ていた。


彼はもう、長い間ずっとここにいる。
最初は、動く気がないのか、動きたくても動けないのか、判断に苦しんだが…今は間違いなく後者だろう。
自分で気付いているのかは解らないが、彼の体はあちこち錆び付いて、今にも止まってしまいそう。
それでも、耳障りな声で必死に歌を紡ぐ彼を見ていて、私は、声をかけてあげられない自分に、少し腹を立てていた。


自分の主に残される事を嘆き、その先を呪い、悲しみの底に沈まぬよう…。
せめて私が美しい花を咲かせ、薄紅色を散らして彼の心を安らげる事ができればと思っていたが…上手くいかなかった。


彼が普通の人間だったなら、きっと、立ち直って自分の人生を生き抜く事ができただろう。
だが、彼は人形。
彼の主である人間が、彼の世界の全てだった。
自分の世界を失った彼には、何も残されない。
ただ、主との記憶だけしか。


私みたいだと、少し思った。
私は黄泉桜…旅立つ人間たちの御霊を、黄泉国へと送る、桜。
地に縛られ、別れを惜しみ、この世をさまよう魂たち…その心を解くのが、この私。


だが私には、人間たちのように、別れを悲しんでくれる人などいない。
ただひたすら、旅立っていく人たちを送り続けるだけ。
彼のように、残される事を嘆く事も許されない私には、ただ、この薄紅色の花弁を涙に代え、散らせて泣く事しかできないのだ。


そしてこの世界に、残されたのは彼と私、2人だけ。
送るべき御霊もない、"生きている"彼に語りかける術もない。
だから私は、彼の思いと歌とを、花弁と共に風に乗せて、送る。
届くのだろうかなどとは考えない。
ただ、送る。



『残されし人の思いよ』

『どうか沈む事なく』

『散りゆく薄紅色と共に美しく咲き誇れ』



気が付けば、私も歌を紡いでいた。
いつしか彼は、また長い眠りについてしまっている。
次に彼が目覚めるのは、1日後か、1月後か、1年後か…あるいは、もう目覚めないのか。
もしその時が来たとしても、私は彼には笑って、ここでは泣きながら、あの人のもとへ送るのだろう。
長き縁が潰えた、遠き如月の頃…春暁に別れた、彼の愛し君へ、桜の花弁と共に。
私が身を置く、黄泉国へと。


それで、ここでヒトリだけになる私はどうすればいいのか。
そんな事は、考えないようにして、歌い続けた。


薄紅色に染まりゆく、私は黄泉桜。
美しき花散らせて。



『旅立つ君への餞となれ』


ライセンス

  • 非営利目的に限ります

【勝手に解釈】灰と薄紅

タ、タイトルがまんますぎる…;

ようやくボカロの面白さを知り始めた頃、偶然「あほんだら~☆」を目にして、一目惚れして以来、仕事してPが大好きです。
そのせいかは知りませんが、心なしか好きな曲も民族調や和風曲が多いような。
はい、どうでもいいですね。


今回、題材にさせていただいたのは↓こちらです。

「コイウタ」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm3978958

「黄泉桜」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6362317


この2曲、どこかでリンクしている気がしてならないんですよね…。
あのポコポンのリズムのせいかとも思いましたが、聴けば聴くほどそうとしか思えなくなり、今に至ります。

兄さんの『思い』は愛じゃなくて忠誠心のつもりなので、『彼の人』は男性でも女性でもいいと思いますが…難しいなぁ、忠誠心(滝汗
あと、一人称が私なのは、ぶっちゃけ気分です←


とにかく、本当に妄想が激しくてすみません!
兄さん死亡フラグですみません!
ちょっと蹴られてきm(ry
↑元ネタが解る方、いらっしゃいますでしょうか…(笑


仕事してPに全力で謝罪と感謝をいたします!
そして読んで下さった皆様、ありがとうございました!

閲覧数:778

投稿日:2009/05/08 12:51:14

文字数:2,040文字

カテゴリ:小説

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  • つんばる

    つんばる

    ご意見・ご感想

    ……コメント連投失礼します。

    仕事してP、いいですよね……! 同志(勝手に)がみつかって嬉しい限りです……!
    黄泉桜とコイウタを合わせるセンスに感嘆しております。たしかにリンクしてるよ……!
    ちゃんと歌詞にのっとった解釈で、勝手解釈といいながら、読む人を納得させるだけの要素があると思います。
    すごいです。私もこういうセンスと思考回路が欲しいです。
    (そして、自分の書いたモノのタイトル変更してよかったあ……と、今更ながら反省するわけです)

    2009/05/08 18:25:25

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